4-4 最高のメロディー
最終選考まであと二週間しかないというのに何を言っているのだと、自分でも思った。でも言わないよりは言った方が良いと思ったのだ。
「え? 今から新しい曲?」
「おお、なんだ行隆。新しい曲を作っても良いのか」
詠子と優吾はまったく別々の反応を示した。詠子は素直に驚いているようだが、優吾は何故だか早くも乗り気のように見える。ちなみに静乃は口をポカンと開けたまま行隆を見つめていた。発言する気力はないものの、一応驚いてはいるのだろうか。
「いや、思ったんだけどさ……」
行隆は思ったことを正直に話す。
すると、
「確かに、明るい方が良いかも!」
と詠子も気が付いたように返事をしてくれた。
「ビギニングゲートは確かに格好良い。これがあたしの歌なんだと思うだけでワクワクしちゃう。でも、あたしが曲に追い付いてないっていうか……どうしても背伸びして歌っちゃうんだよね。だから……」
詠子は、行隆から視線を優吾に移す。
「あたしからもお願い、優吾くん! 今から新しい曲、作れないかな?」
両手を合わせながら、詠子は懇願するように何度もウインクをする。行隆は思わず横目で詠子の愛らしい姿をガン見してから、優吾の反応に注目した。
しかし、優吾は涼しい顔のまま変わらない。
「女の子のウインクを見ても動揺しないなんて!」
「……いや、問題はそこじゃないだろ。そうじゃなくてだな……」
頭を掻きながら、優吾は小さなため息を吐く。
「夢咲、お前作詞やってみるか?」
「え、あたしが作詞? ええと、できるかわからないけど……」
「なら行隆と協力して書いてみたらどうだ。夢咲のアニソンへの想いを行隆が文章にする。それならできそうだろう? 行隆の趣味丸出しな詩よりかそっちの方が良いだろ」
「あ……それならできるかも」
内心「趣味丸出しって!」と思いつつも、行隆は言葉にしなかった。作詞はまた自分がやると思っていたが、詠子の気持ちが入った歌詞なら詠子ものびのびと歌えるだろう。ナイスな提案だと行隆は思ったのだ。
「行隆くん、協力してくれる?」
「もちろんだよ。夢咲さんのアニソンへの気持ち、たくさん聞かせて欲しい」
「うん!」
詠子は両手でガッツポーズをしながら、首を縦に振ってみせた。
元気良く頷く詠子の声が、行隆の心に突き刺さる。へへへ、と照れ笑いを詠子から、ポジティブな気持ちがひしひしと感じられた。自然と、行隆の口からも笑みが零れる。先程の状況が状況だっただけに、「良かったぁ……」と安心する気持が止まらないのだ。
「よし、決まりだな。お前らが詩を作ってくれたら……」
行隆と詠子の顔を交互に見つつ、優吾は口をニヤリとつり上げる。まるでドヤ顔のようで、行隆は思わず笑いそうになってしまう。
でも、まだ笑うのは早かったようだ。
「俺が、最高のメロディーを作ってやる」
遠くで、「ぷっ」という吹き出したような声が聞こえた。
行隆も詠子も口を開けたまま微動だにしていない。もちろん優吾自身が吹き出す訳がない。
「お、お、俺が……最高のっ、メロディーを作ってやる……だってぇ、クスクス」
「……?」
寝転がった状態のまま笑い始める静乃。
そんな静乃を指差しながら、本気で意味がわからないように「はて?」と首を傾げる優吾。
二人の姿がなんだかシュールに見えて、行隆は詠子と顔を見合わせていた。
「……なんか変なこと言ったか、俺」
「そ、そこまで変ではないよ。ただまぁ……俺が良い曲作るから、みたいな言い方で良かったんじゃないかなぁ、と」
「いや、良い曲なんかじゃ優勝狙えないだろ。最高のメロディーじゃないと」
「そこは譲れないんだね。うん、じゃあ最高のメロディーをよろしく、優吾」
「ああ、もちろんだ!」
嬉しそうに頷く優吾の後ろで、未だにクスクスと笑い続ける静乃。詠子が「もうやめてあげて!」と声をかけるとようやく笑い声は治まった。
「あのさ、行隆くん。今更だけど、優吾くんって俗に言う厨二病ってやつ?」
「いや、違うよ。違うけど何て言うか……絶妙なんだよ」
「なるほど……」
「……絶妙ってなんだ……えっ、な、なんなんだ……?」
「あああ優吾! 大丈夫、優吾はそのままで大丈夫だから! というか話を戻そう? 曲! 曲の話だよ」
頭からクエスチョンマークが離れない様子の優吾をなだめつつ、行隆は話を戻す。静乃もゆっくりと起き上がり、輪の中に入っていた。
「とにかく時間がない。行隆と夢咲にはなるべく早く詩を作ってもらいたい」
「そしたらゆうちゃんが最高のメロ……」
「うんわかったよ! といっても今日はもう遅いから、とりあえず今日はメールか電話でどんな曲が良いか相談しよう」
話をぶり返そうとする静乃の言葉を無理矢理遮りつつ、行隆は詠子に提案する。
「そうだね、そうしよっか」
「二人で協力して良い詩書けよ」
「そこは最高の詩じゃないんだ……じゃなくて、うん、了解だよ!」
「できたら俺に教えてくれ。すぐに最高のメロディーを作ってやるからな」
「ぷっ。……ゆうちゃん、ギャグ? ギャグなの?」
「ふ、二江さん! もうそれ以上引っ張らなくて良いから!」
