1-4 アニソンで戦えること

 でも、これはまだ始まりに過ぎなかった。

 今行われているのはアニソン戦争であって、ゲーソン戦争ではない。ゲーム化もされてその主題歌も決める、というのがだいたい珍しいことなのだ。本番は、ここから先のアニソン――アニメのOPとEDであり、もちろん紗々里も力を入れているだろう。まだタイアップ曲を歌ったことがない紗々里にとって、OPだろうがEDだろうがアニソンは大きなものだ。もしかしたら、さっきの曲以上のものが聴けるかも知れない。


 自然と、景の期待は高まっていった。

 順番は先程と変わらず、みつぼシスターズから。アニメ版のOP曲とED曲をテレビサイズで続けて披露する。


「…………」


 景達は、無言で画面を見つめる。

 さっきまでもほとんど喋ってはいなかったし、曲に集中していた。はずなのに、何なのだろうか、この気持ちは。気付けば口があんぐりと開いていて、「わかりやすい反応をしてしまいましたぁ!」と、景は自分自身に驚いてしまう。

 単刀直入に言えば、想像を遥かに超えていたのだ。

 OP曲はイントロから身体が勝手にリズムを取ってしまうような愉快な曲で、三人の個性豊かな歌声がサビで重なり合うのが耳に心地良い。合いの手もいくつかあり、主人公とヒロイン二人がわちゃわちゃと動き回っているのが目に見えるようだった。

 ED曲はミディアムバラードで、OP曲とは対照的だ。振り付けもなくスタンドマイクで切なげに歌う姿は一見シリアスに見えるが、恋する乙女の気持ちを歌った可愛らしい部分もあり、シリアスになりすぎていない印象があった。


「あの……僕はまだそんなにアニソンのことよくわかっていないです。でも」


 みつぼシスターズのターンが終わると、景は思わず口にしてしまう。


「アニソンって、感じです」


 抽象的すぎる発言だろうか、と思った。

 でも、恵麻と宇多は迷いなく頷いてくれた。


「作詞の人も、作編曲の人も、アニソン業界では結構有名な人なんだけどさ。それにしたって歌声がちゃんと曲に追い付いてるって言うか……マジでアイドル舐めてたわ……」

「うん……。みつぼシスターズには申し訳ないけど、結野さんが圧勝すると思ってた。でもこれは……」


 ――みつぼシスターズが勝つんじゃ……。


 恵麻の呟きは、まさしく予言のようなものだった。



 紗々里の出番になり、テレビサイズを披露する。

 OP曲はヒロインの恋心を歌ったポップな曲で、ED曲は三角関係の苦しい気持ちを歌ったバラード曲。アプローチは被ってしまったものの、紗々里の歌声は相変わらず表情豊かで引き込まれる。

 でも。それでもみつぼシスターズの衝撃には勝てなかった。

 その後フルコーラスで披露し合うも、やはり印象は変わらない。紗々里の曲が駄目な訳ではないのに。みつぼシスターズの楽しさや感動が上回ってしまう。


 そんなこんなで、投票の時間になった。

 今回はネット視聴者には投票権があるため、景達も投票する。

 ゲーム主題歌には紗々里に。そして、アニメのOPとEDには、みつぼシスターズに投票した。


 ――結果は、景達の投票と同じになった。


 つまり、ゲームの主題歌は紗々里が勝ち取ったものの、アニメはどちらも負けてしまった、ということだ。


「残念でしたね。……って、恵麻さんの対戦相手になる結野さんを応援していたっていう訳でもないんですが。でも、何か変な感じですよね」


 思わず顔をしかめながら、景は何とも言えない感想を漏らす。隣で、宇多も腕組みをしながら「うーん」と唸っていた。


「ぶっちゃけ、さ。結野さんって親の七光りがある訳じゃん」

「まぁ……ね」


 宇多の呟きに、恵麻が苦笑しながらも頷く。

 一瞬、景には意味がわからなかった。でも、景もそれなりに紗々里のことを調べている。少し考えて、言葉の意味を理解した。


「ああ、そういえばそうでしたね。母親が有名なアニソン歌手なんでしたっけ」


 結野紗々里の母、結野知由里ちゆり

 数々のアニソンを歌う、有名なアニソン歌手らしい。景が幼い頃観ていたアニメの主題歌も多く担当していて驚いた記憶がある。


「うん。だからデビュー当初からファンも多かったし、今回のアニソン戦争もファンからしたらやっとかぁーって感じでさ」

「期待されてただろうなぁ。俺もやっとアニタイゲットかーって思ってたし。でも蓋を開けてみたらゲームだけ……いやもちろんゲームも悪くないんだけど、なんつーか」


 宇多は頭を掻きむしり、遠慮がちに恵麻を見つめる。


「次こそはアニタイを! っていう期待が向くだろうな。囚われのエリオットに」

「……だよねぇ」


 恵麻と宇多は二人揃って苦笑し合っている。

 もちろん景も二人の気持ちはわかった。親の七光りだけではなく、実力もちゃんとあって、おまけに容姿端麗。期待されているのはひしひしと伝わってくるし、その期待が次のアニソン戦争に向くのは当然のことだ。


