二章 チェイサー 2—2


 ジェイドが手をかけると、われた頭から、くだかれた回路がバラバラとオイルだまりのなかに落ちていく。

 もう誰にも、マーブルを生きかえらせることはできない。


 ジェイドはマーブルを床によこたえると、入口にひきかえした。

 かたまっているEDを出入り口のほうに向けて、まわれ右させた。

 体を半回転されたEDは、また動きだす。とっさに、マーブルをふりかえろうとするのを、


「見るな! 見たら、あんたはまた止まるだろ」


 制止すると、あわてて目をそらす。


「マーブルは……いったい、どうしたんだ」

「マーブルは死んだ。殺されたんだ」

「殺す? 故意に傷つけ、蘇生不可能にするということか? そんなこと……誰ができるというのだ」


 だいぶ混乱しているらしい。

 EDはキライなジェイドに、ガッチリ肩をくまれているというのに、まったく意に介していない。


「誰がやったかはわからない。アンバーやエヴァンをやったのと、同じやつの仕業だ。おれは、そいつを探してるんだ」


 EDの目が、さきをうながすふうなので、ジェイドは二百年前のことから説明してやった。

 話してやることで、殺人に関する情報が事前にインプットされ、マーブルの死の衝撃を緩和してくれることにもなる。これで、マーブルの遺体を見ても、EDがフリーズすることはなくなる。


「そうか。では、エヴァンという男の記憶をしらべにきたのは、そのためだったのか」


「ああ。しかし……マーブルは、そのために犠牲になったんだと思う。予備のカギがあるのか、あるなら誰が持っているのか、知ってるのはマーブルだけだ。エヴァンが口封じのために殺されたんだとしたら、おそらく、マーブルも……」


 おとなしくジェイドの話を聞いていたEDだが、納得がいったことで、論理装置が正常に働きだしたようだ。急に白い目になって、ジェイドが肩にかけた手をはらいのけた。


(ああ、もう。やっぱ、コイツとはあわないかな)


 ため息をつくジェイドを無視して、EDはマーブルに歩みよった。もう回路が緊急停止することもなく、EDはマーブルを抱きあげた。


「マーブルの遺体は私がひきとろう」


 だから、帰ってくれという素振りだ。


 ジェイドはマーブルの個室をあとにした。

 廊下で待っていたパールが、心配げにジェイドをのぞきこんでくる。


「大丈夫? ジェイド」


 ジェイドはガラス壁の向こうをかえりみた。

 つれあいを亡くした鳥のように、マーブルの体を抱きしめて、EDがうなだれている。もしかしたら、泣いているのかもしれない。

 ジェイドの前では弱みを見せたくなかったのだろう。

 本当に気位の高い、みえっぱりだ。


 ジェイドはパールの肩を抱いて、廊下を歩いていった。


「今夜はホテルに泊まろう。しっかり調整しておかなけりゃ」


 安宿はウイルスが心配なので、ちょっとキュウクツだが、マザーコンピューターが管理する官営宿泊施設に泊まった。一人用調整機が一列にならんだ、そっけない宿。だが、セキュリティは申しぶんない。


「遠出なら、携帯用の武器も持ったほうがいいな。明日、発つ前に市場をながしてみよう。起床は七時にセットだ」


 歴史的価値のある古いボディを陳列しておく、博物館のガラスケースみたいな調整機に入って、ケーブルやらオイル交換パイプやらをつなぐ。


(それにしても、犯人はどんなヤツなんだ? マーブルの部屋に入れたってことは、彼女の入室許可リストに登録されてる人物か)


 または、顔見知りだ。

 ウォーターシティーの壁はガラスだから、相手が不審者なら、マーブルにもすぐにわかる。


(マーブルの性格なら、ただの顔見知りていどを室内には入れない。そうとうに深い信頼をおいた人物でなければ)


 だとすると、これで犯人はそうとうにしぼりこまれてくる。

 あの秘密主義のエヴァンから、ベースキャンプのキーをわたされ、マーブルがためらいなく部屋に招きいれる人物。

 エヴァンは交友関係が広かったが、マーブルなら、そこまで親しい友人は少ないはず……。


 考えているうちに、ジェイドは夢のなかへひきずりこまれていた。

 調整機が記憶を処理している。

 AIの人格形成回路が停止し、システム処理部だけが働いている状態。


 ジェイドは、いつもの夢のなかへと入っていく——


 だが、その日の夢はいつもと少し違っていた。

 アンバーがいて、EDがいて、マーブルがいて、ドクがいて、それがみんな、博物館に飾られたオリジナルボディなのだ。


 視界はコハク色の一色。

 どこかのドームシティーのなかだろうか。古い造りの室内だから、ファーストシティーかもしれない。


「生き残ったのは、これだけか」

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