5-4 好きという気持ち
「絶対に優勝してみせます! ありがとうございました、虹野あかりでした!」
「はい、虹野さんでした、ありがとうございました! ……さて、お次はいよいよ最後の出場者になりますよ!」
あかりがステージから去っていくと、盛り上がりが覚めない観客に「準備は良いですかー?」と鈴葉が煽りを入れる。
うおおぉぉ、と会場の熱気は高まりまくりだ。と同時に、行隆の鼓動が高まっていく。この中に詠子が入ってくると考えるだけで、緊張が止まらなくなった。
「先程の虹野さんとは一つ年上のお姉さんですよ! と言っても、私からしたら可愛い年下の女の子ですが……。エントリーナンバー十番、夢咲詠子さんです!」
鈴葉の呼びかけで、詠子がステージの袖から顔を出した。人の多さに改めて驚いたのか、一瞬だけ表情が強張ったように見える。しかし、すぐに口角をつり上げ、手を振りながらステージ中央まで歩く。
(良かった……夢咲さん、結構余裕があるみたいだ)
ほっとして胸を撫で下ろす行隆。
すると突然、右隣に座っていた静乃が立ち上がった。
「夢ちゃーん! 頑張ってー」
「……えっ」
唐突に何を言い出すんだこの子は、と行隆は反射的に呆れる。
しかし、得意気に笑いながらこちらを見る静乃を見つめ返したら、なんとなく理解した。きっとこれは、さっきの「にじのん」に対抗しているのではないか、と。
「ゆ……夢ちゃーん!」
だから行隆も頑張って叫んだ。
多分、あかりが「虹推し」なのに対して、こちらは「夢推し」でいきたいのだろう。聞いたこともないあだ名に驚いたが、確かに普通に名前を呼ぶよりは良い気がする。
すると、
「夢ちゃん、頑張るのよー!」
「うおおお、夢ちゃああああん!」
まさかの詠子の母親と兄も乗ってくれた。兄のテンションの高さにはビックリしたが、おかげで優吾までつられて叫んでくれた。
「……ゆめ、ちゃん! が、頑張れよ!」
「頑張ったね、優吾」
「うるさい」
睨む優吾の視線から逃れつつ、行隆は詠子の様子を窺う。
詠子は、口元に両手を当てながらこちらを見ていた。遠くてよくわからないが、ジト目のような気がする。
「あら? 夢咲さんは夢ちゃんがあだ名なんですか?」
「すみません、身内が騒いでるだけなんです。本当にすみません……」
「いやいや、可愛いじゃないですか。皆さんも、夢ちゃんって呼んであげてくださいね」
鈴葉が「せーの」というと、会場全体が「夢ちゃーん!」という声援で包まれた。詠子も自棄になったのか「あ、ありがとうっ!」と笑顔で手を振る。
「あ、えっと、改めまして……。エントリーナンバー十番の夢咲詠子、十六歳です。よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします。夢咲さん、もうわかっているとは思いますが、歌の披露の前に一言お願いします」
「は、はい……そうですね」
んんっ、と小さく咳払いをして、詠子は客席を見渡す。最後に行隆と目を合わせてから、詠子は両手でマイクを握り締めた。
「歌う前に、私は皆さんに言わなくてはならないことがあります」
詠子の言葉に、会場中がざわつくのを感じた。しかし、ざわざわとあからさまに騒がしくなった訳ではない。静まり返った中にひそひそ声が混じっているように聞こえる。
というより、行隆も内心ヒヤヒヤしているのだ。そりゃあ偽りを捨てて本番に臨んだ方が良いと思う。
(夢咲さん、お願いだから無理しないで……!)
