ロング・ロスト・フレンド 2

「いやあ、ゆーちゃんなんだか楽しそうだね」

「そうかな。でも確かにこうやって遊ぶの久しぶりかも」

「人の手にいきなり虫握らせるのはどうかと思うけどな!」

「いや、俊琉くん、ほんとにごめんって。ちょっと調子乗りました。ごめんなさい」

「ゆーちゃんちゃんとごめんねできて偉い!」

「はあーミサちゃんマジ天使」

 遊び疲れた優有達は、ふざけ合いながらテントに戻る。強くなってきた西日を、適度にカバーしてくれる木々の間のテントサイトでは、静音の父がバーベーキューコンロに炭を熾している。どうやら、こういう準備の時間も好きらしく、火の面倒を見る顔は楽しげだ。

「ちょっとお父さん聞いてー。ゆーちゃんね、急に石の下から虫採ってくるんだよ」

「んー流石アクティブだね。なに捕れた?」

「クロカワムシとかオニチョロですね。でももうシーズン過ぎてるのか、あんまり捕れなかったです」

「えー、優有ちゃんもしかして渓流釣りとかしてた?」

「近所の川で暇さえあればやってましたよー。見よう見まねでミャク釣りみたいな感じで」

「本当に? いやあ凄いな。明日は釣り堀の予定だったけど、ちょっと優有ちゃんには物足りないかもなあ」

「いえいえ、釣り堀はまた別の楽しさがあって好きですよ」

 同じアウトドア好き同士、話が盛り上がる。

「そうだ静音、まだ準備かかるから、先温泉行ってらっしゃい。あんまり遅くなると混むだろうし」

「はーい」


 それぞれテントに戻り、入浴の準備を済ます。高規格キャンプ場には、温泉などの施設が併設されていることが多い。今日のキャンプ場にも温泉が併設されている。

 テントの中で、静音が優有に耳打ちする。

「ねえゆーちゃん、温泉大丈夫? シャワールームもあるみたいだけど……」

「ん、大丈夫だよ。最近、開き直ってきたから。それよりも、しずちゃんこそ嫌じゃないの? わ、わたし中身がこんなだし」

「あはは、大丈夫。ゆーちゃんのことは信頼してますから」

「そっかあ」

 優しく微笑みあう。確かに、ここ一年とちょっとで随分と親しくなった。こんな自分に、ここまで信頼と友情を感じてくれている。そう思うと、胸の中にぐっと熱いものが生まれた。

「お姉ちゃーん! 早くー、おいてくよー?」テントの外から美沙希の声がする。

「はーい今行くー! よっしゃ、ゆーちゃん今日は眠らせないぜ?」

「きゃっイケメン」

「「んへへへ」」



「どうよ、嶺。これまでなんか進展あった? お兄さんに教えてごらん」

「うるせーよバーカ。特に、なんもねえ」

 男子更衣室で、俊琉に絡まれる。今まで、こんな露骨な絡みはなかったが、一体どんな風の吹き回しだろう。少しムッとする。

「あれからなんも、なんもないの? まーじかよお前童貞?」

「あーもうそうだよなんもねえよ。童貞だしヘタレだよ」

「あらあら意外だこと。高身長イケメンだからもっと奔放だと思ってたわ」

「うるせーうるせー。ほら、俺先入ってるぞ」

「いやんちょっと待ってよん」

 なんだこいつ。こんな悪絡みしてくるやつだったか? 埒が明かないので、逃げるように浴場に進む。引き戸を開けると、むわりと熱い湯気と、温泉の匂いが出迎える。空いているシャワーを見つけ、頭と体を洗う。最近すっかり生えるようになったヒゲも剃ってしまおう。

