残り八日

 何事もなく過ぎた。


 今日は、駐車場で何かあったのかを調べるため、神流と一緒に駐車場に訪れていた。大輔は顔まっかしにて「だいじょーぶか、元気か?」と心配そうにしていた。


 蛍は「見張りしている」と言い、展望台に残った。

 怪物は展望台に上ってこない。どういうわけか、ぬいぐるみも昇ってこないんだ。でもチャンスかもしれない。昇ってこないということは、監視者も捕まえよることはできないということだ。


「駐車場に何かあったのか?」


「うん、とても気になるものが」


 神流の後を追いながら、ぼくたちは駐車場にたどり着いていた。

 車は一台も止まっていない。

 アスファルトは割れ、根を下ろし、隙間から植物が咲いていた。


 閉鎖になって一か月もしていない。

 この公園は大人たちから捨てられた公園なのだ。


 子供でも危険だから、立ち入り禁止されているが、秘密基地はこどもたちが唯一自由にできる場所だ。

 大人たちが知れば、きっと秘密基地を取り壊すだろう。


 安全を掲げて、彼らはぼくたちの居場所を奪い、良いことをしたと笑っているのだろう。

 ぼくたちは知っている。大人はぼくたちを管理したくて仕方がないのだ。ぼくたちを管理したうえで、指示通りに動かなければ叱るだけ。


 子供は大人に逆らえないと洗脳して。

 四番目に捕まった子はそう言っていた。


「大人は我が儘だよ。勝手な権限を掲げて、子供のような弱い存在を糧にしている」って、その子は将来、総理大臣になって、子供を守る国にしたいと言っていた。


「ここよ」


 一台のスペースに自転車が置かれている。

 十台分がここにぎっしりと収まるようにしておかれてある。


「なにをするんだ?」


 大輔を尻目に神流は鍵を手渡した。


「秘密基地の秘密の鍵。みんなと大切にしてあるものがしまってある部屋の鍵だよ」


 とぼくに手渡した。

 大輔はてっきり俺に渡すのかと手を出していたのだが、ぼくに上げたことで、大輔は横から睨みつけるかのように圧力をかけていた。


「大輔君は鍵じゃなくて、わたしを守ってほしい」

「し、しゃーねぇーな」


 照れ臭そうに大輔は神流を守るようにして背の後ろになった。


「…?」


 なにか違和感がした。

 以前にも似たようなことをした。でも、なにかが変だ。

 その違和感がなんなのか気づけないまま、ぼくたちは広場に戻ってきていた。


 展望台にちらりと視線を向けた後、神流はぼくたちにヒソヒソするかのように小声で「わたし、蛍が偽物だと思うの」と。


「なんでそーおもうんだよ」


 とぼくが訊くと、「私なりの違和感を聞いて」と言ったので、聞くことにした。


 その辺とは、蛍はなぜ、いつも展望台に上るのかという素朴な疑問だそうだ。化け物はどういうわけか展望台に上ってはこないし、ぬいぐるみも昇ってこない。


 これは、明らかにおかしい。


「つまり、蛍が化け物が変身していて、油断させようとしているのでは… ということ」

「そういうことね」


 確かに、展望台にいる間は襲ってこない。

 でも、それを踏まえてあえてあそこにいるとも考えられる。


 怪物がどこから現れるかわからない秘密基地や森、広場にいるよりは全体を見渡せることができる展望台で待機したほうがいいし、それに、ぼくがいたときも襲われたことはなかった。


「でも、その話おかしくないか」

「聞かせて」

「ぼくも捕まった仲間たちも展望台に上ったことがある。そのとき、怪物に襲われたことは一度もなかった。つまり、怪物は高いところが苦手ではないかとぼくなりの解釈なんだけど…」


 神流は「たしかにそうかもね」と納得すると同時に「そうさせているのかもしれない」と濁しを入れた。


 もし、蛍が怪物なら、”展望台に上った人は怪物に襲われない”というルールにすれば、展望台は安全ということになる。つまり、蛍が怪物でなければ、なぜ、怪物は昇ってこないのかという疑問が残るということ。


「展望台は安全と信じ込ませ、じつは裏で操り、安心させたうえで捕まえる作戦だったのかもしれない」


 と推測をたてた。


 一理は通っている。

 でも、信じがたい。


 あの信頼する蛍が実は怪物だったとは思えない。思いたくない。

 この町に引っ越ししてきて初めて最初に友達になったのは蛍だ。蛍がいなかったら、今頃このゲームにも参加していなかっただろうに。


「…ぼくもいくつか疑問がある。それを言わせてもらってもいいか」

「別にかまわない」


 ぼくは順に疑問を投げかけた。


「神流さんは、”守ってもらうじゃなくて、逃げて”と言っていた。急に趣旨が変わったのはなぜなんだ」


「あーそれ。やっぱり怖くなっちゃって、それで逃げるよりも守ってくれる方がいいと思ったの…」


 妙に馴れ馴れしく思う。

 神流さんはこんな感じだったのだろうか? いや、もう少し男勝りだったはずだ。

 気にしてはいけない。こんな状況が続いているんだ、キャラがぶれることだってある。


「どうして急に偽物説が浮上したの? 蛍が言っていた。”声をマネする”と言っていた。それがどうして偽物が現れるという話につながるのかを聞きたい」


 その話はすでに答えが出ている。

 でも、神流さんの意見が聞きたい。


「声をマネする。私の似た人が捕まっていくのが見えた。このふたつを合わせると”偽物説”が浮上する。」


 確かに、その二つを合わせれば偽物説が浮上してきてもおかしくはない。でも真っ先に蛍が偽物ではないかと疑うのは無理があるのだと思う。

 それに、ゲームが開始する前まであんなに親し気かった二人がこうも一変するなんておかしい。


 ぼくは、思う。

 神流さんこそ、偽物ではないかと疑っているんだ。


「最後に質問だ、力は手に入れたのか? 現に一日経った。でも、力という…不思議な異能力のようなものを想像していたが、使えた感じがない。神流さんなりの言葉で言い、なにか変わったと思うか?」


 ふと不敵な笑みを浮かべたように見えた。

 神流さんは「さぁ、まだわからない」と言うだけで、それ以上でもそれ以下でも口を閉ざしてしまった。


 結局、この日は怪物に襲われるどころか、偽物説が浮上し、ぼくと蛍 VS 大輔と神流 のふたつが対立してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る