一章 マーダー 2—2


「ああ、こりゃ、ポンコツくんではないか。わしんとこにも、ときどき廃品のオイルをあさりにやってきとったよ。しかし、こりゃ……この損傷は……」


 倒れたエヴァンのかたわらにしゃがんで、店主は片目のルーペの倍率を変えながら検分した。


「こいつは外部からの打撃による損傷じゃな。穴の断面が内側にめりこんどる。だが、いったん、めりこんだ装甲板を、外へ向かって引きちぎったような力も働いとるな」と、店主は腕をくむ。


「どうやら、ポンコツくんが、廃品をあさっとるうちに、そのへんのかどに自分で頭をぶつけた……ってようなもんじゃないらしい」


「そりゃそうだ。こんな大きなハードディスクまで外に出てるんだ。自分でできるわけない」

「ディスクも粉々だからなあ。いくらポンコツくんでも、ここまで器用なぶつけかたはできんな」

「おっさん、しつこく、ポンコツ、ポンコツ言うなよ。また腹が立ってきた」


 ここのHは酒場のHよりは親しみやすい。

 しかし、やはり友人をポンコツ呼ばわりされるのは、いかに真実とはいえガマンならない。

 店主は首をすくめて、店の戸口へかけもどった。


「とにかく、わしゃ、マザーに知らせる。そのポ——いや、あんたの友達には、パートナーはおらんのかね? おるんなら早く知らせてやんなさい。シティポリスが来ちまうと、死体は廃棄工事に運ばれるぞ」

「エヴァンにはパートナーはいないんだ」


 七十年前、こんな姿になって戻ってきたエヴァンを、パートナーのマーブルは捨てていってしまった。


 Mタイプのマーブルは、Eタイプを好むようプログラムされている。

 どちらかと言えば、エヴァンはマーブルを妹のように愛していた。むしろ、マーブルのほうが一方的に、エヴァンを恋い慕っていた。

 それはもう崇拝に近いほど。


 だからこそ、変わりはてたエヴァンを見ていることができなかったのだ。

 今ごろは新しいEを見つけているだろうか。


 ジェイドはエヴァンのかたわらにひざまずき、頭のなかに数えるほどしか残っていない回路をつかみだした。

 どうせ廃棄工場に運ばれれば、あらゆる部品が解体され、溶鉱炉に投げこまれてしまう。新しい部品の材料にされてしまうのだ。

 パートナーがいれば、遺体はパートナーの共有財産として引きとることができるのだが。


「さよなら。エヴァン」


 まもなく、マザーコンピューターの派遣したシティポリスがやってきた。


 エヴァンは運ばれていった。


 ポリスたちは人格チップを持たないロボットである。エヴァンの死体の状況を見てもなんの感情もなく、マザーコンピューターの命令どおりに動くだけだ。


 きっとまた、アンバーのときのように、事故死として扱われるのだろう。


 だが、ジェイドは知っている。

 エヴァンは事故死などではない。

 殺されたのだ。これは殺人だ。


 アンバーのときは悲嘆のあまり、なすすべもなかった。深く考察することもできなかったが、今は違う。


 エヴァンは何者かによって殺された。

 それも、もしかしたら、アンバーを殺したのと同一人物の手によって。


 エヴァンは酔うと、決まってジェイドに伝えなければならないことがあると言っていた。


 エヴァンは知っていたのではないだろうか。アンバーを殺した人物を。


 七十年前の、あの悲劇。

 エヴァンはパーツ探しの旅と言っていたが、今にして思えば、あれは殺人犯を探しに行く口実だったように思える。


 その旅で何があったのかわからない。

 でも、きっと、エヴァンは殺人の証拠を見つけたのだ。

 あの損傷は、殺人犯の逆襲にあったせいではないだろうか。

 すんでのところで逃げだしたものの、結局、こうして、追ってきた犯人に発見され、口封じのために殺されてしまった……。


「ベースキャンプに行こう。エヴァンの遺言だ。そこにエヴァンの記憶のバックアップがあると言っていた」


 酔うたびに、エヴァンがジェイドに教えたがったこと。

 それはきっと、アンバーを殺した犯人についてだ。


「でも、エヴァンのベースキャンプがどこにあるか、ジェイドは知っているの?」


 やっとフリーズがとけて、パールが口を押さえていた手をおろしながら尋ねた。


「じつは、おれも知らないんだ。エヴァンのやつ、けっこう秘密主義だったから。ほら、Eタイプって、そんなとこあるだろ? でも、パートナーだったマーブルなら知ってるはずだ。まず、マーブルを探して、それからだな」


 ジェイドはエヴァンとアンバーを殺した犯人を、必ず見つけだすと決心した。たとえ、どれほどの障害が行く手に待っていたとしても。

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