2-3 もやもやのライブ
午後二時になり、ライブパートもスタートした。
三十分前から待機していたため、予想よりも前の方で見ることができ、鈴葉の表情も見られる位置に立つことができた。
「瀬名川鈴葉です~。おぉ、さっき握手した人ばっかり。みんな、さっきぶりだね!」
鈴葉がステージに登場すると、行隆と詠子は手元に注目していた。
「ゆ、夢咲さん」
「……うん、普通のマイク、だね」
ペンライトを手に持ちながらも、行隆と詠子は小声で囁き合う。行隆の記憶が正しければ、学園祭でのミニライブの時は持ち手に天使が描かれたマイクを持っていたはずなのだ。でも、今鈴葉が持っているマイクは何も描かれていない普通のマイクだった。
「やっぱり、鈴葉さんはマイクを楽屋に忘れて……?」
考えると、頭が痛くなってくる。
せっかく楽しみにしていたライブなのに、鈴葉の話が右から左へと流れて行ってしまう。鈴葉は天使であり、女神だ。さっき、詠子とともに笑いながら褒め称えた言葉が頭の中に浮かび上がる。
鈴葉が歌声を偽る訳がない。あんなに優しい鈴葉が、自分達を裏切るようなことをするはずがない。信じたいからこそ、行隆は苦しくなった。
「短い時間だけど、盛り上がっていこうね! まずは一曲目。魔法少女マジックプリンセス後期OP曲、真実の
先程までの笑顔を一瞬でキリリとしたシリアスモードに変え、鈴葉は歌い始める。
――行隆のよく知る歌声が、耳元に響いた。普通のマイクになったから急激に下手になるとか、そんなことはまったくなかった。というか、CD音源よりも綺麗で力強く聞こえる。
(そうだよ、そうなんだよ。鈴葉さんがそんなインチキ、する訳ない)
自分に言い聞かせながら、行隆は鈴葉のステージに集中しようとした。でも、できなかった。嫌な妄想ばかりが頭をよぎってしまう。
鈴葉の歌声はいつも通りだけど、マイクは確かに学園祭のタイミングで変わってしまった。もしかして、今使っているマイクにも何か加工してあるのか。可能性がゼロという訳ではない。ああ、そんなの嫌だと、行隆の眉間にしわが寄る。隣の詠子も不安そうな顔のままペンライトを弱々しく振っていた。
本当に。
鈴葉のライブを心から楽しめないなんて、初めてだ。
早く真実が知りたい。
行隆は、鈴葉を見つめながら思いを深めるのだった。
***
気持ちは、詠子も同じだった。
ライブが終わり、詠子と駅で別れてから、すぐにメールが届いた。「凄く楽しかったけど、なんかもやもやしちゃうね。とにかく、早く二週間後にならないかなぁ」という内容だった。二週間後、一次選考の結果が出る。一次選考と二次選考に通らなければ、鈴葉に直接訊ねることはできない。その壁は、きっと物凄く厚いだろう。でも、とにかく一次選考に合格しなければ話にならないのだ。
鈴葉のことを色々考えてしまうからか、二週間は物凄く長く感じた。でも、ようやくその時が訪れた。
二週間後の休日。行隆の元に詠子からの着信が来た。詠子とはメールは時々するものの、電話をすることは滅多にない。「オーディションの結果だ」というのは時期的に明白だったため、行隆は緊張しつつ電話に出た。
「もしもし、夢咲さん?」
『もしもし、行隆くん。何の電話かはわかってるよね?』
「もちろんだよ」
詠子の声のトーンが低い。詠子はすでに結果を知っているはずだから、低くて冷たい声の正体は……もしかしたら。なんて、想像は嫌な方向へ向かっていってしまう。
「それで、どうだったの?」
『うん、実はね…………これから、見るところなの!』
「……へ?」
『だからもう心臓バクバクバクバクで、どうしよう行隆くん!』
「バクバクなのはわかったから、お、落ち着いて夢咲さん」
まさか、まだ結果を見ていないとは思わなかった。急に慌て出した詠子に驚きながらも、行隆は詠子のテンションにつられて声が裏返ってしまう。
『今、パソコンの前にいるの。で、「夢咲詠子様 アニソンスターズ選手権 一次選考結果のお知らせ」っていう件名のメールがあるの。クリックすれば結果が丸わかりだよ、行隆くん!』
「う、うん……でも別に、夢咲さん一人で見ても良かったのに」