はーい、と返事をしつつも口元のニヤニヤを止めない静乃。行隆は若干呆れつつも、詠子と視線を合わせた。
「じゃあ夢咲さん、帰ったら連絡するよ」
「うん、了解! ……静乃、楽しいのはわかったからもう帰るよ?」
親指を突き立てて行隆に微笑みかけたあと、詠子は静乃に声をかける。腰に手を当てながら小さくため息を吐くその姿は、まるで静乃の母親のようだった。
「うん、楽しい。楽しくて仕方がない」
静乃は一歩、二歩と進んでいって、詠子の鼻とぶつかりそうになる近さでようやく足を止める。嬉しそうな顔で、囁いた。
「でも、楽しいだけじゃないの」
「……え?」
「心がすっきりした。……私にしては、頑張ったから」
「あ…………」
静乃の言葉でハッとしたように、詠子は瑠璃色の瞳を大きくする。詠子の表情をじっと見つめつつ、静乃は勝ち誇ったように口元をつり上げた。
「私も少しは、えーこの役に立てたよね?」
「もちろんだよ。静乃がいなきゃ、あたしは駄目だった」
「ふっふっふっ。どーだ見たかゆっきー! ゆうちゃん! 私はいらない子じゃない、必要な子なの~。ふふふ」
ドヤ顔を行隆と優吾に見せつけてくる。
いらない子じゃない、必要な子。――笑顔で放たれる静乃の言葉は、詠子の力になれたのが本気で嬉しいのだと感じられた。
静乃がいなければ、今の状況は存在しない。
静乃の本音が、未来への可能性を広げてくれた。
考えれば考える程、状況は絶望的だ。でも、絶対に絶望的で終わらせたくない。詠子のアニソンへの想いは本物だと、知らしめたいと思った。
***
あれから、詠子と何度も何度も作詞のやりとりをした。
詠子の気持ちを文字に起こして、重要な部分をまとめる。詠子にとってアニソンは、夢。ようやく見つけた、心から楽しめるもの。
この楽しい気持ちを、一人でも多くの人に伝えてみたい。今はまだ自分が楽しいだけだけど。新鮮なことがたくさんあって、わくわくが止まらない。そんな、ただ一人のちっぽけなアニソンファンでしかないけれど。
いつか自分が伝える側になりたい。いや、なるのだ。
詠子の話を聞いて、行隆はひらめいた。
詠子の夢を詰め込んだ曲にしよう、と。曲の歌詞だからといって、別に格好付けなくても良いのだ。詠子のアニソンに対する楽しい気持ちやわくわく感が、そのままポジティブな明るい曲になる。
まだ楽しむ側の人間だからこそできる曲を作ってやろう。
アニソンという存在を崇め過ぎ? ただのファンでしかない? それがどうした。好きなのだから仕方ないではないか。
なんだか、だんだんと歌詞を作るのが楽しくなってきた。
最初は真面目に「詠子にとってアニソンとは何なのか」と考えていた。でも、気付けば「あのアニメの挿入歌が神がかっている、かかるタイミング反則」とか、「最終話のエンドロールでOP曲がかかるのも良いよね」とか、ただの雑談になりつつあった。
優吾が知ったら「もっと真面目に作れ」と怒るだろうか。でも、楽しいのだから仕方ない。しかもこんなにもすらすらと言葉が溢れてくる。好きなものに対するパワーとは恐ろしいものだ。期間にしたらどれくらいだろうか? カラオケ後のやりとりで方向性が固まった気がする。次の日でほぼ歌詞が完成して、三日目でタイトルまで付けた。
私だけの夢。――これが二人で考えたタイトルだ。
格好付けたくはないから、シンプルなものが良い。「夢」というワードは入れたい。
高校生になってようやく見つけた、夢咲詠子だけの夢。だから、「私だけの夢」。
少し揉めたのは、詠子の一人称が「あたし」であるということだ。幼稚園の頃からの癖でなかなか直すことができないらしい。だから「あたしだけの夢」が良いのでは? と行隆は提案した。しかし詠子にとっては「なんか恥ずかしいから嫌」だそうだ。
格好付けたくはないが、ここだけはちょっとおしとやかにしよう。――ということでタイトルは「私」にすることになったのだ。
三日程で完成させた歌詞を優吾に見せる。
優吾には「もっと悩むと思った」と驚かれつつも、キラキラと葡萄色の瞳が輝かせながら歌詞に目を通していた。「あとは俺に任せろ。最高のメロディーを作ってやる」とウキウキで言われ、なんと一晩で曲を完成させた。目の下にクマを作りつつも、顔は楽し気に微笑む優吾。徹夜したからと言って決してノリで作ったとか、焦って完成させた訳ではない。優吾から最高のメロディーを受け取り、一発でこれだ! と思った。希望の光に向かって突き進むようなポジティブさに溢れていて、アニソンに詳しくない静乃も興奮しながら「えーこに合ってると思う!」と言っていた。
曲の明るさにつられるように、気分が前向きになっていく。少し前までは絶望的とすら感じていたのに、今は気持ちが軽い。逃げたいとかのマイナスな思いは一切なく、とにかく前に進んでみようと思えた。
あとはもうこの曲を練習して、本番で想いをぶつけるだけだ。
本番では見守ることしかできないのがもどかしいが、少しでも詠子の心の支えになれたらと思う行隆だった。
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