4-3 彼女の才能

「行隆、来たぞ!」

「えーこ、えーこっ!」


 すると、優吾と静乃が駆け足でこっちに向かってきた。優吾は無表情でもいつも通りだと思うのだが、静乃はどこか表情に影があるように見えてしまう。


「優吾くん、静乃……」


 二人の顔を見るや否や、詠子の作り笑顔が薄れてしまった。二人にも気を遣わせてしまった、と思っているのだろうか。


「ごめん静乃、ちょっとだけ静乃の歌唱力に嫉妬しちゃっただけで」


 詠子は静乃と目を合わせると、しっかりとした口調で本心を伝えた。

 静乃は、


「何で」


 と呟きながら、両手を握りしめて詠子に近付く。


「何でわからないの。何で気付いてくれないの。私が言わないと、駄目なの?」


 言いながら、静乃はじっと詠子を見つめる。言っている意味がわからないように首を傾げる詠子に、静乃は深呼吸をしてから言葉を続けた。


「えーこは、趣味と夢を持ってから私にとって少し遠い存在になった。それくらい、えーこの夢に対する情熱は凄いと思う」


 まっすぐ詠子の瞳を見つめようとする静乃だが、詠子は逃げるように視線を逸らす。


「それは中学までずっと趣味がなかったからで」


 首を振りながら、詠子は静乃の言葉を否定する。

 すると、静乃の視線が鋭くなった。いつもののんびりしている静乃の姿とはかけ離れた姿だ。


「そんなの理由にならない。急に好きなものができたからって、ここまで夢中になるのはえーこくらいだよ」


 それでも詠子は、首を振った。


「ただ必死になってるだけだよ。あたしは……趣味も夢も、持つのが遅すぎただけなんだから」

「だから」


 視線を逸らさぬまま、静乃はまた一歩詠子に近付いた。

 一瞬だけ、鼻と鼻がぶつかりそうになるまで顔に寄せる静乃。背伸びをしてまで詠子の顔をまじまじと見つめる静乃の姿は、傍から見たら滑稽なのかも知れない。しかし、静乃の表情は一ミリもずれず、真剣そのものだった。


「その考えが間違ってるの。私達はまだ、高校生なはず。高校生全員が夢に向かって生きている訳じゃない。その証拠が、私!」


 バシッと、静乃は自分の胸を強く叩く。


「夢を持つどころかやる気すら持たずに、だらだら毎日過ごしている。そんな人もたくさんいるの。だから」


 静乃は大きく息を吸い、声のボリュームを上げた。


「えーこは、凄いんだよ!」


 半ば叫ぶようにして言いながらも、静乃は詠子を見つめ続ける。

 一方で、詠子の瞳は大きく揺らいでいた。不安そうな瞳が行隆の方にも向いたため、行隆はすぐさま頷いてみせる。すると詠子は「ぁ……あぁ……」と小さく声を漏らした。


「あたしが……凄い……」

「何、まだ反論したいことがあるの?」

「……ううん。違う。違うよ静乃」


 詠子は静乃の手を取り、微笑む。


「そっか……そうなんだね。あたしにとっては当たり前のことだと思ってた。でも……これがあたしの才能なんだ」


 瞳は潤んでいるけれど、ちゃんと笑っている。「あたしにも才能、あったんだ」と呟く詠子の表情は、心の底から安心しているように見えた。


「わかったなら良いの」


 静乃は頷き、何故かここで不安気に視線を下に向ける。


「それ、から……。趣味のこと。遠慮しないで私にも話して欲しい。少し寂しいから」

「あ……」


 さっきよりも小さな声で喋る静乃の言葉に、詠子はハッとしたように目を見開く。


「うん、もちろん! まずは鈴葉さんの素晴らしさを静乃に叩き込んであげるね!」

「うえー、面倒臭いー」

「面倒臭い、だとぉ……? 静乃、あなた鈴葉さんになんて言い方を……」

「ふ、ふふふ……っ、ふふ…………はぁ」


 むきになる詠子を見て静乃が笑った――かと思ったら、すぐに真顔になる。


「なんか、いっぱい喋るの疲れた、寝る」


 芝生に倒れ込み、大の字になる静乃。


「えええ、なんなのよもー……」


 唐突な静乃の行動に苦笑を浮かべつつも、だんだんと表情を温かな笑みに変えていく。


「でも、ありがとうね、静乃」


 お礼を言う詠子だったが、静乃は何の返事もしなかった。目は開いているため寝てはいないはずだが、心は疲労で停止してしまっているのだろう。あんなにも感情的になって話す静乃の姿を見るのはもちろん初めてのことで、こうなってしまうのも仕方のないことだと行隆は感じた。むしろ自分にはできなかったことをしたのだから、静乃は凄いと感じる程だ。


「ごめんね、行隆くん、優吾くん。もう大丈夫……っていうか、変な茶番を見せちゃって本当にごめん」

「茶番ってそんなこと……」

「ああ、確かに茶番だったな。意外と早く解決してしまった」

「って優吾、何言ってるの!」


 でもこれは俺の手柄なんだ、何せ二江を説得して連れてきたのはこの俺なんだからな――などと呟き続ける優吾はわざと無視しておいて。

 行隆は、少しばかり方向性の違うことを考えていた。

 静乃の言う通り、詠子はようやく見つけた趣味にとことん夢中になっている。だからこそ、格好良い曲よりも、明るく、元気の出るような曲の方が詠子には合っているような気がしたのだ。オーディション用に作った曲「ビギニングゲート」は、戦闘シーンがあるような格好良い曲で、詠子自身もだんだんと歌い慣れてきた感じはする。でも、それ以上に自分の趣味で入れた明るい曲の方が楽しそうに歌っていた。リラックスしているし、自然と笑顔も浮かべている。あのマイクよりは劣る歌声ではあるが、聴いているこっちが笑顔になれた。


「あのさ、皆。たった今、思い付いたことがあるんだけどさ」


 だから行隆は言ってしまった。


「今から新しい曲作れないかな」


 ――と。

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