三章 クリーチャー 2—2


 ドクは自分のボディには手間をかけない。なので、いつも、オーソドックスなオリジナルボディだ。


 見ためは冴えない。

 体つきが、ずんぐりしていて、あかぬけない。

 それに、機能的に不利としか思えないのに、Dタイプのオリジナルボディは、なぜか、足が片方、ひざ下からない。

 パサパサの赤毛と、顔面の人工皮膚にソバカスを描くのが、Dオリジナルのデザインだ。


 さすがに、ドクは自分の体をそこまでオリジナルに忠実には造っていない。

 義足をつけ、髪の色はつやのあるブラウンにし、ソバカスも省略している。


 ドクは、ふりかえりざまに言った。


「やあ。ファイルは集まったのかい?」


 だが、そう言った直後に、ドクはギョッとする。


「なぜ、エンジェルをつれてきたんだ」


 責めるような口調に、ジェイドはとまどった。


「なぜって……だって、エンジェルに案内してもらわなけりゃ、ここの場所がわからないだろ?」


 すると、みるみる、ドクの顔つきが変化していく。

 いろんな感情をあらわす表情が、次々、浮かんでは消える。

 おどろき、混乱、そのうち冷静がもどってきて、今度は焦燥やおびえがやってくる。わずかに、うしろめたいような表情さえしてみせた。


 めまぐるしい表情の大サーカスをしたあと、ドクは、ぎこちない笑顔になった。


「ああ……そうだったな。君はここへは初めてだった。エンジェルには生存環境のととのったガーデンシティにいるほうがいいんだが、しかたあるまい」


 ドクの作ったような笑顔に、ジェイドは苦笑する。


「なんか、おれ、来ちゃいけなかったみたいだな」

「そういうわけじゃない。歓迎するよ。ところで、お友達かね?」

「こっちはパール。こっちのゴージャスなのが、EDだ。おれは、エドって呼んでるけど」


 EDを見て、ドクはつぶやいた。


「エドガーだね」

「EDGARじゃない。EDだ。そんな長い型式で呼んだら、こいつ、怒るよ」

「エドはエドガーの愛称だ。よろしく、エド。じつに美しいEだ」


 EDはドクとは初対面でうちとけた。

 なごやかに自己紹介しあって、握手をかわす。

 基本人格の相性がいいと、こんなにも違うものなのか。ジェイドは少し落ちこんだ。


「それにしても、ドク。すごい研究所だな。これ、あんた一人で造ったわけじゃないんだろ?」

「何人かのDと共同で使っている。今、ここにいるのは僕だけだがね。ところで、なぜ、わざわざ訪ねてきたのだね?」


 ドクの態度には、やはり、しっくりこないものを感じる。しかし、ドクの助けは必要だ。

 ジェイドはエヴァンが殺されたこと、そのあとに起こった一連のできごとを語った。


「エヴァンはアンバーを殺したやつを知ってたんだ。おれはどうしても、そいつを捕まえたい。エヴァンのベースキャンプにメッセージが残ってた。ドク、あんたに詳しいことを聞けって」


 ドクの顔つきは暗く憂いに沈んだ。が、ショックのあまりフリーズすることはなかった。


 ジェイドは思った。

 あるいはドクは、この事態を予測していたのではないかと。エヴァンが殺されるかもしれないことを……。


「エヴァンは死んだか」


 そう言うと、ドクは自分のしていた作業をサポーターに任せ、長いこと考えこんでいた。


 ジェイドは待ちわびて、たずねた。

「ドク。たのむ。あんたしかいないんだ。教えてくれ。誰がエヴァンを——アンバーを殺したんだ?」


 ドクは逡巡しゅんじゅんしている。


「……考えさせてくれ」

「なんでだよ? あんた、エヴァンのかたきをとりたくないのか?」


 問いつめるジェイドを、ドクは憐れむような目でながめる。


「決心がつかない。二、三日、時間をくれ」

「待ったら、ほんとに教えてくれるのか?」


 ドクは言葉をにごす。

 そして、話をそらすためだろう。

 エンジェルに手招きした。


「少し見ないうちに大きくなったな。ちゃんと、いい子にしていたかね?」

「わたしは、いい子よ。ダンのほうがウソつきよ。この前、帰ってから、一年も経つわ」

「すまなかった。ゆるしてくれ。ちょうどいいから、今日は検診しよう。成長データもとらなければ」

「検診はキライ!」

「そうは言っても体調チェックもしなければ。採血もね」

「注射はイヤ! 痛いのキライ!」

「ガマンしてくれたら、いいものをあげるよ」

「いいものって?」

「おまえの欲しがるものだよ」

「じゃあ、友達」

「友達なら、ガーデンシティーに、たくさんいるだろう?」

「みんな、DとVじゃない! わたしは、もっとカッコイイ友達が欲しいわ」


 チラリと、エンジェルはEDを見た。

 ジェイドはおもしろくない。


「じゃあ、ドク。二日だけ待つ。けど、それで話してくれないなら、考えがあるからな!」


 どなりつけて、ぬけ道のほうへひきかえした。しかし、ほんとのところは、なんの考えもありはしない。


「何をカッカしてるの? ジェイド」


 パールが追ってきて、いつもの姉さん女房の顔をする。


「なんでもない。ちょっと……そう。あせってるのさ。しょうがないだろ? やっと、アンバーを殺したやつの正体がわかるかもしれないんだ」


 とつぜん、パールは思いつめた表情になった。


「ねえ、もういいじゃない。帰りましょうよ。わたし、怖いわ。よくないことが起こりそうな気がする」

「そんなデータでもあった? 悪いことの起こる確率が高いような?」


「あなたは、そうは思わないの? ジェイド」

「おれは、いいんだ。ほかにやりたいこともないしさ。絶対に犯人を捕まえるって決めてるから」


「捕まえて、どうするの?」

「さあ。わからない。その場にならなけりゃ」


「アンバーを殺された仕返しに、その男を殺すの? そんなこと、あなたにできるの?」

「殺すのはムリかもしれない。けど、心中ならできるんじゃないか。そいつを捕まえて、動けないようにしといてさ。廃棄工場の溶鉱炉に、いっしょにとびこむ」

「ダメよッ。そんなこと!」


 パールが、ジェイドの背中にすがりついてきた。


「アンバーじゃなきゃダメ? どうしても、わたしじゃいけないの?」


 オイルの匂いを感じた。

 パールは泣いている。

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