二章 チェイサー 3—3
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EDは鼻持ちならない高慢なヤツだが、おどろくような機能の数々を有していた。
旅をするうえでは、よい仲間だ。
なによりレーダーが高性能なので、守備範囲がひじょうに広い。竜に遭遇する、かなり前に察知して、回避できるのは嬉しい。
予定どおり、ファーストシティーで調整をし、ガーデンシティーに向かった。
「ガーデンシティーはDだらけだが、キサマのDに連絡はつけてあるのか?」
旅をし始めても、あいかわらず、EDはジェイドをキサマあつかいだ。
「ファーストシティーで通話を申しこんだときには不在だった。とにかく行ってみるさ。いなかったとしても、誰かが行きさきを知ってるかもしれないし。それより、キサマはよしてくれよ。おれもあんたのこと、エドって呼ぶからさ」
「キサマと、なれあう気などない」
一人でスタスタさきに歩いていってしまう。
それでも空中飛行で行ってしまわないところは、EDなりの妥協のあらわれだろうか。
まあ、そばについていないと、監視の意味がないせいだろうが。
ガーデンシティーまでは、そのように、草をはむ竜を遠目に見ながらの、のんびりしたものだった。
ガーデンシティーについたのは、ファーストシティーを出てから六日め。
ガーデンシティーは名前どおりの箱庭のような都市だ。ウォーターシティーとは、また違うおもむきの美しさだ。ただ、その美しさには、多少のグロテスクもひそんでいる。
半球のフタをすぽっと、かぶせたような強化ガラスのドーム。
その内に遺伝子操作された植物のバケモノが、うっそうと茂り、枝と枝をかさねている。
ドームの屋根に届きそうな巨大なバラだとか、一本の茎に何百もの花を咲かせたユリだとかが、高層ビルみたいに背くらべしている。
ここに来ると、自分が小人になってしまった気分になる。
もちろん、外の世界の生態系を乱すことはゆるされていない。ここで遺伝子操作されて生まれてきた植物は、ドームの外への持ち出しは禁止だ。
外は松やイチョウ、ソテツなどの裸子植物の時代だというのに、ここの植物たちは、それより数十世紀も進化した遺伝子をもっている。
これらの巨大植物は、人間の住居用に造られた新種だ。
茎や幹の大部分が空洞で、なかにコンパートメントが仕切られていた。
こんな都市を住むためだけに造るのは酔狂だが、特殊樹脂やワックスなどの植物性の原料でもある。
人間の大好きなオイルも、ここで生産配給されている。
こんな変わった都市を造るのは、バイオテクノロジーの専門家だ。Dオリジナルと、植物学者のVが手を組んで、造りあげた都市だという。
今でも、ここに住んでいるのは、大半、DタイプとVタイプだ。世界中のDとVの八割は、ガーデンシティーに集中していると言われている。
Dタイプは男性型、Vタイプは女性型だから、おおむね、そのツータイプでペアを組んでしまっている。
が、本心のところは、どうなのだろうか。
人格プログラムでの好みは、両者とも別なのだ。たぶん、近くにいる相手で手を打ったほうが、てっとりばやいせいに違いない。両タイプとも、研究さえできればいいという点で、とても似ている。
それにしても、この都市は前回、ジェイドが来てからずいぶん変わった。
この前のときは、不気味な食虫植物の街だった。
だが、今、この都市は、ブドウやリンゴの実のたわわな果樹園だ。
考古学者のOたちの言う、楽園というものを連想させる。
「こんなに、たくさん果実をふやして、どうするのかしら。果実なんてオイルにもならないし、落ちて腐って、ジャマなだけじゃない」
パールの現実的なセリフに、ちょっと
こんなとき、アンバーなら——と考えそうになるのを、ジェイドはガマンした。
とにかく、ドクを探さなければならない。
「地下への入口を見つけようか」
地下はガーデンシティー建設当初からの施設で、このシティのマザーコンピューターなどがある。
巨大な木の枝の住居のなかや、そのへんを歩いている人影も、みんなDだ。同じ顔なので見わけがつかない。
こういうときは、コンピューターで調べるにかぎる。
地下のコンピュータールームの下り口を見つけるのにも苦労した。ようやく、三十分後、ドクの住居がわかった。しかし、やはり不在だ。
「しょうがないな。とりあえず、ドクの部屋に行ってみようか。行きさきを書いたメモでも置いてあるかもしれないし……」
「パートナーなら知ってるんじゃない?」
「ドクはパートナーを作らない主義なんだ。独身主義っていうかさあ。ボディチェンジのときには、友人に頼んでた。たいがい、エヴァンが引きうけてたけど」
世の中には伴侶をもたず、純粋にボディチェンジの相棒として、同性どうしでペアを組む者もけっこういる。
それにしても、ドクみたいに完全に独身をつらぬくというのはめずらしい。
こういう人間は、たいてい自分の目当ての相手に、すでにパートナーがいるので、その空きをねらっているのだ。
ドクが誰に片思いしているのか、ジェイドは知らないが。
「しょうがない人ねぇ」
おおげさに落胆するパールたちと、ドクの部屋に向かう。
原生林みたいな森のなかから、ドクの住所をさがしだすのに、また、ひと苦労だ。
ときどき見かける住人にたずねても、研究に没頭しているか、リュックをせおったジェイドたちを渡り屋と決めつけて、交渉しようとするかのどちらかだ。
この間、ジェイドたちの後ろをついてくるEDは注目の的だった。
もちろん、EDは美形だし、世界中の都市で、女たちのため息と、男たちの羨望のまなざしを集めるだろう。
でなくても、男性型で一番モテるのはEタイプ(女はAタイプ)だ。
それにしても、人口の九割がDとVのガーデンシティーでは、その注視は凄まじいものがある。
じつを言うと、VタイプはEの男が好きだ。
また自分の容姿に強いコンプレックスをもつDタイプは、美男子のEに崇拝に近いような憧れをいだいている。
だから、このガーデンシティーにいるかぎり、Eタイプは神にも等しい特別待遇を享受できる。
「あんたから聞いてくれないかな。エド。そしたら、みんな、親切に教えてくれると思うんだ」
「ことわる」
「でも、あんただって、早く用件をすましたいだろ?」
「なれあう気はない」
「なによ、この人。おんなじことしか言わないじゃない。ねえ、ジェイド、この人、ほんとはボキャブラリー貧困なんじゃない?」
パールが挑発しても、EDは、じろっと、ひとにらみするばかりだ。
ジェイドは嘆息して、木の一本ずつの根元に立てられた標識をたよりに、ドクの家をさがしていった。
ドクの家は、イチゴやブルベリー、クランベリーなど、ベリー類がいっしょくたに一本の木から実る巨木の四階だった。
やっと、その木を見つけたとき、とつぜん背後からEDが近づいてきた。ハシゴに手をかけようとするジェイドをひきとめる。
「待て。なかに誰かいる」
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