三章 クリーチャー

三章 クリーチャー 1—1

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 ジェイドが気をとりなおしたのは、たっぷり十分以上たってからだ。


「生身……つまり、バイオボディってことか?」


「そう。ボディの大半が水とタンパク質とカルシウムからできている。形は我々に似ているが、分類上は哺乳類に近いものだと思う」


「じゃあ、何? この子、動物なの」

 パールの声に、エンジェルは気を悪くした。


「わたしは人間よ。ダンだって、そう言ってたわ」


「あんたは黙ってなさいよ。話がややこしくなるだけだから」


 パールはエンジェルに対して、きつい。Pは基本人格でAを嫌うから、しかたないのかもしれないが。


「黙る必要はない。我々はエンジェルについて何も知らない。エンジェルの持っている知識は重要だ」


 エンジェルは得意げになって、EDの腕に手をからめた。

 ジェイドの胸がまた、ズキリと痛む。


「ダンが言ってたわ。わたしは新しいタイプの人間なんだって」

「研究所生まれの人間……か」

「でも、わたし、研究所にいたころのこと、あんまり、おぼえてないの。すごく小さかったから」


 ジェイドは混乱した。

「小さかった?」


 しかし、EDは冷静だ。


「幼体という意味だろう。竜だって卵から出たばかりのころは小さい」

「ああ。そうか。生体なんだもんな。成長するんだ」


「わたし、十六よ」と、エンジェル。


 ジェイドは、うろたえた。


「十六……母体から誕生して、十六年ってことか——って、ちょっと待ってくれ。じゃあ、母体ってなんなんだ? この子の場合。こんな形態の生物なんて、どこにもいやしない。人間のほかには」


「それは研究所とやらに行ってみるしかあるまい」


 それは、たしかにEDの言うとおりだ。

 ジェイドは困惑からさめて、古い記憶ファイルをひらくことができた。


「研究所か……そういえば、ドクはバイオボディを造る研究をしてたっけ。おれも実験室を見たことはないけど、じゃあ、成功したんだ。ドクの研究」


「なるほど。バイオボディか。では、エンジェルは生体をもつ人類史上初の人間だ。それなら納得できる。このボディのなかにAIが入っているんだな」


「たぶん、そういうことなんだろうな。生体ボディだから、レーダーに映る影が変わってたんだ」


 わけがわかれば、どうってことはない。


「エンジェル。その研究所はここから遠いのかな?」


 ジェイドがたずねると、エンジェルは首をかしげた。


「あんまり、おぼえてないけど、エアボートで半日くらいかかったと思う」


「君、道すじ、おぼえてる?」

「うろおぼえね」


「うろ……え?」

「なんとなく、おぼえてる」


 わけがわからない。

 記憶ファイルが圧縮されて、ふだん使わないメモリのなかに隔離かくりされているのだろうか。

 それなら全ファイルを検索してみればいいのに。


 と思ったが、生体ボディだと、AIの働きも違うのかもしれない。


 エンジェルをつれていくためには、生体維持にかかせない食料やら何やら、あれこれが必要だ。

 旅のしたくだけでも数時間かかった。

 用意がととのったときには日がくれてしまっていた。

 出発は明日にして、その日は休んだ。


 翌日——

 四人になった一行は、ドクの秘密研究所に向けて出発した。


 ドクのベースキャンプはガーデンシティーの自宅にある。つまり、外にあるのは、おおっぴらに他人に言えないような実験をするための施設だ。


 ドクの長年の夢は、人間のボディーを生体で造るということだった。


 ジェイド自身は生体は摩耗まもうが激しく、手入れも大変なうえ、身体能力が大幅に制限されるため、ボディーには向かないと考えていた。

 だが、ドクの情熱は異常なほどで、他人の意見を聞く耳などなかった。


 エヴァンはジェイドよりドクの研究に関心をもっていたので、何度か研究所のなかまで入っているはずだ。

 そのときのようすをたずねたことがある。が、エヴァンは苦笑いして、明確に答えなかった。


「失敗は成功の母だという、ことわざがあるそうだよ」


 そんなふうに言っていたから、実験の道のりは厳しかったのだろう。苦難の連続のような印象をうけた。

 だから、じっさいにエンジェルみたいな成功例をこの目で見るなんて、にわかには信じがたい。


「むしあつい! それになんて日差しが強いの。息苦しい」


 世界初の生体ボディのエンジェルは、生まれたばかりの鳥のヒナのように手がかかった。

 ほんの十キロ歩いただけで、足が痛いと言い、さらに五キロで、もう歩けないと言い、喉が渇いた、おなかがへった、オシッコしたい、のぞかないでよ、エッチ——と、その行動でジェイドたちをふりまわす。

 いっこうに旅が進まない。


 午後に入るころには、ジェイドはパニック寸前だ。


「なんなんだ? なんで、こんなにエネルギー消費効率が悪いんだ? この子にとって水がオイル代わりだっていうのは、いいよ。まだ、わかる。だけど、それなら、一度に五リットルくらい補給してくれたらいいじゃないか。なんでこう、ちみり、ちみり、欲しがるんだ?」


 EDは侮蔑的な目で、ジェイドを見る。


「エンジェルにあたるな。そういう体なんだから、しかたないだろう?」


 EDはジェイドに対するときと打ってかわって、エンジェルには優しい。人格プログラムが別物じゃないかと思うぐらいだ。

 歩けないと言われれば腕に抱いてやり、日差しが暑いと言われれば、マントをぬいでかけてやる。


 エンジェルは、そんなEDをすっかり信頼したようだ。べったり、ひっついている。


 それを見ると、ジェイドは、ついイライラして、言いたくもない皮肉を言ってしまう。

 わかってる。そう。自分はやっかんでいるのだ。

 エンジェルに甘えてもらえるEDが、うらやましくて。


(やっかみ——そうか。おれ、妬いてるんだ。これがヤキモチってやつなんだ)

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