三章 クリーチャー 1—2


 昨日から感じていた、わだかまりの正体に気づいて愕然とする。


 嫉妬は、ある意味、憎悪よりタチが悪い。

 憎悪は反応が激しいので、早めに抑制がきく。

 しかし、嫉妬はボルテージが、じょじょに上がってくるので、抑制数値のコントロールがききにくい。

 まるで、白いテーブルクロスにこぼしてしまったオイルだ。じわじわと広がり、感情を汚していく。


「……わかったよ。いいから、ちゃちゃっと水、飲ませてしまえよ」

「正午だ。エンジェルは空腹だろう。食事もとるといい」


 EDのひとことで、ランチタイムとなった。

 ランチタイムという言葉を、言語学にくわしいマーブルから聞いたときには、なんで一日の決まった時間を指定して、エネルギー補給しなければならないのか、理解に苦しんだ。


 だが、今なら、わかる。

 きっと、この言葉を考えた人間は、バイオボディーだったのだ。


 そんな話を、退屈しのぎにした。

 EDはエンジェルのために食事の用意をしている。どうせ、けなすだろうと思ったのに、意外にも真剣な顔をして聞いている。


 エンジェルはガーデンシティーからつんできた果物を、クーラーボックスから出して、とりあえず空腹を満たしている。


 そのあいだにEDは、背中の羽で水たまりの泥水をろ過する。


 EDのこの機能は、ほんとに便利だ。

 不純物をろ過するだけでなく、翼のフレーム内で煮沸しゃふつ消毒までできるのだ。

 この翼はエンジェルが暑いと言えば、送風機がわりにもなるし、発電もできる。フレーム内に空気を通すことで風力発電するのだという。

 泳げて、飛べて、そのうえ、この機能。


「ED。あんたにできないことってあるの? だいたい、なんのために水をろ過する機能なんか必要なんだ?」


「水中を泳ぐとき、不純物がフレーム内に沈殿するからだ。ろ過機能をつけておけば、不純物を一ヶ所に集めてから、すてることができる。このように」


 と言って、ろ過した水をナベに流し入れると、羽に空気をとりこみ、ぽんと不純物を排出した。かたまりになった泥土が、ジェイドのほうに飛んでくる。


 ジェイドは、サッとよけた。


「でも、泳ぐのに、熱湯消毒する必要なんかないじゃないか」

「水中で竜や大型魚類におそわれたときの用心だ。熱湯を噴射すれば、おどろいて逃げていく」

「ああ、そう。あんたのやることには、ほんとムダがないよ」

「ほめたからと言って、おまえを認めるわけではない」

「ほめてないよ」

「私の天才に気づいて降参したのかと思った」


 事実であるだけに悔しい。


 ジェイドはムカついたが、エンジェルは大喜びしていた。


「ケンカしてるの? ダンとビクトリアはケンカしないのよ。意見はわかれるけどね」


 言い負かされた悔しさを、ジェイドはエンジェルに向けてしまった。


「他人のケンカがおもしろいのかよ?」


 だが、すぐに後悔した。

 エンジェルが泣きそうな顔をしたから。


「だって……ダンは留守ばっかりだから。わたし、いつも一人なんだもの。たくさん人がいて、にぎやかなのは嬉しいわ。それって、いけないこと?」


 そう言えば、アンバーもさみしがりやだった……。


 泣かせたいわけじゃないのに、どうして、うまくいかないんだろう?

 エンジェルが、あまりにもアンバーに似すぎているから?


 でも、それなら、世界中には何万体とAがいる。

 なぜ、エンジェルだけが特別なんだろう?


 泣きだしたエンジェルをEDがなぐさめる。


 ジェイドは背をむけた。

 その瞬間、パールと目があった。パールは今日、まだ一度も口をひらいていない。


「パール。調子悪いの? 修理が必要か見てやろうか?」


 たずねると、暗い顔つきで目をそらす。


「そんなんじゃない」

「そう? なら、いいけど」


 会話が続かない。

 すると、今度は、パールから言いだす。


「あの子のことばかり見ているのね」

「え? 考えすぎだろ?」

「いいえ。今朝から、ずっと、あの子の姿を目で追ってる」

「そりゃ気になるさ。世にもめずらしいバイオボディなんだから」

「それだけ?」

「ほかに何があるって?」


 言いながら、ジェイドの胸はドキドキしていた。


 それだけが理由でないことは、自分が一番よく知っているのだから。

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