二章 チェイサー 1—3


 あらためて見まわすと、室内には貴重な鉱石だとか、きれいに組みあがっている真新しいボディーとか、金目のものは、たくさんあるのに、それらには手をつけられていない。


 記憶をバックアップしたディスクだけが破壊されているのだ。


 こんなことをする必要があったのは、ジェイドにエヴァンの記憶を知られては困る人間——


 エヴァンとアンバーを殺した犯人だけだ。


(くそッ。なんでわかったんだ? この場所が)


 キューブシティーからジェイドを尾行してきたのだろうか。

 いまわのきわのエヴァンの言葉を、そいつも近くで聞いていたのだろうか。

 ジェイドをつけて、マーブルとの会話を盗み聞きして、さきまわり……?


 しかし……しかし、それなら、どうやって、この部屋の秘密の入口をあけることができたのだろう?


 エヴァンはEタイプの特徴として、完璧主義者だった。誰にでも開けられる、いいかげんなカギを造るはずがない。キーを持っている人間か、エヴァン自身のIDでなければ、ひらくことができないよう造られていたはずなのに……。


「あんた、ここにどうやって入ったんだ?」


 ジェイドが一歩ふみだすと、EDはあとずさる。一定の距離をたもちながら、目は油断なく、ジェイドを見つめている。


「マーブルの所有するキーを拝借してきた。彼女が大切なものをしまっておく隠し場所は知っているからな」


 手の内に、ジェイドが持っているのと同じキーをちらつかせる。


「じゃあ、マーブルがおれに渡してくれたのは、エヴァンのキーか」


 エヴァンは事故以来、あの調子だったから、エヴァン本人のキーも、マーブルが預かっていたのだろう。


「もしかして、このカギ、ほかにもコピーがあるんだろうか。マーブルなら知ってるな」


 もし、コピーされたキーが他にもあって、それを所持している者がいれば、その相手こそ、アンバーとエヴァンを殺した犯人ということになる。

 それ以外に手がかりになりそうなものはなさそうだ。

 ジェイドはウォーターシティーに帰ることにした。


「パール、帰ろう。もう一度、ウォーターシティーだ」


 あんたはどうするんだ。このまま居座るのは不法侵入だぞ——と、言ってやろうとしたときには、EDがさきに動いていた。

 秘密基地のメインコンピューター前に立つと、手にしたキーを挿入口に差しこんだ。ピッと電子音がして、コンピューターが起動した。女声の合成音がする。少しアンバーに似ている。


「使用者のIDをご提示ください」


 キーだけでは使用できないのだ。


 EDは小バカにするような視線を横目でなげてくる。


「メッセージの有無をしらべるのは、セオリーではないか」

「エヴァンが最後にここに立ちよったのは、事故にあう前のはずだ。おれあてのメッセージなんか残ってるわけがない」

「ダメで元々ではないのか?」


 言われれば、そのとおりなので、ジェイドはモニタの前のIDセンサーに左手首をかざした。ふたたび、ピッと小ぎみよい音がして、モニタが明るくなる。


 それ見ろというように、EDは自慢げな表情をした。

 感謝するがいい、愚か者め——

 と、言わんばかりのその顔を見ると、頭の九割では腹立たしいくせに、残り一割では、妙にふきだしたい気分になる。

 ジェイドのなかのAのチップのせいだろう。


「素直にバカなオマエを心配してやったんだって言えばいいのに。ほんと、気位、高いよな。あんたって」


 くすりと、思わず小さな笑い声がもれると、いっそうEDは気難しい顔になった。


 そのとき、モニタに大きくエヴァンの姿が映しだされた。

 黒髪にグリーンの瞳。

 かつて聡明だったころのエヴァンだ。こころもち首をかしげて、モニタのなかから、まっすぐジェイドを見つめている。


 七十年以上前に撮影したビデオメールだということはわかっていたが、胸の奥が、じんと熱くなった。

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