2-2 ワンソン君

 恵麻のターンが終わると、残り二組のステージが始まる。正直、まだアニソンの知識が薄い景が他のアーティストを楽しめるかどうか不安だった。恵麻の前の出番だったアーティストでは、観客のノリに驚いていたら時間が過ぎてしまったのだ。でも恵麻で無我夢中になってからは「初めてなんて気にせず楽しめば良い」という気持ちに自然となっていた。

 四組目に登場したのは二十台後半くらいに見える男性アーティストで、特撮ソングとカードゲームアニメの主題歌を披露していた。どちらもアップテンポで格好良く、煽りが激しく盛り上がりが半端ない印象だ。観客は男性が多いというのに、この日一番の盛り上がりのように感じた。

 最後はお目当ての人が多かった声優ユニットで、先程の盛り上がりを超える歓声が上がる。アイドル顔負けの容姿とダンスにももちろん驚いたが、やはり注目すべきは歌声だろう。甘い声や透明感のある声など、様々な個性のある声が重なり合う。周りのテンションに驚く前に、景は食い入るように見つめてしまったのだ。

 そうだ、声優アーティストももっと調べよう!

 と、ひっそりと思う景だった。


「いやぁ、凄かったですねぇ! 恵麻さんもですけど、他のアーティストにも興味津々ですよ。特に最後の声優ユニットは、みつぼシスターズと同じような……と言ったら変な感じもしますが、とにかく惹き込まれまして……!」


 イベントが終わるや否や、景は思わず早口で感想を述べる。これが所謂オタク特有の早口だろうかと思いつつ、しかし興奮が抑えられない。たぶん、隣に語れる相手がいるというのも大きな原因なのだろう。


「おいおい、落ち着けって」


 大袈裟に思われる程、笑顔が溢れていたのだろうか。

 宇多は苦笑を覗かせる。が、すぐに素の微笑みへと変えた。


「まぁ、そこまで楽しんでくれたなら誘った甲斐があったよ」


 宇多の黒紅色の瞳には、ニヤけきった景のアホ面が映っていた。一瞬。ほんの一瞬だけ、景は冷静になって考えてしまった。

 二人で夢中になって楽しんで、そしたら夕方になって、夕日に照らされた友達の笑顔が輝いていて――。

 ただ、それだけのことが。嬉しくて嬉しくてたまらない。

 本当に。今まで友達を作ることから逃げていた自分が馬鹿だと思うくらいに。

 嬉しくて、楽しくて、仕方がない。


「あ、そうです犬間さん。このあと時間ありますか?」

「いや、ちょっと用事があるんだよ」

「……そう、ですか」


 がっくし、と景は肩を落とす。

 プラスな気持ちに溢れまくっていたからか、断られたショックが倍増したような気がする。もちろん用事があるから仕方がない。むしろ用事があったのに今日誘ってくれたことを喜ぶべきなのだ。


「何か今日のお前、テンションの落差が激しいな。……いや、いつものことか。まっ、とにかく悪いな。また何か気になるイベントとかライブがあったら誘ってくれよ。流石にライブは財布との相談があるかもだけどな」


 ははは、と笑い飛ばす宇多。ひっそりと「やっぱり犬間さんは天使だ」と思っていると自然と心が晴れた。


「……やっぱり犬間さんは天使ですね!」


 と思ったが、心の中で「天使だ」などと思っているのも何だか気持ちが悪い気がする。清々しく言葉にすると、宇多は当然のように顔をしかめた。


「何だよ今の謎の間は! マジっぽくて気持ち悪いからやめろよぉ!」

「ええっ、誤解ですよ! というか、僕は普通に女性が好きですよ!」


 最早何の話をしているのか、自分でも訳がわからなくなる。


「当たり前のことを真面目な顔で言うんじゃねえ! ……話題を変えよう。っていうか、俺はもう帰るんだよ!」

「ああ、そうですよね。……あれ」


 慌ただしく「ではまた学校で」と言おうとしたが、景は妙な違和感を覚えて口を止める。宇多は先程「用事がある」と言っていた。なのに帰るとはいったいどういうことなのだろう。

 もしやもう帰りたいから用事があると嘘を吐いたのか。それとも、観たいアニメがあって早く帰りたいのか。


「あー。帰るって言うか、その……」


 景が考え込んでいると、宇多が困ったように頭を掻きながら言う。


「この際だからカミングアウトするけど、俺…………実は、生主なんだよ」

「なま……ぬし?」


 聞き慣れない単語に、景は首を傾げる。


「わからないか? 動画サイトで生放送したり、ゲーム実況を投稿したりしてるんだけど、さ」

「げーむ……じっきょう?」


 逆向きに首を傾げる素振りを見せながらも、なんとなく意味はわかってきた。

 つまり、宇多はネットで活動しているということだろう。


「俺、実は……声優を目指してるんだけどさ」

「せいゆう?」

「いつまで首傾げてんだよ! こっちは真面目に話してるんだけどぉ?」


 腕組みをしながら睨み付けられてしまう。

 流石に調子に乗りすぎたと、景は反省する。しかし、若干顔を赤くさせながらも告白してくれている宇多の姿が嬉しくて、ついつい心が躍ってしまうのは仕方のないことなのだ。


「ま、まぁもう事情はわかっただろ。俺は将来声優になりたくて、今はひっそりとユーザー生放送だったり、動画投稿だったりをしてる。で、今晩生放送の予定があるから、俺はもう帰る! じゃあな!」


 早口でまくし立てて、勢いのまま帰ろうとする宇多。

 自分よりも小さな背中なはずなのに、今はとても大きく見える。きっと、夢があって、夢のために行動している宇多の姿が景にとっては眩しく思えるのだろう。

 とまぁ、それはそれとして。


「あの、最後に聞きたいことが! ハンドルネームは何というんですか?」


 どうしても気になったことを、宇多の背中にぶつける。

 宇多は、恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返った。表情は、もちろん何とも言えない渋い顔をしている。


「……ワンソン君、だよ。犬間の犬でワン、宇多のソングでソン……で、ワンソン君。良いか、絶対に検索するんじゃねえぞ!」


 捨て台詞を叫び、宇多は今度こそ走り去っていく。

 景はただ、予想以上に可愛らしい名前に微笑ましく思うことしかできなかった。

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