日曜日を取り戻せ

 今日も祖母が作ってくれたお弁当を一人いただく。脳内で音楽を再生し、周囲との遮断は完璧だ。極端なドロップチューニングのサウンドを思い浮かべる。

 そんな時、誰とも向かい合わせていない机の向こうから、朝とは別のクラスメイトが顔を出した。


「朝のびっくりしちゃった。あと、めっちゃ喋るんだね、庄子さん」

「んぐっ!」

 びっくりしたのはこっちのセリフだ! 普段一人での昼食に慣れすぎて、思わずむせてしまった。

「わっごめんごめん! これ使って!」

 ポケットティッシュが差し出される。まぁ、俺は悪くないし、もらっておく。

「あ、ありがとう……」

「ね、一緒に食べていい? あ、私後ろの席の菅原静音。しってた?」

「菅原、さん……」

 やばい。全然しらなかった。

 少し太めの眉が凛々しくも、まあるい目に幼さが残る活発そうな女子。あまり顔が見えないようにしている根暗な俺とは、なかなか接点がなさそうなタイプ。

「佐々木君、椅子借りるねー!」

 彼女は早速前の椅子を借り、持参の弁当を広げようとしていた。

「あっ、私のこと名前で呼んでいいよ。苗字あんまり好きじゃなくて」

「う、うん。……わかった」

 この人、すごいグイグイくる。どう対応したらいいんだろうか……。

 自然と下がった視線の先、彼女は市販のサンドイッチとヨーグルトを包みから取り出した。意外と少食なんだと思った。

「庄子さんって、どこ中出身?あんまり喋ってるのも見たことないし」

「あっ、わたし、他の県から来たから……」

「えーマジで? だからおじいちゃん家から通ってるんだ」

「そ、そう。家の事情で……」

「へぇえ。じゃあ、ここら辺のこと全然わからない感じ?」

「う、うん……」

 大変だ。直近のコミュニケーションが乏しすぎて、どんな会話をすればいいか分からない……。しかも俺が女子になって、今初めてまともに同級生と会話をしている。ちょっと前まで男子だったと思われないようにしなければ……。


 もしバレたら、またひどいことになるんじゃないか……。


「あっそうそう。私、洋楽聴いてみたいんだよね! 庄子さん詳しいんでしょ? 何か教えてよー」

「うぇっ!? わっわたし、うるさいのばっかり聴いてるから、た、多分菅原さんには合わないんじゃないかな?」

ね。大丈夫大丈夫! 私、なんでも聴くから!」

「えっじゃあ、今一番聴いてるこのバンドとか、どうかな……」

 俺は喜び勇んでスマホとヘッドホンをカバンから取り出し、それらを接続し、慌てた指でプレイリストをスクロールした。ちなみに校則では、昼休みに限りスマホの利用が許可されている。

「たっ、多分聴きやすいと思うんだけど」

 いつもより若干上ずった声であれこれ説明しながら、静音がヘッドホンを装着するのを確認し、再生ボタンをタップした。再生されたのは今お気に入りのメタルコアバンド。血濡れの両手が、釘で串刺しにされたハートを包みこんでいるアルバムジャケットが最高にかっこいい名盤だ。

 そして俺はまだ知らなかった。『なんでも聴く』という言葉は1ミリも信用できないということを。


「うわー! なにこれ! 全ッ然わかんない!」

 とびきりの笑顔で静音がヘッドホンを耳から外す。俺は唖然とした。さっきまであんなに乗り気だったのに、再生してワンコーラスも聴かずに爆笑するなんて。

「いやーすごいね! こんな音楽あるんだ。ヘビメタってやつ?」

「えっいや、ちょっと違う……」

「優有ちゃんめっちゃ詳しいんだねぇ。じゃ、今度もっとわかりやすいの教えてよ」

 もう名前呼びかよ……。距離感がわからない。女子高生ってみんなこんな感じなんだろうか。

「ほら、RAIL交換しようよ」

 そう言って静音は自分のスマホを取り出し、線路のアイコンのメッセージアプリを起動した。

「ん、ちょっと待って……。これで、大丈夫?」

「オーケーオーケー。できたー。私のIDこれだから、登録お願いね!」

「う、うん。ありがと……」

 いままでガラガラだった友達欄に、新しく『Shizunennen』というアカウントが追加されている。

「しずねん、ねん……?」

「うわー! 気にしないで! 勢いでつけちゃったやつだから!」


 なんとか朗らかな雰囲気で対応することができたようだった。しかも初めてのクラスメイトとの連絡先交換。連絡網的なグループメッセージ以外の、個人的な連絡先。どうしようか、普通に嬉しい。

「それにしても、優有ちゃんほんとにここら辺のこと知らないんだね。出かけたりしないの?」

「あー、うん。どこに行けばいいか分からなくて」

「そうかそうか。じゃあゴールデンウィークどこか空いてる? 地元民の私が案内してあげよう」

「えっ、いいの?」「んふふ。もちろん!」

 なんと、休日の外出まで約束してしまった。これは思っていたよりも、順調なのではないか? そう思ってしまうくらいには舞い上がっていた。

「あっそうだ、レイー! ちょっとこっちこっち」

「嶺?」

 静音がクラスの別グループに声をかけると、頭一つ抜き出た長身のスポーツマンが振り返る。静音は手首から先で「こっちに来い」とジェスチャーする。

「なんだよ静音。なんか用?」

「デカい!」

「デカいでしょ。コイツ私の幼馴染の嶺。もう身長180センチ超えたんだって。嶺、こっちはヘビメタ少女の優有ちゃん」

「あー、なんか、いつもバッグにイカつい柄のキャップつけてるよね。俺は眞鍋。眞鍋嶺マナベ レイ。静音とは家が隣だったからさ、もう腐れ縁なんだ」

「よ、よろしく……」

 やばい。イキってつけて来てたキャップが意外と認知されている! 今朝の先生の件もあるし、もうやめたほうがいいだろうか。

「優有ちゃんね、引っ越して来たばかりだからこの辺のこと全然知らないんだって。だから、ゴールデンウィークに案内してあげようよ。どうせ暇でしょ?」

「勝手に暇人扱いすんな。まあ1日くらい大丈夫だと思うけど」

「じゃあ決まりね。またあとで日程決めよっか」

「う、うん。あの、ありがとう」

「こいつうるさいだろ。お節介焼きだから許してやって」

「わ、わかった。眞鍋も、ありがとう」

「おっ、早速呼び捨て? 私も呼んでみてよー」



「はーいお疲れさん朝ぶり。午後イチの世界史は眠いかもしれないけど寝るなよー。寝たら寝ただけ内申点引きまーす」

 随分短く感じた昼休みが終わり、担任でもある須藤先生から午後の授業がスタートした。久しぶりにたくさん喋った気がする。月末からのゴールデンウィークに、まさか予定が入るだなんて思っていなかった。もしかして、俺は思ったよりうまくやれているのでは?

 そんなことを考えていると、またもや先生と目があった。

「んー。庄子、ケータイとヘッドホン出しっ放しだぞ」

「えっ! あっ!」

「残念、授業中はカバンもしくはロッカーにしまうこと。見つけた以上没収な。放課後社会科資料室に取りに来い」


「はい……」


 やっぱり最悪な日だ!

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