第8話 ローマ神話

なんてことないmyLIFE

「ジュピター!うわっ、紙臭っ!‥また、資料室に篭っているのか?もう、下校時刻は過ぎてるぜ。マースなんて怒って先に帰っちまったよ。」

そんなクリイヌスの声にやっと僕は本から顔を上げた。元々暗い地下室にずっといたから時間の感覚がなくなっちゃってたんだ。約束の時間はとっくに過ぎちゃってる。

「ごめん、ごめん。つい夢中になっちゃって。今から鍵を先生に返してくるから、先に帰ってていいよ。」

「いいって。校門で待ってるからよ。」

読んでいた本を本棚に戻し、机に置いた鍵を探す。どの扉にもカードキーが付いている時代にまだ、鉄の細長い鍵を使っているのはここが資料館だからなのか、資料館なのでなのかわからないけどこんな風に急ぐ時は面倒なことこの上ない。

「えっと、窓はないし、扉はここだけ。で、ここを閉めたら‥‥はい。」

カチャ、掟が閉まる音がして扉は開かなくなった。家で読む本を入れた鞄を背負い校門に向かうクリイヌスとは反対を向いた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね。」「おう。」

バタバタと長い廊下を走る。他の廊下には自動で動くシステムが付いているけどここの廊下は誰も通らないから昔のまま。電気も自動じゃなくて手動だ。けどクリイヌスが電気を着けたみたいで廊下は明るい。そういえばクリイヌスは暗いのが苦手なんだっけ。それなのにわざわざ迎えにきてくれて、悪いことしたな。

「‥すいませーん。」

資料室と校舎を繋ぐ廊下の端にある小さな小屋。

「なんだ?あぁ、坊主。今日は随分と早いな。」

ここには資料室がある旧校舎の管理人さんがいる。

「はい、友達と帰る約束をしていたんです。」

管理人さんに鍵を渡し、借りていく本を貸し出し表に書き込んだ。もちろん鉛筆で。僕は鉛筆の匂いが好きだ。だから、授業中もタイピングじゃなくて昔みたいに鉛筆を使えば良いのに。とよく思ったりする。

「そうか。気ぃつけて帰れよ。」

「さようなら」

いつものようにぐしゃぐしゃと管理人さんに頭を撫でられてから校門に向かって走り出した。今日の地面は草原のようで歩くたびにバッタが跳ねる。

「おーい、ジュピター」

雨上がりの天気になっていたらしい空は虹がかかっていて夕焼けと綺麗に重なって赤色が見えなくなっていた。

「早くしろよ!鈍バカ!」

「おい、マース!!」

よく見れば帰ったはずのマースがクリイヌスと並んで校門に立っていた。

「うん、今、行くーっ」

反重力シューズで軽くなった足を精一杯動かして僕は校門に向かって駆け出した。背中では今では珍しい重たい紙の本が、がちゃがちゃ言って僕の肩を困らせていた。


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