Track.04

はじまりのくに 1

 夏休みが明けて、一週間がたった。課題の提出や授業の再開も落ち着き、学校がいつもの日常を取り戻した頃。とは言いつつも、夏季休暇が終われば期末試験に文化祭、12月の頭には修学旅行も控えている。行事は盛りだくさんだ。

 そんなある日、見慣れない、クラスメイトではない女子が一人、教室のドアの前で中を窺っている。明るい色の髪をボブカットにした、少し派手な出で立ちをしている。彼女はキョロキョロと教室中を見渡すと、目当てを見つけたようだ。片手をあげ名前を呼ぶ。


「おーい俊琉ー! こっちこっち」

 名前を呼ばれた俊琉は、いままで話し込んでいた友人に断りをいれ、一度教室を出た。

「おっすおっす。いやー2組なんて初めて来たよ。それで、どれが優有ちゃん?」

「ひさしぶりだな、奈緒ナオ。ちょっと待ってな。あぁいた、窓際のちっちゃいやつ。今行くん?」

「あったりまえよ! 善は急げだかんね」

 そう言うと、奈緒は俊琉を伴い意気揚々と入室した。目標は窓際中央の席で、なにやら読書をしている優有だ。二人で机の前に並ぶと、ストローで机に置いたコーヒー牛乳を飲みながら読書を続けている優有が視線をあげた。


「あなたが優有ちゃん? ベース弾けるんだよね!? あたし5組の奈緒っていうんだけど」

 あまりの単刀直入さに、優有はストローを咥えたままコクコクと首肯する。

「間吹っ飛ばしすぎだろー。優有、コイツは俺の同中だった奈緒ってやつ。なんか今ベース探してるんだってさ。そんで俺が口滑らしちゃって、事後報告でスマン」

 事情を聞くと、優有はフルフルと首を横に振った。どうやら、特に問題ないらしい。

「そんで、あたし達、文化祭で女子だけのバンドやるはずだったんだけど、ベースが諸事情で出れなくなっちゃってさ。本当に時間も無くてヤバいんだけど、お願いできないかなぁ」

 奈緒が事情を話すと、顔の前で両手を合わせ、懇願のポーズをとった。

「ち、ちなみに、どんなのやるんですか? お、音楽性の違いとかで一悶着起きないですか……?」

「あー、アニソンとかガールズバンドの曲とか色々やるつもりだったよ」

 優有は一年ほどのベース経験から知っている。アニソンはその聴きやすさと裏腹に、全パートが地味にややこしいことを。警戒する。

「そういや、パラモアも一曲やるんだっけ」

「あーそうそう、ミザリーなんとかやるよ」

「ベースやります」

「マジで!? やったー! 救世主ー!」

 予想外の即答に拍子抜けする。

「優有、おまえ洋楽ならなんでもいいのな」

「違うよ、パラモアだからだよ」

「ずいぶんと普通の聴くようになって……」

「パラモアって普通なの? あたし洋楽はいまいちよくわかんないんだけど」

「だってこいつゴリゴリのメタラーだぜ?」

「い、いやあ、わたしがメタラーを自称するとメタルおじさんが煩そう……。というかなんというか、最近はいろんなの聴いてるよ……」

 そうして、予期せぬ形で、初のバンド活動がスタートすることが決まった。

「早速だけど優有ちゃん、今週の水曜日、放課後部活とか用事ある? バンドのミーティング的なのやるんだけど来れないかな」

「わたし、帰宅部だから大丈夫だとおもう」

「いえーいやったー! じゃあ連絡先交換しよう」

 そういうと奈緒はスマホを取り出し、連絡先の交換を始めた。優有は、増えて行く友だち欄の名前と、これからのことに期待と不安を覚える。若干の困惑の色が浮かんだ目に気づいた俊琉が助け舟を出す。

「そういや、優有はバンド組んだことないんだろ? 大丈夫か?」

「おっ、そーなんだ。大丈夫、みんな上手だから安心していいよ」

「奈緒はバリバリ初心者だろ」

「チクショーバレたか!」

「あ、あの。奈緒ちゃんのパートはなに?」

「あたし? あたしはボーカルと時々ギターボーカル。ギターは最近始めたばっかだから期待しないで。それじゃあ、水曜日の放課後顔合わせして、それで正式に入るかみんなで決めよう。一応曲目送るから、コレ無理ー! ってのがあったら相談してね。スタ練の予約も入れてたから、楽器持って来てもいいよ! よろしく!」

