3-3 これからも一緒に
また学校で。
詠子の言い残した言葉通り、詠子と学校で会うことは――なかった。いや、玄関や廊下ですれ違うことはあったが、ぎこちなくアイコンタクトをするだけで会話すらしていない。電話やメールをするにも「何て言ったら良いのだろう」と悩んでしまってなかなかできないまま、一週間が過ぎてしまっていた。
このまま、もやもやを残したまま終わってしまうのだろうか。行隆は考え、すぐに「それは嫌だ」という結論にたどり着く。これからどうするのか、ちゃんと詠子と話し合おう。一週間も経ってしまったが、行隆はようやく決心を固めた。
しかし、行隆が行動を起こす前に、詠子に先手を取られてしまったようだ。
放課後、荷物を整理して優吾と下校しようと廊下を出ると、「行隆くん!」と声をかけられる。行隆のことを「行隆くん」なんて呼ぶ異性は一人しかいない。
「ああ、優吾くんもいた。よかった……間に合って」
詠子の後ろには静乃もいる。廊下で偶然会った、という訳ではなく行隆と優吾を訪ねに来たのだろう。
「夢咲さんに二江さん。ひ、ひ、久しぶり、だね」
一週間ぶりに話すせいか、妙に挙動不審になってしまう行隆。
詠子は、「ふふっ」と笑みを零して答えてくれた。
「ごめんね行隆くん、思った以上に話せない時間が長くなっちゃって……また人見知りモードになっちゃった?」
「いやいや、馬鹿にしないでよ、大丈夫だよ!」
「あはは、ごめんごめん」
楽しげに笑う詠子の顔を久しぶりに見て、行隆は心の底から安心していた。少なくとも、今までの関係性が崩れることはないようだ。嬉しくて、思わず顔がニヤけてしまう。
「……で、俺達に何か用か?」
なかなか本題に入らないため、優吾が小さくため息を吐いてから訊ねる。すると、詠子の表情が真剣なものへ変わった。
「ああ、そう。それなんだけどね。……今日の昼休みの時間に電話が来たの。二次選考の結果の電話」
二次選考の結果。
詠子から発せられた言葉に、行隆は耳を塞ぎたい衝動にかられてしまう。そんなの、不合格以前に失格に決まっている。嫌だ嫌だとまるで小さな子供みたいな感情が芽生え、顔が強張ってしまう。
「どうだったの?」
頑張って訊ねると、詠子の顔はますます険しくなった。
「うん。あのね。…………合格だったんだよ」
「やっぱりそうだよね。失格に決まってる…………って、え?」
聞き間違いだろうか、と一瞬思った。
優吾と目を合わすと、優吾も「意味がわからない」といったように口をあんぐりと開いている。もしかしたら、聞き間違いでも何でもなく、詠子は「合格」と言ったのだろうか。
「合格……? え、嘘でしょ……?」
「本当に合格だよ。あたしも意味がわからないんだけどさ……」
思わず聞き返すと、詠子は苦い笑みを零す。
「行隆くんと優吾くん、これから時間大丈夫? ちゃんと話し合いたいなって思って」
詠子に困り顔で訊ねられると、行隆と優吾は何のためらいもなく頷いた。
誰もいない空き教室に集まり、行隆達四人は顔を合わせる。
目標にしていた最終選考に行けるというのに、表情は皆固いままだ。行隆も、予想外すぎる二次選考合格に頭がついていかない。
「あんなことがあったんだもん。あたし、てっきり不合格……それどころじゃなくて失格だと思ってた。すっかり諦めモードだったもん、あたし」
正直な気持ちを漏らす詠子に、行隆は頷く。
詠子の言う「あんなこと」とは、二次選考での戸羽子との会話だろう。マイクの効果を知っているはずなのにオーディションに参加した。不正行為をしていると戸羽子はしっかりと告げ、詠子達も否定しなかった。失格になって当たり前だろうと皆思っていたのだ。
「本当に、どうして合格しちゃったんだろうね。あのマネージャーは、マイクのことを誰にも話さなかったのかな……」
「……もしかして」
行隆の呟きに、優吾が何かひらめいたように顎に手を当てる。
「結局、マネージャーはマイクのことについて話そうとしなかった。俺達だけじゃなくて、審査員にも話せなかったんじゃないのか」
「そっか、なるほど……」
優吾の言葉に納得しつつも、行隆の心は痛んでいた。
そこまでマイクのことを話せないということは、やっぱり鈴葉があのマイクを使っているからではないのか。……と、どうしても思ってしまうのだ。
「えーこ。それで、最終選考は出るの?」
「それは……」
静乃が恐る恐る訊ねると、詠子の眉間にしわが寄った。
元々の目標は、最終選考に出ることだ。鈴葉と直接話をすることができる訳で、これでようやくもやもやが晴れるかも知れない。不正をしてまでここまで来たのは、鈴葉に真実を聞くのが目的だ。だから、結果オーライではある。
「うん。出るしかないよね。マイクのこともやっぱり気になるし」
詠子は、弱々しい声で答えを出した。
「でも、さ」
詠子は、行隆達の目をしっかりと見つめる。
「行隆くん達にはこれ以上迷惑をかけたくないよ。最終選考は一人で参加してもいいし、曲も鈴葉さんの楽曲に変えてもいい。オーディションに出たいって言い出したのはあたしなんだから、あたしが責任取らなきゃ。悪いことをしてここまで来ちゃったんだから、ここから先はあたしが背負うべきだと思うの!」
瑠璃色の瞳が、しっかりと行隆の姿を捉えていた。
