一章 マーダー 2—1

 2



 エヴァンはあの見ためだから、通りすがりの誰かにバカにされているのかもしれない。

 からかわれて、ひどいめにあっているのか。


 そう思い、ジェイドは迷路のような路地を走った。


 どこの誰だか知らないが、これ以上、かわいそうなエヴァンをいじめないでやってくれと、そればかりを考えていた。

 まさか、それ以上のひどいことがあるなんて、予想もしていなかった。


 エヴァンの製造ナンバーを発するIDプレートの信号を、レーダーでさぐり、たどりついたのは、タブローのある絵画通りより、もっとせまく小汚い路地裏だった。


 エヴァンは、どんづまりのリサイクルショップの前の廃品の山のかげに倒れていた。へたくそな溶接の足が見えている。


 ジェイドはかけよった。


「エヴァン!」


 まさか、スクラップと間違えられて、リサイクル屋にひっぱってこられたのだろうか。


 だが、現実はそれどころではなかった。

 走りよって、廃品のかげをのぞきこんだ瞬間、ジェイドはすくんだ。

 パールは悲鳴をあげた。


「え……エヴァンなの?」


 廃品の後ろに倒れたエヴァンの頭部は、みごとに大穴があいて、回路が根こそぎぬきだされていた。

 ホコリまじりの変色したオイルが、どろりと地面をぬらす。その上に、とりだされた集積回路が散乱している。


「エヴァン!」


 かろうじて、エヴァンは意識があった。半眼に目をひらいて、ジェイドの手をにぎる。


「……ベースキャンプへ……行って、くれ。私の記憶……バックアップ、が、あ……る」


 けいれんしていたエヴァンの首が、カクンと落ちた。


「エヴァン!」


 動かなくなったエヴァンを、ジェイドは、ぼうぜんと見つめた。


 たしかに、エヴァンはポンコツだったかもしれない。だが、ジェイドには大切な友達だった。殺していいなんて法はないのだ。


(誰だ……?)


「誰が、エヴァンをこんなめにッ!」


 いっきに感情パラメータが上昇し、ジェイドは頭が沸騰ふっとうしそうな熱さを感じた。

 ふつうなら感情抑制装置が働くところだが、ジェイドは傷のせいで、抑制装置に不備がある。装置よりさきに憤りのほうが、全身をかけめぐる。


 ジェイドは行き止まりのリサイクルショップのドアをけりとばして入った。


「おい! エヴァンを殺したのは、キサマかッ?」


 ここの店主もHだ。

 細かい手作業ができるように、片目にルーペをはめこんでいる。

 とつぜん怒鳴りこんできたジェイドにビックリしていた。


「エヴァンを解体するために、殺したのかと聞いてるんだ! 言えよッ」


 リサイクルショップの店主はメタルボディーなので、表情はわからないが、あきれはてて言葉も出ないようすだ。


 ジェイドのAIは冷静に店主の態度を分析し、店主がやったのではないと判断をくだしてはいた。


 しかし、なおかつ親友を殺された怒りからぬけだせないで、店主にあたりちらす。自分のどこに、そんな語彙ごいがおさまっていたのかというような汚ない言葉が次々とびだしてきて、ジェイドは自分で自分に驚いた。


 店主の首に片手をかけ、片手でカウンターをたたきながら、怒鳴りちらす自分を、まるで、もう一人の自分が、離れたところから見つめているようだ。


 自分の意思と体が分離してしまったような恐怖を、ジェイドは感じた。

 自分のボディーを何者かがのっとって、勝手に暴走させているみたいだ。


 恐怖を感じたことで、怒りのメーターが下がったのだろう。その瞬間、抑制装置が正常に働きだした。

 離れていた心と体が、急速に引きあって、また一つに合体する。

 ふいに夢からさめて現実に戻ってきたように、自分の意思で体をコントロールできるようになった。


 ジェイドはふりあげていたこぶしをおろし、店主の首を離した。


「……悪い。ちょっと混乱してしまって。おれの友達が店の前で死んでるんだ。あんた、なんか変な音、聞かなかったか?」

「悪いが、わしゃ作業中は気が散るもんで、防音シャッターを閉じとるんだ。あんたがとびこんでくるまで、なんも知らんかったよ」


 ご丁寧に二重シャッターだ。

 ジェイドの耳の奥にも防水シャッターはあるが、防音はそれほどきかない。

 店主の二重シャッターなら、店に泥棒が入って、ありったけ商品を持ち去ったって、気づきはしないだろう。


「そうか……すまない」

「まあ、待ちな。死んでるだって? 動力系統にトラブルでもあったのかね?」


 カウンターの向こうから立ちあがり、店主は外へ出ていく。ジェイドも追った。


 パールはまだ、エヴァンのそばで、両手で口をおさえて立ちつくしている。


 よっぽどショックだったのだ。

 反射反応のフリーズにおちいっている。人工知能を許容しがたい現実から、いったん距離をおいて守るための、一種の防御機能だ。

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