 マシンガンのようにまくし立てると、奈緒はパタパタと教室を後にする。教室のドアから出ると、一度ターンし、優有たちに投げキッスをよこし、自分の教室へ戻っていった。

「あいつ……静音とは違ったうるささがあるよな」

「なんかテンション基本高めな人なんだね」

 俊琉は、ふーんと生返事をすると、身をかがめて話を続けた。

「ところで、嶺どこいった?」

「なんか、あんまりベタベタすると悪いってどっかいった」

「オォーン、マジかよ。今時小学生だってもっとませてるわ」

「別に隠してるわけでもないのにねー」

 そう言うと、優有は再びストローを咥えた。


 水曜日、いつも通り代わり映えしない授業も終わりに差し掛かり、教室全体がなんとなく放課後へ向けた解放の気配を漂わせている。そんな中、優有もまたソワソワしていた。


「なんか、学校に楽器持ってくると興奮するね!」

「まったくゆーちゃんわかりやすく目をキラキラさせて……。そのくせクマがひどいよ? どうしたの?」

「眠れなかったからずっと練習してた!」

「あらー遠足の前みたーい。ちゃんと寝なさい」

「ひええー」


 朝の通学路、静音と交わした会話を反芻する。朝はあんなに能天気なことを言っていたが、今は少し気落ちしていた。実際寝不足のせいか、いくつかの授業中に居眠りをしてしまったが、そのおかげもあってか幾分頭が冴えている。すると、これから行われる顔合わせが急に不安に思えてきた。

 ——あぁーなんであの時勢いで安請け合いしちゃったんだろ……。

 初めてのバンドが、いきなりヘルプのメンバー扱いである。聞いた話によると、もう既に何回か練習を重ねているらしく、今から自分がそこに加わるハードルは果てしなく高く思える。もしも、自分が予想以上にヘッポコだったらと想像すると、ソワソワがおさまらない。基礎練習はしっかりやってきた自信もあるし、渡された曲目の中から、いくつか弾けそうな曲は練習して来ているが、不安だ。

 そんなことに身悶えていると、ついに終業のチャイムが鳴り響く。号令ののち、授業から解放された。この後、簡単なHRと清掃が終わればついに顔合わせだ。場所は学校から一番近いファミレス。よくこの学校の生徒が利用しているので、優有も何度か行ったことがある。現地集合らしく、緊張で胃がキリキリしてきた。


 昇降口でお互い靴を履き替えるタイミングで、嶺に弱音をこぼした。

「あぁー緊張するよー」

「ほぼ徹夜で練習しといてよく言うぜ」

「うえ、嶺がトゲトゲしてる。……正直さ、完全に女子だけのバンドってなんか怖くない? 男所帯に紅一点ってのも速攻で崩壊しそうだけど」

「俺そういうのよくわかんねぇよ。でも、確かに女子だけのとこに放り出されるのは、怖えな」

「それそれ。吹奏楽部の男子って部活以外でもなんか肩身狭そうじゃん」

「まあー、いつも通りしてれば優有は大丈夫だろ。一応女子だし」

「うわー擬態しよ……」

 嶺はもたもたと靴を履き替える優有を、特に急かすことなく待っている。優有が準備をようやく終えると、二人並んで校舎を出る。

「じゃ、俺部活だから。また明日」

「うん。まだ暑いから体気をつけてね」

「ん、サンキュ。バンド、楽しいといいな」

「うんー頑張る。それじゃまた明日ね、バイバイ」

 にへらと笑い手を振ると、嶺は気恥ずかしそうに横を向きながら、一度だけ手を振り返した。


 ほどなくして、集合場所のファミレスにメンバー全員が揃った。これで問題なければ、晴れて? メンバー入りである。それぞれ簡単に自己紹介を済ますと、ドラム担当の明依メイという、ショートカットがよく似合う、利発そうな女の子が優有を試すような口調で質問する。