『なんとなく行隆くんと同じタイミングで結果を知りたかったの。とにかく、ククククリック、してみるよ?』
「が、頑張って夢咲さん。クリックするだけだよ」
もしかしたら、詠子は一人で結果を見るのが怖くて行隆に電話をしてきたのかも知れない。想像以上に緊張している詠子の声を聞いて、行隆は察した。しかし、行隆もだんだんと緊張してきてしまう。もし落ちてしまったら、マイクの真実はわからず終いになってしまうのだろうか。こんなに好きな鈴葉のことを疑惑の目で見続けなければいけないのか。
そんなのは嫌だ。嫌だから、絶対に一次選考を突破しなくてはいけないのだ。
『……してた』
「え、何、何て言ったの夢咲さん?」
深く考え込んでしまっていたら、詠子の言葉を聞き逃してしまった。
詠子はいったい、何て言ったのだろう。
『合格、してた……』
「……っ!」
合格。詠子は今、合格と言った。今度こそ聞き逃さず、聞けた。
行隆は思わず、声も出さずに驚いてしまう。合格しなくてはいけないと、強く思いこんでいた。だから逆に落ちてしまうのではないか。なんて、不安に思ったりもした。
『行隆くーん? 聞こえてる? 一次選考、無事に合格したんだよ!』
「あ、うん。聞こえてる。聞こえてるよ!」
『あれ、反応薄い……。マイクを利用してる訳だし、一次選考通過は当たり前だと思ってた? まぁ、実際通らないと困るんだけど……』
「いやいやいや、嬉しいよ! これで真実に一歩近付いたね」
強く頷き、心底安心したような弾んだ声が耳元に響く。
確かにマイクを利用した結果ではあるけれど、実際に良い結果が出ると嬉しいものだ。行隆の作詞も評価の中の一つだと考えると、自然と笑みが零れる。
「次は二次選考だね。人前で歌うのは緊張するだろうけど、頑張って」
二次選考は、スタジオに行って審査員の前で歌うことになる。鈴葉はまだ審査に参加しないが、鈴葉によく曲を提供している作詞・作曲家や、鈴葉のマネージャーが参加するのだ。
『頑張るのは、行隆くんもでしょ?』
「う……っ」
鋭い詠子の言葉に、行隆は苦い顔になる。
二次選考には詠子だけではなく、行隆と優吾も参加して作詞・作曲の思いを語る必要があるらしい。公式ホームページにしっかりと書かれていたが、行隆としては頭の端っこに追いやっていた。作詞への想いはすでにまとめてあるが、それを大勢の人の前で発表するのは恥ずかしい。まぁ、優吾が隣にいるのならまだマシなのかも知れないが。
「僕は人前に出るタイプじゃないって……。だいたい、作詞と作曲はデビューに関係ないんだから別に発表とかしなくても……」
『あたしも頑張るから、行隆くんも頑張ろ?』
「そう言ってくれるのはありがたいけど、なかなかやる気が出ないよ……」
詠子が明るく声がかけてくれても、自分はこのザマだ。情けなくて、苦笑しか出てこない。そんな行隆とは裏腹に、詠子は非常にテンションが上がっているようだ。
『本当に、これから最終選考までいけるかも……!』
姿は見えないからわからないが、きっと詠子は瞳を輝かせているのだろう。詠子も詠子で、人前で歌うという緊張イベントがあるのに、声からは楽しさや嬉しさしか伝わってこない。
「僕も、頑張らなきゃな」
より一層苦笑を深めながら、行隆は呟く。
『ん、どうしたの? 頑張る気になった?』
「うん、まあね。それより、優吾にも連絡しなきゃ。優吾も二次選考に出場しなきゃいけない訳だし」
『そっか。あたしも静乃に報告しなくちゃ。それじゃあ行隆くん、またね』
見えないのに手を振ってから、詠子との通話を終える。
本当に、合格がわかってからの詠子は嬉しそうにしていた。真実に近付けたのだ、嬉しくない訳がない。行隆だって、「発表しなくてはならない」という事実を除いては嬉しくて仕方がないのだ。
「夢咲さんの足を引っ張らないように、僕も頑張ろう……」
こぶしを握り締めて決意を固めてから、行隆は優吾に結果を伝えるために電話をかける。優吾は発表することに対しまったく動揺を見せず、行隆の緊張はますます加速していくのだった。
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