あまりにも強い決意はあふれた言葉だと、行隆は思った。最初は確かに強がっていると思った。でも、詠子は本気でここから先は自分一人で背負う気持ちでいるのだ。戸惑いなんてまったくない、ハキハキした詠子の声が行隆の心に突き刺さる。
「……馬鹿なの」
「え?」
だからこそ行隆は、怒りに満ちていた。
詠子に対してなのか。自分自身に対してなのかはよくわからない。ただ、「あたし一人が背負うべき」だと強い意志で言われてしまった事実が行隆の心を苦しめていた。
「夢咲さんは馬鹿なのって言ってるんだよ! 本当に、たった一人の責任でここまで来たと思ってるの? ここまで一緒に来た僕達を何だと思ってるんだよ!」
どうしよう、止まらない。
心の奥底で焦りながらも、やっぱり言葉を止めることができなかった。
声を荒げることなんて、行隆にとって滅多にないことだ。反抗期ぐらいしか思い当たらないくらいなのに、どうして。自分でも意味がわからなかった。
「僕は、マイクの謎が知りたい、鈴葉さんの疑惑をどうにかしたいって本気で思った。それだけじゃないよ。アニソン歌手を目指す人が近くにいるのが嬉しくて、それで僕は夢咲さんについて来た! 僕は僕の意志でここまで来たんだ。何か文句あるっ?」
逆ギレである。
言い終わってから恥ずかしくなって、顔が赤くなったような気がする。少なくとも優吾は楽しげに「くくくっ」と笑みを零していた。
「……んんっ」
軽く咳払いをして、行隆はゆっくりと詠子の様子を窺う。
詠子は、瞬き多めに行隆を見つめ、口をポカンと開いていた。
「ええと、何か……ごめんね?」
「いや、僕の方こそ……。と、とにかく! 僕も興味本位で参加しちゃったから、最後まで付き合うよ。ねぇ、優吾?」
急に話を振ると、優吾は「ふっ」と吹き出した。
「ああ、悪い。あまりに見慣れない姿だったから、面白くてな」
「わかったから! で、優吾はどうなのって聞いてるんだよ」
ムキになって訊ねると、優吾は何でもないように答える。
「……まぁ、俺も面白がってたからな。今更身を引けねぇよ」
言いながら、優吾は楽しげに口元を緩める。
詠子は、行隆と優吾を交互に見つめてから、小さくため息を吐いた。
「結局、気を遣わせちゃっただけだったね。あたし、何やってんだろ……。せっかくここまで来たんだから、皆で頑張らなきゃ、ね」
「あ、あのね、えーこ……。私も、一緒にいるよ?」
「あはは、静乃もありがとう」
詠子の表情に、ようやく緩みが現れる。それでもまだ不安はあるのだろう。浮かべる笑みに力はないが、少しは落ち着いたようだ。
最終選考に出る、という結論に行隆の心は躍っていた。もちろん心配な点は色々あるし、後ろめたい気持ちもある。でも、これで終わりではないという事実が、行隆にとって嬉しくて仕方がなかった。
最終選考まではあと一ヶ月以上もある。焦って行動しても仕方がないということで、今日は解散することになった。
「静乃、帰ろうか」
「んー……ごめんえーこ。今日は用事があるの~」
「? そうなんだ。じゃあ、また明日ね」
首を傾げつつも、詠子は一足先に空き教室を出ていく。
行隆も元々は優吾と下校する予定だったため、静乃に手を振り去っていくつもりでいた。しかし、何故か静乃に制服の袖口を掴まれてしまう。
「話したいんだけど、良い?」
静乃にしては珍しく、真面目な顔で小首を傾げてくる。今まであまり静乃と接点がなかったため、行隆はまぬけな声で「へ?」と聞き返してしまう。
「……なんだお前。この前夢咲とデートしたと思ったら、今度は二江か?」
「デートじゃないよ、イベントに行っただけだよ! ていうか、誤解を生む発言はやめてくれないかなっ?」
優吾に茶化され、思った以上に動揺する行隆。
すると、静乃は再び首を傾げた。
「え、私ゆっきーのことなんとも思ってないよ? どちらかと言うとイケメンなゆうちゃんの方が良いと思います」
「顔を褒められてもなぁ……」
とか言いつつ、優吾の頬は朱色に染まり、口元はニヤニヤと緩んでいる。
「優吾。顔、顔。普通に喜んでるのバレバレだから」
「ふっ。……ま、邪魔者は去るとするか。またな、お二人さん」
素早く鞄を肩にかけ、振り向きもせずに去っていく優吾。
(何か、久々に格好つけてる優吾を見たな……)
唖然としつつも、行隆は優吾の後ろ姿を眺める。すると、再び袖口を引っ張られた。ついさっきまでおどけていたのに、また真剣な顔つきになっている。
「喫茶店にでも行こう。……良い?」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
頷きながらも、若干緊張している行隆の姿があった。当然のように、静乃と二人きりで話すのなんて初めてだ。それに、詠子の話によると静乃はアニメを観たりせず、オタク的なことには疎いらしい。ちゃんと話せるかな、という不安はあった。
「話を聞いてもらう分、奢るから安心して」
「いやいや、それは大丈夫だよ」
親指を突き立てて得意気に微笑む静乃を全力で否定しつつ、行隆は静乃とともに学校近くにある喫茶店へと向かった。
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