「ふーん、優有さんって、メタル系が好きなんだ」

「えっあっそうですね……。といっても、デスコアとかメタルコアが中心なので、純粋なメタラーでは、ないです……」

「ちょっとー! 明依がそういう雰囲気出すとガチすぎるから優有ちゃん警戒してるじゃん!」

 唯一面識のある奈緒が援護射撃をしてくれるが、優有の緊張はほぐれない。なぜなら、明依は自己紹介で、

『私明依、ドラム担当ね。ドラムは幼稚園からやってるから、よろしく』

 という威圧感バッチリの自己紹介をしてきた。ベース歴一年も無い優有には荷が重いリズム隊の相棒だ。

「つーか、スタジオで聴けば全部わかるっしょ。せっかく楽器まで持って来てるんだし」

 鼈甲柄のメガネがおしゃれな、ギター担当のあかりがぶっきらぼうに言う。見た目はどちらかといえば大人しく、優有と同類のような印象だったが、存外ガサツな言い方だ。

「あかりナイス! 聴けばわかるよね。おんなじリズム隊だもん、よろしく」明依が笑いながらサムズアップした。

「お、お手柔らかにぃ……」

 そうして、思っていたよりも早くファミレスを出ると、足早に練習スタジオまで向かう一同。意外と面倒見がいいのか、奈緒が優有に寄り添っている。

「ご、ごめんね優有ちゃん。思ってたよりこのメンバーガチだったわ。緊張してるでしょ」

「みんな上手そうだね……。そういえば、どうしてバンドやろうと思ったの?」

「えー? なんか高校生っぽいじゃん! というのもあるけど、とは小学校から一緒で、いつか一緒にやろうって約束してたの。ちなみに明依はあたしが拉致ってきた」

「なるほどぉ」

 意外だった。明るい髪色で、装身具にも気を使っていそうな奈緒と、見た目に無頓着そうで、若干近寄りがたい雰囲気を出しているあかりが旧知の仲だったとは。ただ、拉致ってきたというのはどういうことだろう。自分の時みたいに、急にドカドカ来たのだろうかと想像した。