だけど、ネット上で話題になっていることを今ここで口にするのはなんだかまずい気がした。詠子が歌を披露できずに失格になるとか、オーディション自体がここで中止になってしまう気がしたのだ。
「夢咲さん、大丈夫? 無理しなくて良いんだよ?」
すると鈴葉が心配に思ってくれたのか、行隆の言葉を代弁してくれた。詠子の顔を覗き込むようにして声をかけている。
詠子は鈴葉を見つめて固まってから、首を横に振った。
「大丈夫です、シリアスなことは言いませんから。……というか鈴葉さん近いです! 緊張しちゃいますから!」
「え? ああ、ごめんね! なんか顔が赤くなっちゃったね。今から本番なのに」
「本当ですよ、もう……」
頬を両手でパンパン叩いて、詠子は緊張を誤魔化そうとしているようだ。しかし先程と空気は変わったようで、観客から笑い声が飛んでくる程になった。
「なんか長くなってしまってすみません。とにかく、私が言いたいことは一つだけです。私は、アニソンが大好きです! そのことを皆さんに伝えたくて来ました、よろしくお願いします!」
半ば叫ぶように言い放ち、詠子は大きくお辞儀をする。
これから歌い始めるというのに、行隆は少しばかり安堵に包まれるのであった。
「ふふ、若いって良いなぁ。……じゃなくて。夢咲さん、そろそろ曲名を」
「あ、はい! 私の友達が協力してくれてできた、私の気持ちを詰め込んだ大切な曲です。聴いてください、私だけの夢!」
ついに、詠子のパフォーマンスが始まった。
イントロが流れると、優吾が勢い余って立ち上がる。珍しく口をポカンと開けて茫然とした顔を向けられたため、大きな会場で自分の曲が流れているという事実が余程嬉しいのだろうと感じた。もちろん、行隆と静乃も立ち上がって応援する。詠子の母親と兄も立ち、観客もあかりの流れで立ったままでいる。
つまり、ほぼ全員が立ち上がっていると言っても過言ではないのだ。あかりの時より勢いを感じないが、ペンライトを振ってくれてもいる。
詠子にとって、こんなにも歌いやすい環境はないだろう。
「ありがとう、ありがとー」
皆に感謝するように間奏でお礼を言いながら、詠子は堂々とステージに立って歌っていた。無理をしている訳でも、緊張で顔が強張っている訳でもない。心から楽しいという気持ちをぶつけてくるような詠子の笑顔。
正直、歌声の実力はまだない。今までの出場者、特にあかりと比べてしまったら「あれ?」と首を傾げてしまうだろう。音程がずれまくっている訳ではないが、表現力や声量など、本当に最終選考まで残った人なのかと思ってしまうレベルだ。
じゃあ、詠子のステージはボロボロなのか。
観客が呆れてしまうような、見ていられないパフォーマンスなのか。
――そんなこと、ない。
行隆の目に映る、ペンライトの海。
キラキラとした色とりどりの光は、初めて聴くはずの音楽に合わせて動いている。
――つまらなかったら、こんな風になる訳ない!
始まる前の緊張が嘘のように、行隆は詠子のステージを楽しんでいた。偶然なのか何なのか、ペンライトは黄色やオレンジ色が多い。元気で明るいイメージからその色を振ってくれているのだろうか、なんて思うと勝手に嬉しくなってしまう。
「えーいこ、はい! えーいこ、はい!」
「おいやめろ行隆。この曲はPPPHを入れる曲じゃない」
「PP……んんー?」
PPPHっていうのは「ぱんぱぱんひゅー」のリズムでクラップをしてこぶしを上げるヲタ芸の一種で……なんて今説明できる訳がない。行隆は二人に苦笑を向けるだけで、すぐに詠子の姿をじっと見つめ続けた。
「ありがとうございました、夢咲詠子でした!」
パフォーマンスが終わり、詠子は深いお辞儀をする。
拍手で包まれる会場を見渡して、行隆はようやく気が付いた。
終わった。終わったのだ。詠子のステージが無事に終わって、今、拍手の音が響き渡っている。それがどれだけ幸せなことか、考えるだけでここがじわじわと温かくなるのを感じた。
ブーイングをする者はいなかった。内心でひそひそ思っている人はいたのかも知れない。でも、態度で表す人はいなかったのだ。
「最後の最後にとびっきり明るいステージ、素敵でしたよ」
「……い、いやぁ、他の皆さんと比べたら、私なんてそんな……」
「あら? 夢咲さんはもっと自分に自信を持っている人なのかと思ってました」
「あ……っ」
鈴葉に突っ込まれ、ハッとなる詠子。
「それはもちろん、アニソンを好きな気持ちは誰にも負けません! でも、私にはまだまだ時間が必要だと感じました。だから……私、もっともっと頑張ります。頑張りたい、です! 今日は温かく見守って下さって本当にありがとうございました!」
早口になりながらも、詠子は自分の気持ちをしっかりと伝えていた。しかし、歌い終わって力が抜けてしまったのか、素早く頭を下げ、勢いのままステージを去っていってしまう。詠子の行動が予想外だったのか、鈴葉は「あらら~?」と一瞬だけ間抜けな声を出してから、
「夢咲詠子さんでした~。と、いうことで! 全出場者のパフォーマンスが終わりました! これからいよいよ投票の時間に……」
と進行を始めるのだった。
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