「お、嶺は結構ヒゲ生える感じ?」いつの間にか追いついていた俊琉が声をかけてくる。

「まあ、最近は毎日じゃないけど剃ってる。俊琉は?」

「俺まだ全然生えない。親父も薄いからかな。嶺、おまえチンコでかそうだな」

「な、なんだよ藪から棒に。中二かよ」

「いやあ、男同士で風呂入ったらチンコチェックはかかせないだろ。常識的に」

 そんな常識初めて知ったわ。なんか調子が狂う。いちいち反応するのも面倒なので、さらに逃げるように温泉へ浸かった。

「いててて、日焼けと虫刺されが染みるわい」強調した嗄れ声で俊琉がやってくる。

「今度はおじいちゃんキャラかよ。なんか、お前今日変じゃねえ? そんなやつだった?」

「いやさ、正直、じれったくて」急に真面目な顔でこっちを見る。

「は? 何が」

「オメーだよオメー。あんまりこういう話興味無いから特に何も言わなかったけどさ、まさか今までなんも無いとは思わなかったわ。それでも健全な男子高校生か」

「お、俺!? け、健全に決まってんだろ!」

「あー、ちなみにクラスの何人か、お前が優有のこと好きなの気づいてるぞ」

 衝撃発言に、思わず尻が浴槽の中で滑る。

「ちょ、え、マジで?」

「割とお前わかりやすいよな。ぶっきらぼうのくせに」


「なにあれ、青春? 高校生? ちょっとおじさんには眩しすぎるわ」

「すげえな。なんか全てに優しくなれそうな気分」


 そのあと、なんだかんだ俊琉の追求をのらりくらりと躱し、浴場から出た。話してる最中、やたら優しい目を全方位から向けられていた気がするが、気のせいだと思いたい。さっさと着替えてしまって、テントに戻ろう。優有たちのことは特に待たなくていいと聞いているし、正直腹も減った。

「いやあ、肉楽しみだなあ。実はほとんどバーベキューもやったことねえの俺」

「マジか。おじさん意外と男らしいバーベキュー好きだから期待してていいんじゃね」

「やべえな! さっさといくか!」

 結局、俺らが先に温泉を出た。やっぱり、女子は髪やいろんな事で時間がかかるんだろう。一足先にテントに戻ると、おじさんが一人で何かを作っていた。

「ただいまです、おじさん。お待たせしました」

「すみません。お先しちゃって」

「いやいや、気にしないで。僕結構酔っ払っちゃってるから。バーベキューだけだと飽きちゃうから、スープも作ってたんだ」

「うわ、めっちゃうまそうっすね」

「いつもご馳走になります」

「今日は俊琉君もいるからね。お肉たっぷり準備してるよ」

「うおー、ほんと今日来てよかったっす!」

 そのあとのバーベキューではやたら俊琉が張り切り、たらふく肉を食った。やはり山奥だからだろうか、真夏にも関わらず過ごしやすい。ベーキューコンロの炭が燃え尽きるのを確認すると、それぞれのテントに別れていく。さっきテントの陰で体を拭いていたおじさんは、意外と酔いが残っているとのことで、明日の朝風呂に入ると言っている。ここまで楽しそうなおじさんは久しぶりに見た。



「んんー、やっぱりここ、跡になっちゃってるね」

 静音がわたしの前髪をかき上げ、この前の怪我の跡を見る。顔が近くて少し恥ずかしい。

「いやあ、これで済んでよかったよー」

「もう、ゆーちゃんはもっと体を大事にするべきだよ。またライブ見に行ってるんでしょ?」

「あはは。最近は結構大人しくして見てるから安心して」

「ゆーちゃんは、痛いの好きなの?」

「ちょっと美沙希、変なこと言わないの」

「でもライブ中でテンションが上がってると痛いの気づかないんだよね」

「私のゆーちゃんがボコボコにされちゃう……」静音が抱きついてくる。

「ぐえーあつーい助けてミサちゃんー」

 ふざけて美沙希に助けを求める。静音によく似たまあるい目がわたしを見る。

「ゆーちゃん、せっかく可愛いんだから、自分のこと大切にしなきゃダメだよ?」

「ぎゃー可愛い!」

 二人で美沙希とじゃれあう。テントの中央に一本柱の立っているワンポールテントの中、寝袋を広げて寛いでいる。柱には程よい明るさのランタンがかけられ、テントの中を照らしだす。

 晩御飯も食べて、一足お先にテントに戻った。人生初の本格的なガールズトークのスタートだ。キャンプという非日常に、なんだか二人ともいつもより浮き足立っている。

「いやあでも、まさかゆーちゃんがあんなにアクティブだとはねー」

「あー、わたし、もともと外で遊ぶのが好きだったんだよね。運動神経もないし、あんまり頭も良くなかったからトランプとかゲームも苦手で。気がついたら小川せき止めて生き物捕ったり、釣りしたりして一人で遊んでた」