 しばらく雑談を続け、繁華街の端の方へついた頃、先頭を行く明依が足を止めた。

「やっと着いた」

 どうやらスタジオに到着したらしい。

「あーここかあ」

 優有は思わず呟く。というのも、以前須藤先生のライブが行われた練習スタジオだった。

「優有さんここ来たことあるの? バンド初めてなんだよね?」

「あっ、うん。バンドやるのは初めてだけど、何回かスタジオライブで来たことあって。竹中さんっておっきな人働いてるよね」

「えっシンちゃんの事わかるの!?」

「シンちゃん……? 竹中さんのこと?」

「そ、そう。私の従兄弟で、ドラムのライバルなんだよ」

 明依の表情がパッと明るくなるが、すぐに頬を赤くして取り繕う。

「えーそうなの!? よくライブで一緒になるけど全然知らなかった!」

「あ、そういえばシンちゃん言ってたな。ちっちゃいのにモッシュ突っ込みまくる子がいるって。もしかしてそれ優有さんだったの?」

「いやあ、えへへ……。たぶんそれで合ってるとおもう」

 情けなく笑い、髪を一つにまとめた頭を掻く。

「あ! 思い出した! この前炎上してたハードコア女子! あんただったのか!」

 今日一番の勢いであかりが反応する。スマホを何やら操作すると、あの画像を表示して見せてきた。

「明依言ってたじゃん。親戚が見に行ったライブで流血事件起きたって話!」

「あー、あー。ごめんなさい……。これ、ほんとうにわたしです……」

 優有が本当に申し訳なさそうに、流した髪で隠した左眉を皆に見せる。そこには、15ミリ程度の傷跡が残っている。幸い、切れた部分は小さかったのだ。

 それを見たメンバーは口を噤んだ。それぞれ驚きや悲痛さの混じった顔をしている。

「あっ、いや、ゴメン。私そういう責める意味じゃなくて……」

 あかりが目を泳がせながら、しおらしく謝罪する。

「全然大丈夫だよ。モッシュピットにいたのは自己責任だし、特に何もなかったから」

「うーっわ痛そう……!」

 画像を覗き込んだ奈緒がもっとも痛そうな顔をしている。どうやら、テンションだけでなく、感情も表に出やすいらしい。


 明依が、再び試すような態度で優有に詰め寄る。

「優有さんは、そのあとシンちゃんに会った? あの時、すごい後悔してたんだよ、もっと自分が気をつけてればって」

 真剣な表情の中に、若干の悲痛さが見え隠れしていた。優有は一度息を呑むと、申し訳なさげに口を開いた。

「うん……。あの時は、全部終わってからすぐ謝りに行ったよ。そしたら、おんなじこと言われちゃった……」

「……それからは?」

「何度かライブで会ってる。やっぱり、観たいライブは沢山あるから」

「ふぅん……。ま、シンちゃんも、もうライブに来ないんじゃないかって心配してたから、いいんじゃない? さっきからごめんね、なんか、試すようなことしちゃって」

「ううん、大丈夫。最近はライブ中もやばそうな空気察して避けてるから」

「マジー? 全然信用できない。優有ちゃん巻き込まれて潰されてるっしょ!」

 なぜか奈緒が茶々を入れる。実際には、なんとなくしんみりとした空気を和らげるための軽口だった。

「ま、どんくらい弾けるか、お手並み拝見ってことで。そろそろ時間だし行こ」

 あかりが幾分砕けた態度でスタジオのドアを開けた。そこからは何度か訪れた時と同じように、まず受付のカウンターへ向かう。

「すみませーん、17時からCスタで予約してます、アイザワです」

 代表して明依が受付をすませると、マイクや何かしらのコードが入ったカゴを受け取り、そのまま一団を引き連れ奥に進むと、大きく「C」と書かれた鉄の扉を開けた。防音のため、二重扉になっている。優有はライブ鑑賞以外での入室に、心を躍らせた。

 

「うぉおー、デッカいアンプ……。近くで見るとおっきいね!」

「おー、スタックアンプ初めて? 使い方、わかる?」

 気だるそうだが、内心優有の初々しい反応を楽しんでいるあかりが問いかける。

「初めて! 動画で使い方見てたけど、メーカー違うや……」

「んー、ペダルはチューナーだけ? そしたら楽器とつないで、シールド貸して」

 優有の機材を確認すると、おもしろそうに手順を指示する。ケーブルの先を手渡されると、実際にアンプへの接続方法のレクチャーが始まった。

「これ、ここがインプット。挿したら、つまみ全部ゼロなの確認して、電源入れる」

「ふんふん」

「ふふっ、そしたら、こっちがゲインで、ここがイコライザ。これがマスターボリューム。音作れそう?」

「が、がんばります……!」

 あかりは軽く笑うと、自分のギターのセッティングへ戻る。その間、マイク関連の準備を進めていた奈緒が面白そうに眺めていた。基本的に、ボーカルがマイクやスピーカー関連の準備をするが、楽器に比べれば圧倒的に準備は早い。今日は4人で入室しているので、一人一本、合計4本あるが、いつの間にか準備完了していたらしい。


 ボーン、ボーン、ギャーン、ギャガーン、タタン、ドンドン、バシャーン。口で表すならばそんな無秩序な音が部屋に響き始める。楽器隊が各々音出しを始めたのだ。奈緒はニコニコしながら、マイクが接続されたミキサーを起動する。メインボーカル用のマイクのスイッチを入れると、それぞれのゲインを調整し、フェーダーを適切量あげる。若干エフェクトでコンプとリバーブをかけ、チェックを始めた。

『イエーイ、マイクチェーック、マイクチェーックワーンツー、あーあーあー』

 楽器隊の音量に釣り合うよう調整する。あまりうるさいとハウリングの原因になるし、小さすぎると何をやっているかわかりにくい。塩梅がむずかしいのだ。そこで、明依が実際のリズムを叩き始めたのを合図に、あかりがギターの音量を調整する。

「はえー」

 優有が間抜けな感嘆の声をあげるが、音にかき消されて誰にも聞こえない。しばらくギターとドラムの調整を眺めていると、それに気がついたあかりがジェスチャーで、『おまえも音を出せ』と合図する。慌てて優有が音を出し始めるが、自信の無さの表れか、ドラムとギターに埋れてよく聞こえない。

 あかりが優有に近づくと、耳元で言った。

「もっと音量あげろー、全然聞こえねー。音作りは問題なさそうだから、もっとグッと」

「は、はい!」


 ドゴーン! アンプが轟音を鳴らした。全員の視線が優有に集まる。


「……やりすぎ。アンプ飛ばしてねえよな」


 ボボーン……。控えめな音量のベースで返事をした。


「いや喋れよ」


 小さな練習スタジオに、4人の笑い声が響いた。

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