二章 チェイサー 1—4


「ジェイド。ここに君が来ているということは、私の身に変事があったのだろう。あるいはもう、この世にはいないのかもしれない。私に見舞う可能性のある危難に対して、私は身を守るすべがない。だが、どうしても私は行かなければならない。彼……を、止めることができるとしたら、今は私だけだろう。いや、私にも自信はないが、止めなければならない。

 あのファイルを見つけてしまったときに、私が別の選択をしていれば、あるいは君や私にとって、未来はもう少し違う形になっていたかもしれない……。

 君にはつらい事実だが、すべてを知る覚悟があれば、私の記憶ファイルの保管ケース0006287-001を見たまえ。君あてのディスクを一枚、用意しておいた。これまでに私の知った、すべての事実がまとめてある。もし、それでも困ったことがあれば、Dを訪ねるといい」


 そう言って、エヴァンはエメラルド色の瞳をふせた。


「君には本当に、すまなく思う。ゆるしてくれ。ジェイド」


 モニタが暗くなり、エヴァンの姿が、かききえる。


 EDが冷たく言いはなつ。


「Dと言っていたな」

「わかってるさ」


 ジェイドとエヴァンの共通のDといえば、DIAMONDだ。

 Aのオリジナルボディーが『フランス人形』、Eが『公爵』であるように、Dの通称は『ドクター』だ。

 だから、ジェイドたちは彼をドクと呼んでいた。


 エヴァンの古くからの友人で、ジェイドはエヴァンを通じて、ドクと知りあった。ジェイドのDのチップをコピーさせてくれたのもドクだ。


 ジェイドがドクのチップをもらったのは、彼がバイオテクノロジーに深い造詣ぞうけいを有しているからだ。とくに遺伝子工学がDの専門だ。

 生物の基礎知識は、凶暴な竜のかっぽする世界を旅するには欠かせない。それに生き物の持つ、しなやかな動きを研究することは、ボディーの開発にも役立つ。


 EDもそうだが、機械工学のEのチップ、バイオテクノロジーのDのチップ、この二つのチップを持っていれば、ありとあるゆるボディーを自在に造ることができる。ボディー製作において、最強の組み合わせと言える。


 ドクの場合はEのチップはないが、天文学のI、考古学のO、物理学のN、言語学のMなど、学問的な専門知識のチップを欲張りに集めている。

 学問関連でないのは、ゆいいつ、音楽的才能のAだけだが、これは単にオマケか遊びのつもりではなかろうか。でなければ、エヴァンといっしょに歌いたかったかだ。


「ドクは変人だからな。あっさり、つかまるといいんだが……」


 いちおうドクの現住所はガーデンシティーだ。もう長いこと連絡をとってないが、たぶん、まだ移住してはいないだろう。あそこはDタイプのための都市と言っていいほど、D好みのところだ。世界で一番、Dタイプの住人の多い都市だ。


 とにかく、ドクにはあとで通話申しこむとして、それよりも、ジェイドには気になっていることがある。

 さっきのメッセージのなかのエヴァンの態度だ。

 なぜ、エヴァンはジェイドに、あんなふうに謝罪などしたのだろう。エヴァンがジェイドに許しをこわなければならないことなど、ないはずなのに。


(やはり、エヴァンはアンバーを殺したのが誰なのか知っていた。それを知らせずに旅に出たことをわびたんだろうか?)


 それに、ジェイドにとって、つらい事実とはなんなのだろう?


 なんだか、アンバーの死の謎を調べれば調べるほど、謎は深まっていくばかりだ。

 悪夢の迷宮に入りこんで、ぬけだせない。


 そんな不安が、ジェイドをおし包んでいた。

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