二章 チェイサー 3—2


 ジェイドは、いつも夢に見る悲しい光景を思いうかべた。

 必死でEDに反論できる要素をさがした。しかし、混乱してしまって、論理装置がすみやかに働かない。感情パラメータが乱れて、抑制装置をふっきりそうだ。


「そこまでよ。ジェイドを離しなさい」


 EDの背後で声がした。

 パールが指さきに仕込んだレーザー銃をEDに向けていた。


 EDは微笑した。


「強がるな。おまえは人を傷つけることはできない」


 パールは、ぐっと唇をかむ。


「それを言うなら、あんただって」


「むろんだとも。私は正常だからな。安心したまえ。これはただのスタンガンだ。人工知能からの指令を一時的に別の電波で遮断するだけ。電流も微弱で、回路をショートさせることはない。人間にも、ロボットにも、竜にも、ききめがある」


「ジェイドを動かなくさせて、どうするつもり?」


「シティにつれ帰り、マザーの裁きを受けてもらう。彼の暴力性を訴えれば、生存権をはくだつされるだろう」


「ジェイドは危険人物じゃないわ。ときどき感情が乱れるけど、抑制がきく範囲よ。それにジェイドがこうなったのは、恋人が死んだときのショックのせいよ。だから、あなたが言うように、別れ話でカッとなって——なんてことできなかったのよ」


 パールのけんめいな訴えのおかげで、EDはジェイドの喉もとにつきつけた槍を、すっとおろした。


「Jタイプのためなら、Pは平気でウソをつく。容易に信じることはできないが……まあ、いいだろう。ここは、いったん、ひいてやる。Pの言うことが本当なら、マーブルを殺した相手は別にいることになるからな。私がゆるせないのは、マーブルを殺した相手だ。Pの言いぶんが真実か否か、確信が持てるまで猶予ゆうよをやろう」


 EDは槍のスタンガンのスイッチを切った。するっと槍はちぢんで、三十センチほどの長さになる。

 どうするのかと見ていれば、EDはそれを自分の背中の羽にとりつけた。太い骨組みの一部がとりはずし可能な武器になっているのだ。装飾的な外見ではあるが、見ため以上に実用的な翼だ。


「ところで、おれはいつになったら動けるんだ?」

「二時間はそのままだ。どうせ休憩するんだろう?」

「そうだけど……」

「いますぐシティポリスにつきだされないだけ、ありがたく思え」


「あんた、このさき、ずっとついてくる気か?」

「執行猶予ということは、そういう意味だ」


 文句を言っても聞いてくれそうにない。


「わかったよ、もう。おれが動けないの、あんたのせいだからな。竜が襲ってきたら、ちゃんと守ってくれよ」


 EDは妙な表情で、ジェイドを見た。そのあと、少し離れたところに行って、すわりこむ。


「大丈夫よ。あたしが守ってあげるから」と、パールは嬉しそう。

「女の子に守ってもらうのは、さすがにプライドがなあ……」

「いいから、寝てなさい」


 パールは手のかかる男が好きなのだ。もしかしてパールなら、ジェイドが晩年のエヴァンみたいになったとしても、よろこんでお世話してくれるかもしれない。こんなときが来るのを待ってましたと言うように。


(アンバーなら途中でイヤになって逃げだすだろうな。アンバーは、つくされるほうで、つくすほうじゃなかったから)


 節電モードに入ると、思考がとざされ、視界が暗くなる。

 暗く、せまい一室にとじこめられたような感覚。

 体のなかのレーダーだけを見つめて、ジェイドは朝が来るのを待った。

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