「えっ、ちょっと衝撃。なんでそうなるのかがわからない」

「うーん。田舎だからいろいろ自由だったのかな」

「しずねえ、もしかしてゆーちゃんって結構ヤバい?」

「そうなのよ。結構この子ヤバいのよ」

「優しくない世界だ」


「おじさん、寝ちまったな」

「そうだな。結構朝早くから車に荷物積んだりしてたから、疲れてたんだろ」

 俺と俊琉は、男子用のテントの中で雑談している。おじさんはアルコールの力もあり、すっかり熟睡している。

「おじさん、すまねえ」

 俊琉はそういうと、自分のリュックから缶を二本取り出した。

「ちょ、お前、なにしてんだよ」

「見ればわかるだろ。ビールだよ。嶺は飲んだことねえの?」

「いや、あるっちゃあるけど。って、そういう意味じゃねえよ」

「飲み終わったら夜の間に捨ててくればいいだろ。気にすんなって」

「うーっわ、俊琉、お前なあ」

「はいかんぱーい」そういうと俊琉は二本ともプルタブを開けた。片方を俺に渡した時にはもう自分の分に口をつけている。

「あーもーしょうがねえな」

 俺も流されて口をつけた。苦い。なんとも言えない匂いもする。正直、何度か飲んだことはあるが、美味しいとは思えない。

「っあー。キャンプで飲むビールってうまいんだなあ。いつもより倍以上だわ」

「いつも飲んでんの? というか、ビールってそんなうまいか?」

 俊琉が俺を見ると、ニヤリと笑う。

「意外と嶺はお子様舌なんだな。そんなだから2月からなんもないのか」

「おまえまたその話、ガキかよ。それとこれは関係ないだろ」

「つれねえなあ。俺は応援はしてるんだぜー」

「マジかよー」


「ねえねえ、ゆーちゃんは、好きな人いる? 美沙希はね、実はいるの」

「ええー、ミサちゃん、本当に?」

 焦ったように、静音が耳元で囁く。

「美沙希がごめん。あんまり無理して答えなくていいよ」

「ん、大丈夫。なんとなく予想してた」

「ちょっとーしずねえは黙ってて。今は私とおしゃべりしてるのー」

「ごめんごめん。美沙希は同じクラスの佐藤くんが好きなんだもんねー」

「お姉ちゃん! なんで言うの!」

「あっはは。どんな子なの?」

「えーとね、野球が得意で、クラスでも一番背が高いの。男子だけどあんまりうるさくないのがポイント高いかな」

 すっかり恋する乙女の眼差しだ。

「この子身長高くないと論外なタイプなんだよねぇ」

「あらあ、じゃあ嶺とかバッチリじゃん」もし自分が男のままだったら、どこまで身長が伸びただろう。中学の制服は、サイズが合うことはなかった。

「嶺にいは、お兄ちゃん、って感じだからなあ。ナシ!」

「うんー厳しい!」

 残念。嶺は美沙希ちゃんにフラれてしまった。

「さて、ゆーちゃんはどうなの?」

「んんー、わたしはねえ、強いて言えばエンターシカリってバンドの、ボーカルの人が好みかなあ。歌がめっちゃ上手くて」

「なにそれずるい! 全然わかんない!」

「あっはっは」


「だからあ、俺はお前のこと応援してんだって」

「なんだよなんだよ、今日めっちゃそれで絡んでくるじゃん。どうしたんだよ俊琉。おまえ人に興味ないんじゃなかったのか」

「いや、流石にお前ほどいじらしいオーラ出してる奴が友達だといたたまれなくて」

「なんだよそれー」

 なんだかんだでビールを飲み、俊琉はリュックから新たにウイスキーのボトルを取り出した。どこまで用意周到なやつなんだ。しょうがない、とことん付き合ってやる。だが、お互いへべれけになってきた。

「だいたい嶺はさ、優有で抜いたことあんの?」

 どストレートな下ネタに飲みかけのウイスキーを吹き出しそうになる。そして、去年、優有が熱中症で倒れた時の記憶が蘇る。上気した白い肌、力の入っていない柔らかなからだ、左腕に残る痛々しい傷跡。いや、ちょっと待て、これじゃ俺が変態みたいだ。

「ば、ばかおまえ、そんなこと、したことねえよ」

「嶺くん。我慢はよくない。それに、今意識したろ」

 最上級にいやらしい笑みを湛えている。ぶん殴ってやろうか。

「本音だけど、うらやましいわー。俺、これから先、人を好きになれる自信ねえもん。お前見てるとさ、相手の事情とか気にしながら、自分殺して、よくずっと好きでいられるなって思う。素直に、うらやましい」

「なんだよお前。嫌味かよ」

「嫌味なんかじゃねえよ。なんての? 理解できない憧れというか」

「ふーん。なんか、おまえも生きづらそうだな」


「美沙希寝ちゃったね。ちょっと静かに話そうか」

「うん。いいよ」

 川遊びの疲れが出たのか、美沙希が電源を落とすように眠りについた。水遊びは思っている以上に体力を使うから、しょうがない。すこしの癖もない髪を撫でる。さらさらで気持ちいい。

