三章 クリーチャー 1—3



 EDの料理に関しては、エンジェルには不評だった。味がないと、エンジェルは言うのだ。


「味? 味って、なんだ?」


 天才くんが狼狽ろうばいしている。

 ジェイドは、ちょっとイジワルに、ザマミロと思った。

 エンジェルは唇をとがらせて訴える。


「塩味や甘味やコショウの味よ。ダンはトマトでソースを作ってくれたわ」

「塩味? 甘味? トマトでソース?」


 さすがの天才EDも、これを理解するには、そうとうの時間を要した。

 そのあと一同は出発したのだが、午後の行程のあいだじゅう、EDはこの問題に頭を悩ませていた。


「わかったぞ! 塩味というのは海水にふくまれる塩化ナトリウムのことだ。そして甘味は、おもに果糖など植物が含有する炭水化物のことらしい。エンジェルには、これらを感知し識別する、味覚という機能が口中に存在する」


 EDは興奮していたが、今回の旅には、それらの味覚を刺激するものを何ひとつ持ってきていなかった。


「はいはい。あんたは天才だよ。で、塩化ナトリウムや植物性炭水化物を、どこから手に入れるんだ?」


 昼間の仕返しに言ってやる。

 EDは返す言葉もなく沈黙した。

 ジェイドは必殺のボディブローをきめた気分で、ガッツポーズをとった。


 おかげでその日の夕食は、エンジェルにとって憤懣ふんまんやるかたないものだった。


「もう甘いのはイヤ! 塩からいのがいいの。焼いたお肉に塩コショウふって食べたーい」

「すまない。次に旅に出るときは用意しておく」


 EDは平謝りだ。

 ジェイドには、ほかのことが気になったのだが。


「待てよ。肉って、何?」


 ジェイドの問いに、エンジェルは無邪気に答える。


「お魚や動物の肉よ。卵料理も好き」


 思わず、ジェイドはEDと声がそろった。


「えッ?」

「肉?」

「君は……生き物の死肉をエネルギー変換するのか?」というEDの顔は、じゃっかん青ざめて見える。

「ウソだろ。竜や哺乳動物を?」


 エンジェルは当然という表情だ。口をとがらせて可愛く怒っている。

 しかし、ジェイドたちにとっては、ほんとに衝撃的だ。神から殺してはいけないと言われているものの肉なのだ。


「信じられない……だって、生き物の死体だろ?」


 そもそも、そんなものをどうやってエネルギーに変換するのか?


 EDが思案しながら述懐する。


「……いや、待て。エンジェルのボディはタンパク質でできている。動物性タンパクを摂取するのは、むしろ自然の摂理だ。エンジェルの消化器官は草食動物にくらべて腸が短い。肉食動物に近い食性だという証だ。おそらく、基本は雑食なのだろう」


 ジェイドは困惑した。


「じゃあ、どうやって肉を調達するんだ? 腐肉でもいいのか?」


「わからないが、それはマズイんじゃないか。腐肉には雑菌や病原菌が繁殖はんしょくしている危険性がある」


「そ……それじゃ、殺す、のか? 生きてるヤツを? そんなこと許されるわけない。ほんとにいたかどうかもわかんないが、神さまってヤツが、おれたちに禁じたんだ」


 そのときには、EDは何も言わなかった。だが、ちゃんと考えがあったのだ。


 すぐあとに、エンジェルが汗をかいて気持ちが悪いと言いだしたので、食用肉の件は、ジェイドの記憶の一時ファイルのなかへしめだされた。


 EDが翼のろ過機能を使い、エンジェルにシャワーをあびさせたからだ。

 エンジェルは、やたらと、くすぐったがり、男二人を完全にノックアウトした。


 だから、ジェイドは気がつかなかった。

 パールのようすが、おかしいことに。




 *


 その夜。


 ジェイドたちが休息をとるために節電モードになったときだ。


 ジェイドは、となりによこたわったパールが寝返りを打つのを感じた。休止中には微動だにしないのが正常だ。だから、ちょっと驚いた。


 だが、この日、ジェイドは、パールの少しおかしな態度どころではなかった。


 パールの向こうがわにいるエンジェルが、あっちを向いたり、こっちを向いたり、口をむぐむぐ動かしたり、一番はしっこのEDに抱きついたり、とても眠っているとは思えない挙動の数々をしてくれる。


 そっちのほうが気になって、パールの寝返りなんて、小さなことに思えた。

 節電モードで薄目をあけながら、コロコロころがるエンジェルに全回路を集中していた。


 すると、パールはジェイドに背を向けたまま、少しずつ、エンジェルのそばへ移動しているようだった。

 じりじりと、にじりより、その手が、そっとエンジェルの首すじへ伸びていく。


 いきなり、パールの手をEDがにぎりしめた。

 二人がにらみあったので、ジェイドは節電モードから通常モードに切りかえた。

 二人とも、どうしたんだ——と、声をかけようとした、そのときだ。


 モード変更したことで、ジェイドは自分の内部レーダーに映る影に気づいた。

 かこまれている。

 ジェイドたち四人をかこむように、二つ、三つ……十、十一……全部で、十六だ。


 暗闇に赤く光る目が、三十二。

 そのうち二対の目は、手がとどきそうなほど近い。


 ジェイドがとび起きたときには、それはもう襲いかかっててきていた。

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