第35話 さいん

 吾輩はネコである。

 名前はちび太。



「大事なことを見落としてたんだけどさ」


 ご主人様がえらく真面目な顔をして言った。


 吾輩はその前でちょこんと前足をついて、拝聴の姿勢をとった。


「ちゃんとサインを考えておかないといけないよな。なんせデビューが決まったら死ぬほど忙しいらしいんだ。だからデビュー前にサインを考えておかないと、いざデビューしてサインを求められた時に困ると思うんだ。デビューしたら忙しすぎてサインを考える暇がないわけだからな。準備をしておくに越したことはない」


 吾輩はご主人様の顔をしばらくじっと見てから、特に何をするでもなく、ベッドにのぼって丸くなった。


「備えあれば憂いなし! いやー気付いてよかったよ」


 今日もご主人様は、平常運転であった。

 獲らぬ狸の――いや、もはや何も言うまい。

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