三章 クリーチャー 2—3


「ごめん。君のことはキライじゃない。でも、おれにはできないよ。アンバーを忘れることなんて」


 ジェイドの背中に、パールの体のふるえが伝わってくる。

 パールは長い時間、泣いていた。


「……パール。もういいよ。君はキューブシティーに帰りなよ。おれは殺人者と刺しちがえてでも、やつをしとめる。これ以上、君をまきこめない」

「あなたを置いていけるくらいなら、最初からついてきていないわ」


 けっきょく、どこまで行っても堂々巡り。

 二人の関係は。


 基本人格を書きかえでもしないかぎり、思いは永久に変わらない。

 そして、基本人格を書きかえるすべはない。

 チップを組みかえて交換できるのは、AIのなかでも、ごく一部だ。専門的な知識や情報に関する部分だけ。


 思いは同じ。

 新しい思いは生まれない。


 なぜ、そうなんだろう?

 なぜ、神は、おれたちを造るとき、そんなふうに造ったんだろう?


 なんの人格もない、まっさらなAIで、学習しながら嗜好しこうを身につけていくようにプログラムしてくれなかったのだろう?


(そう言えば、以前、エヴァンもそんなこと言ってたな。今のおれたちのままじゃ、人間の進化には限界がある。人格プログラムを書きかえたり、新しい人格を造れないよう、プログラムされてるからだって。

 勝手にAIを設計してはいけないって、おれたちには植えこまれてる。どの部分のプログラムがそうなのか解明して、とりのぞくことができれば、今までとは、まったく違う新人類を造ることができるかもしれないと)


 ある時期、エヴァンはその考えに没頭していた。

 あれ以来、それに関する話を聞いたことはないが、あの研究は少しでも進んでいたのだろうか?


 ぼんやりと考えこんでいた。


 すると、とつぜん、パールが泣きやんだ。長時間、泣いたので、感情パラメータが上がりすぎ、抑制装置が働いたのだ。


「ねえ、ジェイド。帰りたくないって言うならしかたないけど。あのD、かくしごとをしてるのは確実だわ。今夜、彼が調整機に入ってるうちに、研究所のなかを調べてみましょうよ」


「ドクの研究と殺人は無関係だろ?」


「彼が犯人を知ってるってことは、犯人は彼の友人よ。ここに来たことがあるかもしれない。どっかに手がかりがあるかもしれないでしょ?」


 なるほど。一理ある。


「じゃあ、調べてみるか。でも、うまいぐあいに、ドクが調整機に入ってくれるかな。調整は週イチで充分だからなぁ」

「そうね。ムリにすすめるのも変だし……」


 すると、二人の背後で声がした。


「パーティーというのはどうだ?」


 ビックリして、ふりかえる。

 いつのまにか、そこにEDが立っていた。


「おどろかせるなよ。いつから、そこにいたんだ?」


 EDはジェイドの質問には答えないで、

「パーティーをひらき、多量のトリックオイルを飲ませれば、いやでも調整せざるをえまい。友人のおまえが誘えば断れないだろう」


「うん。まあ、いい考えだと思うよ。でも、あんた、おれのことキライだろ? なんで協力してくれるんだ?」


「マーブルを殺した犯人なら、私も知りたい。それに、この研究所のなかも見てみたいしな。どうも、気になる」


 それだけ言って、EDは研究所のほうへもどっていった。


「おれを監視してたのかな。EDのやつ、まだ、おれがマーブルを殺したと思ってるんだろうか?」


 その夜——

 ジェイドたちはドクを誘って、再会を祝うパーティーをひらいた。


 ジェイドはEDの調合したトリッキーを、立て続けにドクにすすめた。場を盛りあげるために歌も歌った。音楽家のAのチップを持ってるから、歌は得意だ。


 エンジェルが目を輝かせて、いっしょに歌いだした。やはり、Aタイプだ。エンジェルはジェイドも舌をまくほどの音感の持ちぬしだ。天使のような歌声は、一同を魅了した。


 アンバーでさえ、こんなに生き生きと歌うことはできなかった。

 エンジェルの歌声には、生きることを全身で喜ぶかのような躍動感がある。歌うだけでは飽きたらず、ジェイドはエンジェルと手をとりあって踊った。古い歌、新しい歌、即興の歌。エンジェルがクタクタになって、もう踊れないと言うまで。


「ジェイド、いかすわ! いつも怒って怖い人って思ってたけど、ほんとは楽しい人だったのね」


 エンジェルは床にころがって、はじけるように笑った。


「そうさ。やっと、わかってくれた?」


 今夜ばかりは、EDが仏頂面だ。

 EDはAのチップがないから、歌も踊りも得意ではない。


「エヴァンと同じEでも、やっぱり別人なんだな。エヴァンはどんな楽器でも、らくらく弾きこなしたぜ。あんたもAのチップ入れたらいいのに」

「ごめんこうむる」と言いつつ、悔しそうだ。


 パーティーは楽しかった。

 深夜になって、ドクは酔いつぶれ、エンジェルも疲れて寝入ってしまった。


「ドク。ちゃんと調整機に入りなよ。ほら、おれにつかまって。ケーブル、ここにつなげばいいのか?」


 トリッキーのせいで千鳥足になったドクを、ジェイドが調整機までつれていき、押しこんだ。朝の八時まで覚醒しないよう時間をセットする。


 エンジェルもゲストルームで眠らせた。そこにはバイオボディにちょうどいいベッドが置かれていた。


「よし。今のうちだ」


 ジェイド、パール、EDの三人で、調整ルームをぬけだし、研究室へと急ぐ。


「どこから調べるの?」と、パール。


 EDが答える。

「怪しいのは、あの奥の三つの扉だろう」

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