二章 チェイサー 2—1

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「あんたも帰るんだろ? あんた、泳げるんだから、ウォーターシティーまで、おれたちをつれてってくれないかな。頼むよ」


 ジェイドとしては、だいぶ下手に出たつもりだが、EDは言下につきはなした。


「ことわる」

「あ、そう」


 EDは一人で、さっさと出ていってしまった。


 EDに、これ以上、何かを求めるのは、しょせんムリだ。

 エヴァンのメッセージに気づかせてくれただけでも、EDにしてみれば、ものすごい譲歩のすえのスペシャル級の親切だったのだろうから。


「ED、ありがとな。それと殴って悪かったよ」


 基地の出入り口から首をだして、キラキラ光るガラスの羽のうしろ姿に声をかける。

 すると、EDは一瞬、立ちすくんだ。薄気味悪そうにジェイドをかえりみて、プイっとそっぽをむく。

 そのまま、闇のなかに消えた。


(ディスクは手に入らなかったけど、まだ望みはある。あのメッセージの感じなら、ドクもエヴァンと同じか、それ以上に犯人について知ってるんだ)


 ガーデンシティーに行くには、キューブシティーには戻らず、このまま南下していくほうが近い。あいだにある小さなシティを中継地点に使えば、調整もできる。

 ウォーターシティーからガーデンシティーまでは、徒歩なら二週間かかる道のりだ。


「いったん、ウォーターシティーに帰り、旅じたくをするよ。マーブルにカギのことも聞かなきゃならないしね。君はどうする? パール。なんなら、キューブシティーに帰ってもいいんだ」

「行くわ」


 パールの答えは、はっきりしていた。けれど、さっきのジェイドの言葉を気にしているのか、口数は少ない。

 混乱していたとはいえ、パールにはひどいことを言ってしまった。


「悪かったよ」

「……いいわよ、もう」

「だって、気にしてるんだろ?」

「本当のことだもの。でも、メンテナンスのこと、本気で考えたほうがいいわ。あたし、あなたが心配なのよ」

「ああ、そうだね……」


 パールのこういう姉さん女房的な態度は、正直、あまり好きではない。


 言いたいことはあるけど、のみこんであげたのよ。あなたってば、ほんと世話が焼けるんですもの——


 そういう目で見られると、こっちは何も言えなくなる。


 アンバーとはケンカをすると、おたがい言いたいことを言いあっていた。

 でも、それは根本的に愛しあっているという信頼関係があったから、できたのかもしれない。


(パールのことはキライじゃないけど、やっぱり、何かが違う)


 ジェイドは表面だけの笑みをうかべた。EDのあとを追って、キャンプを出る。


 このキャンプのなかの品物は、以前のパートナーのマーブルの財産だ。

 あの新型のボディなんかは、ほんとは、もっとよく見たかったが、なにひとつ手をつけずに退室した。

 ジェイドたちが外に出ると、照明が消え、ハッチは自動で閉まり、オートロックがかかる。もう外からは、そこにキャンプがあることなど、まったくわからない。


「エヴァンのやつ、次はどんなスゴイ機能にしてたんだろう。あのボディ。見ためはオリジナルボディーみたいな金髪に戻してたけどさ。あいつのことだから、きっとスゴイ性能なんだろうな。あの保管ケースに入ってたやつ」

「そうね」


 ジェイドたちは、また来た道をひきかえした。

 ふたたび、水の苦行だ。

 帰りは崖をのぼる手間がはぶけて、ウォーターシティーに帰ったのは二十分後。きっとEDなら五分で帰っているだろう。


 その夜をウォーターシティーで宿泊する手続きをすますと、ジェイドはマーブルのコンパートメントに直行した。


「ここで待っててくれよ。すぐ、すむから」


 パールを廊下に待たせて、ジェイドは手首のIDでセキュリティを解除すると、マーブルの部屋に入った。


 思ったとおり、EDはそこにいた。

 だが、マーブルがEDの口から報告をきいたかどうかはわからない。

 EDは入口に立ちつくし、この日、二度めのフリーズにかかっていたからだ。


「ED?」


 ぽんと肩に手をかけると、ビクリとこわばって、EDは動きだした。

 だが、何か言いかけて、室内に目をやると、そのまま硬直してしまった。


 EDの視線のさきを追って、ジェイドにもそのわけがわかった。

 ガラスの水槽のなかのようなリビングルームの壁ぎわに、マーブルがたおれていた。


 ただの動力停止ではない。

 同じだ。

 これでもう、三度めだ。この光景を見るのは。


 マーブルの頭部は無残に破壊され、人工知能がひきずりだされていた。

 マーブルの体の下に、オイルの水たまりができている。


「マーブル!」


 かけよったが、手遅れなのは、ひとめでわかった。

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