「だからって、恵麻さんは遠慮するんですか?」


 ニヤリと笑いながら、恵麻に問いかけてみる。

 もちろん答えなどわかりきった質問だ。だからこそ、恵麻はわかりやすく頬を膨らます姿を見て嬉しくなる。


「しないよ馬鹿。ただちょっと、緊張してきちゃっただけで」

「怖いですか?」


 今度は真面目な顔で問いかける。

 少しだけ、緋色の瞳が揺れたように見えた。


「でも、笑ってますよ。結野さん」

「……え?」


 景の言葉で、恵麻はパソコンの画面を凝視する。

 そこには、「嬉しいです」という言葉を零しながら微笑む紗々里の姿があった。画面越しではあるものの、無理して作った笑顔には見えない。

 アニメタイアップを逃したのに、悔しそうにはしていないのだ。


「そっか」


 少し間を置いて、恵麻は納得したように頷く。


「私はまだアニソン戦争を経験してないからよくわからないんだけどさ。でも、レーベルの先輩からは何度も話を聞いたことがあるの」


 じっと紗々里の姿を見つめたまま、恵麻は言葉を続ける。


「アニソンで戦えることって、凄く幸せなことだって。例え負けたとしても、アニソン戦争を通じてその作品の色んな可能性が見えてくる。どんな結果でも、終わったら謎の達成感があるんだって」


 言いながら、恵麻の表情がだんだんと紗々里と同じような柔らかいものに変わっていく。嬉しそうで、楽しそうで、何故だか景まで嬉しい気持ちで包まれる。


「ふふふっ」

「な、何その不気味な笑みは……気持ち悪いっ」


 冷たい視線が景に突き刺さった。

 失礼な! という突っ込みを飲み込み、景は笑顔で訊ねる。


「いえ。恵麻さんがあまりにも自分のアニソン戦争が楽しみで仕方ないっていう顔をしていたので。……そうなんですよね、恵麻さん?」

「う……まぁ、そりゃあそうだよ」


 気持ちを当てられて恥ずかしいのか、恵麻は慌てて視線を逸らす。

 その視線の先には、当然のように紗々里の姿があった。


「私、結野さんに同情したりしないよ。私は正々堂々戦う。そしたらもっと、囚われのエリオットが好きになれるじゃない?」


 ――そのまっすぐな瞳が。気持ちが。無邪気に笑う表情が。


 自由気ままに生きてきた景にとっては眩しくてたまらない。でも決して逸らしたいものではなく、ずっと見ていたいと思った。

 再会できて良かったという気持ちと、これからも応援したいという気持ちが溢れ出て止まらない。自分の人生の中で、こんなにも感情的になるのは珍しいことだった。


「あのー。やっぱり俺邪魔者だったんじゃねーかな……」


 アニソン戦争の中継が終わるや否や、宇多が不貞腐れるように言い放ち、大きなため息を吐いた。遠慮気味だった姿はどこへやら、あぐらを掻いてクッキーをばりぼり音を立てて食べている。


「いつトイレに逃げようか考えたくらいなんだからな」

「そんなにですか? ……でも安心してください! その場合は犬間さんのいぬ間にアニソン戦争を楽しんでましたから!」


 景が渾身のダジャレを決めると、宇多は再びため息を吐く。


「あー。いつかそれ言われると思ってたんだよなー。小学生の頃それでイジメられてたんだからやめてくれよー」

「え……っ」


 景のドヤ顔が、一気に青ざめていくのを感じる。

 確かに誰でも思い付くようなダジャレだった。景は大変なことを言ってしまったと、鼓動が早くなるのを感じる。


「すすすすみません、イジメられてたとは知らず……」

「いやいや、そんなマジなトーンになるなよ。ちょっと弄られてたってだけだから。じゃんじゃん言え……とは言わないが、別に遠慮しなくて良いからな?」


 青ざめたはずの顔が、一気に晴れていくのを感じる。

 天使。そう、天使だった。宇多は心の広い天使なのだ。嬉しくなって、景は思わず叫んでしまう。


「天使ですか!」

「男にそういう表現するのやめろ!」


 まったく、と呟きつつ、宇多はまだばりぼりクッキーを食べる。

 すると、恵麻が苦い表情で宇多に近付いた。


「い、犬間くん。遠慮しないで良いよって思ってたけど、ちょっとクッキー零しすぎ……かな?」

「あっ、す、すいません!」


 恵麻に突っ込まれ、一気に正座になり背筋を伸ばす宇多。

 恵麻は素早い宇多の動きに笑いながら、「大丈夫だよあとでコロコロするから」と言ってくれた。恐縮する宇多とは裏腹に、景は一人吹き出してしまう。


「あとで殺すって……くくっ」

「コロコロするだよ、もう馬鹿! ほら二人とも、アニソン戦争終わったんだからもう帰って! 私は今作詞に燃えてるんだから早く早く!」


 まだ作詞終わってなかったんですか!

 とか言ったら、ますます怒られるのは目に見えていることだ。


 景は、宇多とともに大人しく帰ることにした。

 最寄りの駅までの数分間だったが、宇多とは先程のアニソン戦争の話が止まらない。友達とこうして一緒に帰ることも、アニソン関係の話で盛り上がることも、やっぱり少し前の自分からしたら考えもしなかったことだ。

 ここから先、どんな楽しいことが待っているのだろうか。

 考えるだけで、わくわくが止まらない景なのであった。

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