残り九日 ②

 トイレから勢いよく飛び出したところ、木陰から飛び出した誰かにぶつかった。


 ドンとはじき返すかのようにぼくは地面に倒れた。


「いててて…」


 腕を押さえるかのようにして立ち上がる。

 幸いなところ、かすり傷なく済んだようだ。


 だれかとぶつかった。

 ぼくは、その正体が誰なのかを見つめた。


「いってぇーな!」


 大輔だった。


「大輔!? どーして大輔君が!? あ、でも、なんで??」


 声がした方から明らかに違う方から来た。

 声の先は、明らかに崖の下で、階段を使って降りても十分と経たない場所から聞こえてきた。


「あ? なんだ、竜介か。どうして、ここに? てゆーか、あの声って、竜介じゃ…あれ?」


 両者ともひどく混乱しているようだ。

 まずは状況を整理しよう。


 ぼくが間違いなく聞こえたのは大輔の声だった。現地に駆けつける前に大輔とぶつかった。

 大輔はぼくの声がしたと言っていた。でも、ぼくとぶつかった。


 つまり、あの声は大輔でもぼくの声でもないということだ。


「どうなってんだよー。竜介が助けを呼んでいるからてっきり、怪物に襲われて力で戦っているのかと思って、華麗にヒーロー登場しようかと思っていたのに…」

「ヒーローって…もしかして船体ヒーローのことを言っているの?」

「そうだよ。竜介も見てんのか? あれ、おもしれーよな。毎回ヒーローがずっこけて登場してくるんだよ」

「わかるわかる。肝心なところでずっこけるんでしょ」

「そうそう、俺様がそれで毎回、するけど、どうもみんな引くんだよね」

「大輔君は見た目から強いから、ギャップがありすぎて、みんな受け入れにくいのかも…」

「それってどういう意味だ!」


 ヤバッ怒らせてしまったようだ。

 ここは、押さえつけて。


「キャラ的に合っていないということだよ。だって強くて勇敢で、誰にも負けない大輔くんがいきなり、ドジったらみんなおかしいと思うでしょ。それに、大輔くんは怒らせると怖いというイメージが強いから、みんな反応できないと思うんだよ」

「つまり、キャラを変えないとダメっていうことか!?」

「まー、そういうことだね」


 ほーそうかーと妙に納得したようだ。

 おかげで、大輔君になぐられずに済んだようだ。


「――ところで、あの声って誰なんだろうね」


 船体ヒーローの話題ですっかりと忘れていた。

 たしかに、あの正体は誰なんだろうな。

 

