断章:ライフ・イン・ユア・ウェイ

 あいつは確かに言った。自分はもともと男だったと。そんなことあるのか? 性同一性障害とか? そもそもあいつは女子の中でも小柄だと思う。身長も150センチあるかないかくらいだし。例えば手術で女になったとして、あんな完璧に性別を変えられるんだろうか。どこかしらもっと男らしさが残るんじゃないのか?


「ごちそうさま。俺、今日はもう寝るわ」

 夕食も心なしか進まず、そそくさと自室に戻ってきてしまった。身を投げ出すようにどかりとベッドに腰を下ろし、スボンのポケットからスマホを取り出す。こういう時は検索エンジン先生に聞いてみるのが手っ取り早い。

『性転換 突然 病気』

 適当に思いつく単語で検索をかけてみる。しかし、望んだような結果はなかなか見つけられず、かわりに、魚類には成長段階で性転換するものも多いという無駄な知識がついてしまった。そんな時、『【嘘か誠か?】性別が変わってしまった、数奇な人生!』というタイトルの所謂まとめサイトが目に入った。期待半分、諦め半分でリンクをタップする。なるほど、一応はソース付きの記事をまとめた内容のサイトらしい。

 いくつかの例を掲載している中、とある記事が目に飛び込んできた。

「通称、性転換症とよばれるこの病は、全世界的にも珍しく、日本では1945年以降数件しか発症例がありません」

「発症した場合、数週間から数ヶ月の昏睡ののち、完全に体が性転換してしまうそうです」

「現在も原因は不明で、根本的な治療は不可能とされています。また、発症者の全てが20歳以下の未成年だと報告されています」

 これ、なのか? ソース元のリンクをたどると、とある国立大学から発表された論文のPDFへ飛ぶ。内容は難しすぎてよくわからなかったが、なんとなくで察した。おそらく、優有はこの病気で男から女に変わってしまったんだ。

 俺は、愕然としてスマホを放り出し、そのままベッドへ倒れこんだ。天井を眺めて、あの情景を思い出す。


『おれ、昔は男だったんだ。信じるかは任せるよ』


 優有は、なんで俺にそんなことをカミングアウトしたんだろうか。たぶんだけど、地元に居づらくなって、わざわざこっちにきたんだろう。誰も自分のことを知らない場所で、初めから女子として生活をスタートするために。


 四月のあの時、お節介焼きな静音から紹介されてつるむようになったけど、大人しくて引っ込み思案な、ちょっと変わったやつとしか思っていなかった。つるんでみると、どうやら別の地方からきたばかりで、こっちのことは右も左もわからないという。それを聞いた静音は俄然張り切って優有に構うようになった。そして、俺もセットでそれに付き合わされることになった。


 今日までは、そんな感じで、普通に女子だと思っていた。

 じゃあ、本当になんで優有は俺にあんなことを言ったんだろうか。迷惑かけて、その謝罪? 俺があの傷跡を見てしまったから、やけになって吹っ切れたのか?

 なんにせよ、モヤモヤが収まらない。いろいろ考えていると、ふと室温が下がりすぎていることに気が付いた。エアコンが効きすぎている。少し換気しようと思い、ベッドから立ち上がり窓を開けた。すると、熱を保ったままの暑い空気が待ってましたと言わんばかりに部屋へ殺到する。


「なんだこれ、あっつ……」


 その時、ベッドの上のスマホが唸る。優有からのテキストが届いていた。少し緊張してスマホを手に取り、メッセージの全文を読む。このことは秘密にしてくれ、と、今までにない砕けた文体で書かれている。

「ふふっ。男同士の約束って、なんだそれ。俺の都合はなしかよ。まあ、しょうがねえな」なんだか肩透かしを食らった気分だ。


 とりあえず、『任せとけ』、とだけ返信する。

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