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三章 クリーチャー 3—1
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岩山のむこうは牧場になってるの——
エンジェルの言葉の意味が、このとき、やっと理解できた。
ここは、まさに牧場だ。
広々とした草原が、いくつもの区域に柵で仕切られ、生き物が放牧されている。
しかし、そこは、ただの牧場ではない。竜や獣など、外部で見かける生物は一匹もいない。いるのは、これまでジェイドの見たことない生物ばかりだ。多くは哺乳類だ。鳥や
ジェイドは草原にとびだし、柵のなかをのぞいてみた。頑丈な金あみの柵のなかに、さらに小分けの柵や家畜小屋がある。
似た姿形の動物が、小分けの柵のなかに数十匹ずつ入れられている。
見ているうちに、ジェイドは気づいた。
それが、進化過程の順を追って進化した、一つの種族の生物であることに。
つまり、これらはすべて、この研究所で進化をうながされた獣だ。遺伝子操作によって、むりやり進化させられた種——
それだけでも充分、刺激的だった。が、ジェイドはさらに驚愕の事実をまのあたりにする。
(こいつ——!)
それを見た瞬間、背筋が冷たくなった。
似ている。
その獣はいくつかの外柵の前を通りすぎたときに見かけた。小型で四つ足。全身を獣毛におおわれた哺乳動物。前につきだした長い鼻づらと、大きな耳が特徴だ。
それが、そっくりなのだ。
昨夜、闇のなかでジェイドたちを襲ってきた獣と。
まちがいなく、あのときの獣だ。
世界中のほかのどの場所でも見たことのない新種。
この獣は、ドクの研究によって造りだされた種だったのだ。
今すぐ、ドクを調整機からひっぱりだして聞かなければならない。
何を目的として、進化の歴史を乱しているのか。
ジェイドは建物にもどり、エレベーターにとびのった。反重力ボードは急降下し、さきほどの動力室で停止した。
ジェイドが中央研究室にもどったときには、そこを出てから十五分も経過していなかった。
三つならんだ、まんなかのハッチをあけてみたが、そこにパールはいなかった。
ハッチのなかは長い廊下になっていて、そのさきに、もう一つドアがある。あのドアの奥を調べているのだろうか?
あのなかに実験動物でもいるかもしれない。
大声を出すのはためらわれた。動物があばれて、パールに危険がおよぶかもしれない。
考えていると、となりのハッチがひらいた。
左端のハッチ。
けわしい顔つきのEDがとびだしてくる。
「ちょうどよかった。聞いてくれよ。エド。大変なんだ。あの右端」
ED自身も何かにおどろいているように見えた。が、ジェイドの話を聞くうちに、平静さをとりもどしたようだ。
「昨夜の獣が? 見まちがいではないな?」
「絶対に同じヤツだった」
「では、あの獣はこの研究所から逃げだし、自然繁殖したか。あるいは……」
つぶやいて、EDは考えこむ。
「あんたのほうはどうだったんだよ?」
ジェイドがたずねると、そっけない答えが返ってきた。
「牧場を見たのなら、おどろくようなものではない。牧場で飼育された獣の死体標本やデータなどだ」
「そうか。ドクのヤツ。なんてことを……」
ジェイドはぼやいたが、まだ真に重大なことには気づいていなかったのだ。
ドクの研究がもっと深く、神の領域にまでかかわっていることを。
「ここは見たのか?」
EDが親指で中央のハッチをさす。
「いや、まだ。パールが調べてる」
「行ってみよう。内部は一本道だ。パールとも合流できるだろう」
エックスレイで透視してみると、たしかにそんな感じだ。
ジェイドはEDとともに中央のハッチのなかへ入っていった。どうせ、ドクは調整機のなかだ。詰問するのはあとまわしでいい。
まんなかのハッチのなかは、左右の二つにくらべてセキュリティが厳重だった。
通路に何本も赤外線センサーの赤い線が走っていて、ふれるとブザーが鳴る仕掛けのようだ。とくに床上五十センチまでの高さにセンサーは集中している。
ブザーが鳴ると何が起きるのかわからない。サポーターがかけつけて、捕まえようとするのだろうか?
(こんなとこ、パール、よく通ったな)
通路の奥のハッチまで十メートルほどだ。
ジェット噴射で跳躍すれば、センサーにふれずに通ることはできる。が、ハッチがあるので、着地できるスペースがない。
(変……だな)
いぶかしく思ったが、あせりがあった。深くは考えず、EDに話しかける。
「なあ、あっちまでつれてってくれよ。あんたなら飛べるから、センサーにひっかからないだろ?」
ジロリと、EDはジェイドをにらむ。
が、言いあらそう時間もおしかったのだろう。EDはジェイドの腰に手をまわしてくる。かたい強化ガラスの感触が密着してくる。
ジェイドは、ふわりと宙に浮いた。
「いっつも、こんなふうに率直だと助かるのになぁ」
「うるさい。だまれ」
「おれ、あんたのこともキライじゃないぜ? おれのなかにもAがいるから」
バランスをとるためにEDの肩に手をまわし、ジェイドは新緑の森のようなEDの瞳をのぞきこんだ。
EDはしぶい顔をする。
「キサマがAのチップを持っていることには気づいていた。ときどき、Aとしか思えない言動をする」
交換できる専門知識のチップくらいでは、大きく人格は変わらない。とは言え、趣味や
EDの言うのは、そういうあたりのことだ。
「じゃあ、もっと優しくしてくれよ」
ジェイドが言うと、ますますEDは不機嫌になる。
「そういうところがだ」
そのまま、ジェイドをかかえて、EDは、ふわふわ飛んでいく。
「到着だ。さっさとドアをあけて、私から離れろ」
「厳しいなぁ。ちょっと切ないよ。おれ」
ジェイドはあいてる手で、ドアノブをまわした。
薄暗い。なかはよく見えない。どうやら、床が人感センサーになっているらしい。
「ここも、ラボだな」
なかをのぞきこみながら、もういっちょEDをからかってやろう、と考えていたジェイドは息をのんだ。
「どうかしたのか?」
気配を察してEDの声も緊迫する。
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