二章 チェイサー 3—3

 *


 EDは鼻持ちならない高慢なヤツだが、おどろくような機能の数々を有していた。

 旅をするうえでは、よい仲間だ。

 なによりレーダーが高性能なので、守備範囲がひじょうに広い。竜に遭遇する、かなり前に察知して、回避できるのは嬉しい。


 予定どおり、ファーストシティーで調整をし、ガーデンシティーに向かった。


「ガーデンシティーはDだらけだが、キサマのDに連絡はつけてあるのか?」


 旅をし始めても、あいかわらず、EDはジェイドをキサマあつかいだ。


「ファーストシティーで通話を申しこんだときには不在だった。とにかく行ってみるさ。いなかったとしても、誰かが行きさきを知ってるかもしれないし。それより、キサマはよしてくれよ。おれもあんたのこと、エドって呼ぶからさ」

「キサマと、なれあう気などない」


 一人でスタスタさきに歩いていってしまう。

 それでも空中飛行で行ってしまわないところは、EDなりの妥協のあらわれだろうか。

 まあ、そばについていないと、監視の意味がないせいだろうが。


 ガーデンシティーまでは、そのように、草をはむ竜を遠目に見ながらの、のんびりしたものだった。


 ガーデンシティーについたのは、ファーストシティーを出てから六日め。


 ガーデンシティーは名前どおりの箱庭のような都市だ。ウォーターシティーとは、また違うおもむきの美しさだ。ただ、その美しさには、多少のグロテスクもひそんでいる。


 半球のフタをすぽっと、かぶせたような強化ガラスのドーム。

 その内に遺伝子操作された植物のバケモノが、うっそうと茂り、枝と枝をかさねている。


 ドームの屋根に届きそうな巨大なバラだとか、一本の茎に何百もの花を咲かせたユリだとかが、高層ビルみたいに背くらべしている。

 ここに来ると、自分が小人になってしまった気分になる。


 もちろん、外の世界の生態系を乱すことはゆるされていない。ここで遺伝子操作されて生まれてきた植物は、ドームの外への持ち出しは禁止だ。

 外は松やイチョウ、ソテツなどの裸子植物の時代だというのに、ここの植物たちは、それより数十世紀も進化した遺伝子をもっている。


 これらの巨大植物は、人間の住居用に造られた新種だ。

 茎や幹の大部分が空洞で、なかにコンパートメントが仕切られていた。


 こんな都市を住むためだけに造るのは酔狂だが、特殊樹脂やワックスなどの植物性の原料でもある。

 人間の大好きなオイルも、ここで生産配給されている。


 こんな変わった都市を造るのは、バイオテクノロジーの専門家だ。Dオリジナルと、植物学者のVが手を組んで、造りあげた都市だという。

 今でも、ここに住んでいるのは、大半、DタイプとVタイプだ。世界中のDとVの八割は、ガーデンシティーに集中していると言われている。


 Dタイプは男性型、Vタイプは女性型だから、おおむね、そのツータイプでペアを組んでしまっている。

 が、本心のところは、どうなのだろうか。

 人格プログラムでの好みは、両者とも別なのだ。たぶん、近くにいる相手で手を打ったほうが、てっとりばやいせいに違いない。両タイプとも、研究さえできればいいという点で、とても似ている。


 それにしても、この都市は前回、ジェイドが来てからずいぶん変わった。

 この前のときは、不気味な食虫植物の街だった。

 だが、今、この都市は、ブドウやリンゴの実のたわわな果樹園だ。

 考古学者のOたちの言う、楽園というものを連想させる。


「こんなに、たくさん果実をふやして、どうするのかしら。果実なんてオイルにもならないし、落ちて腐って、ジャマなだけじゃない」


 パールの現実的なセリフに、ちょっと興醒きょうざめする。

 こんなとき、アンバーなら——と考えそうになるのを、ジェイドはガマンした。


 とにかく、ドクを探さなければならない。


「地下への入口を見つけようか」


 地下はガーデンシティー建設当初からの施設で、このシティのマザーコンピューターなどがある。


 巨大な木の枝の住居のなかや、そのへんを歩いている人影も、みんなDだ。同じ顔なので見わけがつかない。

 こういうときは、コンピューターで調べるにかぎる。


 地下のコンピュータールームの下り口を見つけるのにも苦労した。ようやく、三十分後、ドクの住居がわかった。しかし、やはり不在だ。


「しょうがないな。とりあえず、ドクの部屋に行ってみようか。行きさきを書いたメモでも置いてあるかもしれないし……」

「パートナーなら知ってるんじゃない?」

「ドクはパートナーを作らない主義なんだ。独身主義っていうかさあ。ボディチェンジのときには、友人に頼んでた。たいがい、エヴァンが引きうけてたけど」


 世の中には伴侶をもたず、純粋にボディチェンジの相棒として、同性どうしでペアを組む者もけっこういる。


 それにしても、ドクみたいに完全に独身をつらぬくというのはめずらしい。

 こういう人間は、たいてい自分の目当ての相手に、すでにパートナーがいるので、その空きをねらっているのだ。

 ドクが誰に片思いしているのか、ジェイドは知らないが。


「しょうがない人ねぇ」


 おおげさに落胆するパールたちと、ドクの部屋に向かう。

 原生林みたいな森のなかから、ドクの住所をさがしだすのに、また、ひと苦労だ。


 ときどき見かける住人にたずねても、研究に没頭しているか、リュックをせおったジェイドたちを渡り屋と決めつけて、交渉しようとするかのどちらかだ。


 この間、ジェイドたちの後ろをついてくるEDは注目の的だった。

 もちろん、EDは美形だし、世界中の都市で、女たちのため息と、男たちの羨望のまなざしを集めるだろう。

 でなくても、男性型で一番モテるのはEタイプ(女はAタイプ)だ。


 それにしても、人口の九割がDとVのガーデンシティーでは、その注視は凄まじいものがある。


 じつを言うと、VタイプはEの男が好きだ。

 また自分の容姿に強いコンプレックスをもつDタイプは、美男子のEに崇拝に近いような憧れをいだいている。

 だから、このガーデンシティーにいるかぎり、Eタイプは神にも等しい特別待遇を享受できる。


「あんたから聞いてくれないかな。エド。そしたら、みんな、親切に教えてくれると思うんだ」

「ことわる」


「でも、あんただって、早く用件をすましたいだろ?」

「なれあう気はない」


「なによ、この人。おんなじことしか言わないじゃない。ねえ、ジェイド、この人、ほんとはボキャブラリー貧困なんじゃない?」


 パールが挑発しても、EDは、じろっと、ひとにらみするばかりだ。


 ジェイドは嘆息して、木の一本ずつの根元に立てられた標識をたよりに、ドクの家をさがしていった。


 ドクの家は、イチゴやブルベリー、クランベリーなど、ベリー類がいっしょくたに一本の木から実る巨木の四階だった。

 やっと、その木を見つけたとき、とつぜん背後からEDが近づいてきた。ハシゴに手をかけようとするジェイドをひきとめる。


「待て。なかに誰かいる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る