一章 マーダー 1—2


 事実、アンバーもエヴァンも、たがいに憎からず思っているふうだった。


 人格プログラムには基本タイプどうしの相性がある。

 Aタイプのアンバーは男性型ではEタイプかJタイプ。女性型ではBタイプ、Mタイプと相性がいい。

 アンバーは型式AMBER。Eタイプとも、B、Mタイプともチップの交換をしている。アンバーの気持ちが揺れるのではないかと案じたのは、そのためだ。


 ではJタイプとEタイプはどうかと言えば、基本人格上では、これ以上ないほど相性は最悪。

 だが、どちらかの人格にAタイプのチップが加えられていると、不思議と、あう。

 たぶん、Aタイプの人格がE、Jともに好むプログラムだからだろう。


 ジェイドとエヴァンは二人とも、Aタイプのチップを持っているので、会った瞬間から相手を気に入った。

 ときどき、こいつのこういうところは苦手だなと、感じることもあるにはあった。

 でも、まあ、この何千年か、うまくやってきた。

 七十年前、エヴァンが、あの事故にあうまでは。


 エヴァンがパーツ探しの旅に出ると言い出したのは、アンバーがあんなことになって、まもなくのことだ。


 ジェイドはアンバーを失った痛手から立ち直れないでいたころだったから、行かないでくれと懇願した。

 しかし、エヴァンは、ジェイドにはわからない決意があるようだった。ジェイドの制止をふりきって旅に出ていった。


 パーツ探しは大切なことだ。

 ボディーを改造するため、古いボディーを新しいボディーに交換するため。あるいは自分と同じ型式の分身を造ったり、誰かの人格プログラムと、自分のプログラムのチップを配合した『子ども』を造ったりなど。


 それらのためには、世界中に散らばった生産工場から、各種のパーツを集めなければならない。

 しかし、一つの工場では、せいぜい数種類のパーツしか製造されない。

 自分で原料から加工するという手もあるが、そのためには原料を求めて、結局、旅に出なければならない。


 都市はドームに守られて安全だが、一歩外に出れば、凶暴な竜が闊歩かっぽする危険な世界だ。


 パーツ探しの旅は、ときに命がけになる。

 あのとき——ジェイドの制止をふりきって旅立ったときのエヴァンにとって、それはまさに命をかける行為になった。


 七十年前、パーツ探しの旅から帰ってきたエヴァンが、ジェイドの前に現れたときには、すでに以前のエヴァンの面影はまったくなくなっていた。


 エヴァンは旅の途中で、人工知能に致命的な損傷を受けた。

 おそらく、竜に襲われたのだ。生きて帰ってこられたのが、不思議なくらいの状態だった。


 人工皮膚はボロ雑巾のようにズタズタに引き裂かれ、ボディーにからみついていた。

 手足は、かろうじて原型をとどめ、右腕はボルト一本でつながっているだけだった。


 かつては誰もがふりかえっていった端正なマスクは、半面が陥没し、骨格フレームから内部がむきだしになっていた。損傷を受けた頭部からは配線がはみだし、回路が青白い火花をあげていた。


 ジェイドは急いで、エヴァンをベースキャンプへつれていった。緊急再生手術を申請したものの、エヴァンの損傷は修復不可能とマザーコンピューターにみなされた。


 人工知能の四割近くを失って、廃棄物同様になってしまったエヴァン。


 その瞬間、エヴァンの市民としての、あらゆる権利が、はくだつされた。 再生権、分身権、配合権、修復権、その他、あらゆる権利を。


 エヴァンはもう、新しいボディーに人工知能を移しかえて、再生することもできない。

 残る六割の正常な回路を、誰かの人格チップとかけあわせて配合することも、自分と同じ型式を増やすこともできない。

 それどころか、今のボディーに故障が生じても、それを修理することすら許されていないのだ。


 エヴァンは、なかば狂った頭脳をかかえて、このまま、ゆっくりと壊れていくだけだ。


「やあ、エヴァン。また捕まってるな」


 ジェイドは変わりはてた親友の姿を、物悲しい気分で見つめた。


 かつては、あれほど颯爽としていたエヴァンが、今はサイズのあわない、まにあわせのパーツで修理した、醜いツギハギをさらしている。

 マザーの目を盗んでエヴァン自身がほどこしたヘタクソな溶接のせいで、ときどき各所の関節が動かない。


 スクラップ同然だ。


 ソーラーシステムが完全でないので、生存していくためのエネルギー供給が充分でない。

 だから、体内のオイルを燃焼させる非常用の火力発電で、一時エネルギーにしている。


 そのためにエヴァンは、いつもオイルが不足していた。工場や一般家庭から廃棄される古いオイルをあさっている。ときには酒場にもぐりこんで、飲み逃げしようとしては、こうして戸口に取りつけられた防犯システムに、ひっかかっている。


 友人のこんな姿を見るのは、ジェイドにはつらい。


 せめて、ジェイドの手で、できるかぎりの修理をしてやりたかったが、それはマザーコンピューターに禁じられている。


 ジェイドが手を出せば、ジェイドも罰を受けるが、エヴァンは今度こそ、生存権さえも失ってしまう。


 ジェイドはアンバーの夢で、過敏になっている感情パラメータが、またもや乱れた。

 双眸のオイル輸管にオイルがこみあげてきそうになった。

 なんとか自制して笑ってみせる。


「ここは、おれがおごるよ。飲みなおさないか?」


 エヴァンを捕まえている防犯ゲートのセンサーに、ジェイドは左手首を押しあてた。

 右手の小指には、爪のあいだに外部機器接続用端子が埋めこんである。そこから外部コンピューターに接続できるが、金の払いくらいなら、左手首に埋めこんだIDプレートの読みとりで充分だ。


 ジェイドの口座には、前回、アンバーのために持ち帰ったパーツを処分したときの預金が、いくらか残っていた。

 アンバーのためだから、とびきりいい材料をと思い、探し集めたパーツだった。それを売った金は、かなり、まとまった額になった。


 ジェイドのIDから飲み代が引かれると、巨大なアームでエヴァンの胴体をガッチリつかんでいた防犯システムが停止して、エヴァンは地面にほうりだされた。


 エヴァンは陥没したところをブリキの板で補った、骨格装甲板むきだしの頭部を、二、三度ふった。

 それだけは以前の彼と変わらない、澄んだ若草色の瞳を、眼窩がんかの奥から、ジェイドに向けた。澄んで透き通っているけれど、その双眸に知性の輝きは、ほとんど感じられない。きれいなだけのビー玉だ。


「飲もうか」


 エヴァンの肩をたたいて、ジェイドはバーのゲートをくぐった。

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