第四章  本音

4-1 カラオケ

 道ヶ丘高の生徒の中には、オーディションのことを知った人がちらほらいた。詠子は何人かに声をかけられたと言うが、明るい声で「頑張るから!」と返し続けている。その言葉は、詠子にとっての本心なのだろう。

 最終選考まで、あと一ヶ月程もある。つまり、時間はまだまだあるということだ。最終選考では、アニソンが好きなんだという気持ちを伝えるために歌う。でも、少しでも恥をかきたくないし、将来のために上手くなりたいし、なるべく練習したいという話になった。放課後には空き教室で練習を重ね、休日にはカラオケへ足を運ぶ日々が続く。もちろんカラオケへは遊びに行っている訳ではなく、ただひたすらオーディションの曲である「ビギニングゲート」を歌い続けた。と言ってもまぁ、少しは自分の好きな曲も歌うのだが。


 そんなこんなで、最終選考まで二週間まで迫ってきた。同じ曲ばかり歌って頭が痛くなったとか、本番に近付くにつれて緊張して声が震えるとか、行隆がひっそりと心配していた問題にはまったくなっていない。

 練習の効果は、ちゃんとあるのだ。

 もちろん、マイクを使った時の歌声には劣ってしまう。でも、格好良い楽曲である「ビギニングゲート」を背伸びしつつものびのびと歌えるようになっているのだ。少なくとも無理して頑張って歌っているようには感じない。だから、きっとこの練習に意味はあるのだ。

 休日である今日も、行隆達は昼頃からカラオケに来ていた。時々優吾や静乃の都合が合わないことがあったが、今日は四人揃っている。


「あたしばっかり歌っちゃってごめんね」

「良いの良いの。私は歌わないし、まずはえーこ、がんば!」

「うん! よーし、今日もビギゲ歌っちゃうぞー」


 親指を突き立てる静乃を見て、詠子は強く頷く。「ビギゲ」というのは「ビギニングゲート」の略称であり、詠子がいつの間にか使い始めた。それくらい、ビギニングゲートに愛着が湧いてきたのだろう。優吾も「まあ……良いだろう」としぶしぶ略称を了承していた。

 あーでもないこうでもないと歌い続けて数時間。


「じゃあ、そろそろ自由に歌おうか。夢咲さんも疲れたでしょ?」

「疲れてはないけど……うん、時間的にもそろそろそうしよっか」


 季節はそろそろ冬になりつつあるというのに、詠子の頬には汗が伝っている。最近はいつもそうだ。自分が疲れているのにも気付かずに一曲に集中し続けている。だからいつも行隆が練習の終わりを提案するのだ。


「じゃあじゃあ、まずは何歌おうかな……皆も曲入れてね!」


 歌いっぱなしだったのにも拘らず、詠子は続けて歌うつもりだ。うきうきしながらリモコンを操作している。


「あ、行隆くん! なんか鈴葉さんの本人映像があるんだけどっ! 先週まではなかったよね?」

「ん……あ、本当だ。しかもPVじゃなくてライブ映像だね。僕も初めて見たよ」

「やった、テンション上がるうっ」


 小さくガッツポーズをしてから、詠子はさっさと曲を入れてしまった。入れた曲はもちろん鈴葉の曲。定番曲の一つでもある「虹色ルーレット」だ。


「……いきなりクライマックスだな、おい」

「ふふん、まぁね!」


 ぼそりと呟く優吾に、詠子は得意気に頷く。

 鈴葉のファーストアルバムのリード曲でもある「虹色ルーレット」は、鈴葉の曲の中でもかなり人気の曲であり、ライブではだいたいアンコールで歌われる定番の曲だ。鈴葉が作詞をしていて、人の背中を押すような明るい楽曲になっている。ペンライトは自分の好きな色を振ることが推奨されており、サビではペンライトをくるくる回すのが特徴だ。


「そしてノリノリだな、おい」

「う、うるさいな。好きなんだから仕方ないでしょ」

「ゆっきーオタクみたい~」

「オタクなんだから仕方ないでしょ! いいから静かにしててよ、夢咲さんが歌うんだから」


 イントロが流れる中、静乃からじとーっとした視線を向けられる。行隆は苦笑を浮かべてから赤色のペンライトを振る。詠子のピン止めが赤いため、なんとなくイメージカラーは赤色なんじゃないかと勝手に思っているのだ。


「…………」


 ――それにしても。

 ノリノリでペンライトを振りながらも、詠子が歌う姿にただただ集中してしまう。

 ――本当に、楽しそうに歌うなぁ。

 もちろん、さっきまでビギニングゲートを練習していた時も楽しそうにしていた。でも、何かが違うのだ。「これは練習じゃない」と思い込んで歌っているからだろうか。わからない。わからないけれど、とにかくじっと見つめてしまう。プラス思考の歌詞が詠子の明るい声に合っていて、どこまでも希望を感じることができる……気がする。もちろん恥ずかしくて本人には言えないが、そんな気分になるのだ。


「……? ゆ、優吾?」


 すると、隣に座る優吾の様子がおかしいことに気付いた。ペンライトを振る手を止めて、優吾を見る。優吾は、顎に手を当てながらしかめっ面をしていた。


「俺……案外こういう曲も好きかも知れないだよな」

「…………えっ」


 格好良いもの大好きっ子である優吾が何故、と行隆は驚きを露わにする。


「マジプリの曲よりも?」

「いや、さすがにそれはない」

「あはは、ですよねー」

「でも……うーん、なんだろうな……。というか元気だな、夢咲のやつ」


 呟きながら、優吾は詠子に視線を向けながら微笑を浮かべる。


「そうだね」


 と行隆が同意すると、そのまま会話は止まった。多くは語らない優吾だったが、行隆の心の中にはじわじわと嬉しい気持ちが沸き上がる。格好良い曲以外で優吾が楽しそうにしているのだ。優吾の心に何らかの変化があったのだろう――なんてことを勝手に思って、変に喜びが溢れてしまう行隆だった。

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