 嫌な予感がしている。


 あの声を聞いて、他の二人が駆け付ける可能性だってあるかもしれない。

 もし、そうだったとしたら…


「大輔君、あの声の主に行ってみようよ」

「…たしかにな。ここでグダグダ言っていてもしかたねーし」


 二人でその場に向かって走った。

 その間、船体ヒーローの話題で盛り上がっていた。


 こんな状況なのに、大輔君がこうも船体ヒーローが好きなんて、初めて知った。こんな状況じゃなければ、きっと話す機会はなかったのだろう。


「ついたぞ」


 現場に着くと、そこはがけっぷち。

 がけっぷちから下へ降りるかのように階段がある。その階段の先には広場があり、公園となっている。


 遊具が少なからずあるが、みんな錆びており、使われた形跡はないに等しい。すべて鍵付きの鎖で巻かれ、子供たちが乗らないようにとフェンスで囲まれているからだ。


 大人の「遊具は危ない」ですべて禁止されてしまった。


「いねーな。だれも…」

「そうだね、どうやら聞き間違い…!」


 ぼくはつばを飲み込んだ。


 大輔がどうしたと、ぼくに訊く。

 ぼくは力なく振るえる指で遊具のなかへと消えゆく影に向かって指していた。


「か、かん…な…!?」


 神流が怪物と思わしき二足方向の巨体に運ばれていくのが見えた。

 神流は意識があるのかどうかわからない。でも、神流は抵抗なく怪物に連れ去られていく。


「かん、ムグ」


 大輔の口を慌てて手で押さえた。

 抑えたのは蛍だった。


「しずかに、秘密基地に戻ろう」


 ぼくたちは頷き、怪物の背を尻目に秘密基地に戻った。


 ぼくたちは無言で、神流が連れ去られていくのを、ただじっと見つめることしかできなかった。


「ちくしょー! くそッ! くそッやろーがー!!」


 地面に何度も拳で叩きつけながら怒りが収まらない様子で大輔が「なんでこうなっただよ!!」とぼくの襟首につかみかかった。


「し、しらないよ」


 ぼくはシラを切った。

 そもそも何も知らない。怒りの矛先がぼくに向くのはおかしな話だ。


「お前が叫ばなかったら、神流は助かっていた! おまえが、おまえがたすけさえよばなければああ!!」


 拳が振り下ろされた。

 ぼくは恐怖のあまり、目を閉じた。


「まって」


 蛍が止めた。

 大輔がぼくの顔面の前に拳を止めて、フーフーと鼻息を荒くして立ち止っていた。


「どうして、とめる。こいつが、たすけさえ呼ばなければ、いまごろ神流は助かっていたんだ! それが、こいつのせいで、こいつのせいで!」


 助けを呼んだ声は大輔だったはず。

 でも、大輔はぼくが助けを呼んだと誤解している。


 つまり、これは――


「怪物は、声をマネすることもできる」


「ど、どーゆことだよ…」


 襟首から大輔の手が離れた。しわくちゃになったシャツがその力強さを物語っていた。


「私は聞こえた。罠だと思っていた。でも、本当なのかもしれないと。聞こえたのは神流の声だった。でも、違った。近づくにつれ、竜介、大輔と声が変わっていった」


「つまり、どういうことだよ」


「怪物は声をマネして、ぼくたちを招こうとしていた。しかも、近づくたびに声が変わっていた。つまり、怪物はぼくたちがいる位置から声を替えていた」


「だから、どーゆうことだって!」


「あっ! そういうことか」


 ぼくはいまだにわからない大輔に説明した。

 もちろん、蛍も含めて、大まかな説明をした。


 ぼくたちは森の中にいた。


 トイレ―――――広場

  |       |

 秘密基地    駐車場

  |

 展望台



 トイレから広場までは十分ほどかかる。

 トイレと秘密基地からは二分ほどの距離にある。

 広場から駐車場からは五分ほどかかる。

 秘密基地から展望台までは梯子から移動する必要があるため十分はかかる(正規ルートは土砂崩れのため通行不可能。もとは、公園からつながっていた)。

 秘密基地から駐車場までは入り組んだ道と崖のためニ十分以上はかかる。


 大輔は広場から戻ってきて、トイレがある秘密基地へ戻る途中で声を聴いた。

 神流は蛍が言うなり、駐車場にいたらしい。駐車場で何かを探していたとのだとか。

 蛍は展望台にいた。眺めも良くて全体を見渡せるからだ。

 ぼくは、トイレにいた。声が聞こえて大輔とぶつかったようだ。


 状況を整理すると、声が聞こえるあたりでぼくは確実に助けを呼べる場所にいなかった。

 大輔や蛍が聞こえた声の主はぼくじゃないことは、蛍が証明してくれた。


 一方で、ぼくが聞こえた大輔の声も大輔本人からの声でもない。

 そのとき、大輔との距離は近く、大声を上げていたのなら、すぐに気づける。


 神流を連れて行った巨体な怪物。

 神流は駐車場にいた。広場を介さないとぼくたちと合流できない。そう睨んだんだろう。怪物は広場で助けを呼び、神流をおびき寄せたのだ。


 神流が声を上げることなく捕まり、結果、ぼくに疑いだけが残るようにした。


「――怪物ながらあっぱれだ。声もマネできるとは…今後、声も禁止になるのかもしれない」


 ぼくはつばを飲み込んだ。

 声もマネをする…そんな怪物にどうやって仲間たちと区別する。


 近づかなければ区別できない。

 それでは、本人かどうかさえ確かめなければ、会話することもできなくなるということか。


「くそがぁーっ!」


 大輔は再び地面に向かって拳を振り下ろした。手がすでに真っ赤だ。何度も叩きつけたことにより傷ができ、出血していた。


「みんな、だいじょうぶ?」


 秘密基地の扉が開かれた。

 ぼくたちはパッとその声の主に振り向いた。


 神流だ。

 連れていかれたはずの神流がいた。


「神流!?」


「おまえ、連れていかれたんじゃ…」


「え? まって、どういうこと? わたし、ずっと駐車場にいたよ」


 ど、どういうことなんだ。

 じゃあ、連れていかれた人は誰だったんだ。


 服装からして見間違うはずがない。

 神流本人だった。でも、顔を見ていない。もしかしたら、別の誰かなのかもしれない。秘密基地に戻ってきていないだれか。


 そのだれかなのかもしれない。

 でも、これで蛍が証明した通、神流は駐車場にいた。


 でも、謎は深まるばかりだ。

 声をまねしたうえで、ぼくらに仲間が減ったという同情心を煽った。

 怪物は着々と進化している。


 いずれ、姿を化けてくる可能性もある。

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