「実際さ、ゆーちゃんはどっちが好きなの?」

「どっちって、恋愛対象がってこと?」

「そう。ごめんね」

「いいよ。気にしないで。正直、まだわからない。できるだけ女の子として振る舞おうとはしてるけど、どっちを好きになるかは、わからない」

「そっかぁ。ゆーちゃんは、素敵な人に出会えると思うけどな」

「んふふ。まだ、あんまり自分に自信なくて。体だってボロボロだし、顔にも傷ができちゃった。こんな自分でも好きになってくれる人がいたら、いいな、とは思うよ」

「んー、もしもだれもいなかったら、私がもらっちゃおうかな」

「きゃー、なんだか恥ずかしい。じゃあ、しずちゃんはどうなの?」

 気がつけば、わたしたちは手を握り合っている。静音の指は、すらっとしつつも柔らかい、女の子の指だ。

「えっと、私は、のんびりとしてて、自分を受け入れてくれる人がいいなって。ほら、私お節介焼きだし、いつも動いてるイメージあるじゃない。でも、ほんとはたまに疲れちゃうよね。そんなとき、私と一緒にいてくれて、全部受け止めてくれるような人が理想」

 いつも気丈に振舞っている静音の見せる、少し寂しそうな顔。なんだか、とても大切なものに思える。

「しずちゃん、頑張ってるもんね。なんだか、わたしも助けてもらってばっかだ」

「ゆーちゃんは特別。絶対に私が幸せにしてみせる」

「えっ、プロポーズ?」

「残念違いまーす」


「なんで優有が好きなん? どこがいいの?」

「だっておまえさ、優有はちっちゃいじゃん。白いじゃん。なんか何考えてるかわかんないじゃん。そこがいい」

「やっべ、俺の耳がおかしいのか、全然わかんねえ。もしかしてロリコン?」

「ちげえわお前だって今日美沙希ちゃんに懐かれて嬉しそうだったじゃねーかよ」

「ばかやろう俺は巨乳派だ」

「おれはどっちでもいい」

 だいぶ酒がまわってる。くだらない話だけぐるぐると盛り上がっている。酒って、こういうふうに誰かと飲むと楽しいんだな。

「なんというか、最初はなんだこいつって思ったよ。まーた静音のお節介ターゲットかーって」

「前もあったのか」

「第一号は俺な、幼稚園の時。そんで、優有とつるむようになったわけだけど、これがまたわけわかんねえんだ。正直優有のすきな音楽いっさいわかんねえし」

「あれは特殊だなー」

「んで、一緒にいるじゃん。いろいろ、引っ越してきた事情とか聞くと、あいつすげー頑張ってんの。不器用だけど、なんとかしようって必死でさ。そしたらさ、どんどん明るくなって、よく笑うようになってきてんだ。あいつすげーよ」

「たしかにね。意外と優有のこと好意的に見てる奴多いよ」

「でも、この前みたいに、ちょっと危なっかしいとこもあって。それ見てるとさ、なんで静音にできたことが俺にできねえんだー、って思うわけよ。悔しい。ガタイばっかよくなってんのに、ちっとも優有を守れない、助けてやれない」

 聞くだけ聞くと、俊琉はマグカップのウイスキーを一気にあおった。

「ううん。おまえさー、クールぶってんのか知らねえけどよぉ、ちゃんと態度と言葉に出せよお。金魚の糞みたいに静音にくっついてるだけで、なーんも優有に伝わるようなことしてないじゃん。それじゃ延々と平行線だわ」

 グサリ、ときた。

「俺もな、ほんとにそう思うよ。俺はちっとも強くなってねえ。あの時のガキのまんまだ」

「なんだあ、おまえ、強くなれよお」

 俊琉が俺のマグにウイスキーを継ぎ足す。

「飲め! 飲めばわかる!」

 ちくしょう。飲めばいいんだろ。こうなりゃ一気だ。

 喉が焼けるアルコールの刺激。なんとか涙目で飲み込む。

「いいぞぉ、その調子だ。言葉を恐れんじゃねえ。おまえの優有への気持ちはそんなもんかあ? ことばで、態度で、伝えてみろよお。そう、言葉だ。俺らには言葉がある」

「なんか、何言ってるかわかんねえけど、おまえ結構アツいやつだなぁ」

「そうだぜ。俺は燃えてる男だからな」

「クッソわけわかんねえ」

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