第36話 しょくしつ

 吾輩はネコである。

 名前はちび太。



「ただいま……」


 ご主人様が帰宅した。

 いつもより2時間は遅い帰宅時間だ。


 声にも張りがなかった。


 なにかあったのだろうか?

 いやなにかがあったのは既に明白だった。


「ううっ、聞いてくれよちび太」


 吾輩を見たご主人様が疲れた顔で駆け寄ってきた。

 そのまま吾輩をぎゅうっと抱っこする。


「仕事帰りにいいプロットが思い浮かんだからさ、公園のベンチに座ってメモをとってたんだよ。そしたらいきなりパトカーが来て、不審者扱いで職務質問受けたんだ……」


 ご、ご主人様……。


「しかも警察官がさ、メモ帳になにを書いていたのか見せなさいって言うんだよ? やましいことがなければ見せられるだろうって。でもさ――」


 ご主人様はそこで一旦言葉を切ると、


「――このメモ帳は、俺のアイデアやプロットが詰まった門外不出のネタ帳なんだ。作家の魂なんだよ。だから『これは誰にも見せられません』って言ったら、なんとそこから2時間も押し問答することになったんだ……」


 公園で座ってメモを取っているだけで職質されるとか、いったいどんな星のもとに生まれたらそんなことになるのか……。

 ご主人様の行く末が少々、心配になる吾輩だった。

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