1-4 動画撮影

 行隆が家に着いても、慌ただしい一日は終わらなかった。

 まず、作曲を頼むために友人の優吾に連絡すると、二つ返事で「ああ、作るよ」と了承してくれたのだ。事情を話すとさすがに驚いていたが、曲を作ることに関しては乗り気らしい。

 そのことを詠子に伝えると(初めて女子に電話をするため、若干緊張した)、表情が伝わってくる程に喜びを露わにしていた。詠子にどんな曲が良いのか訊ねると、「ファンタジー系のOP曲みたいな、格好良いの」とのことで、そのまま優吾に伝えると「ああ、了解」と、これまた二つ返事でオーケーしてくれたのだった。


 曲は二日後には完成し、今度は行隆が作詞をする番だ。想像以上に壮大で格好良いメロディーに、どんな詞を付けたら良いだろうと悩んでしまう。自ら「作詞をしてみたい」と言ったのはいいものの、いかんせん初めての作詞だ。詠子の意見を聞きつつ、五日程でようやく詞ができあがった。

 あとはもう、詠子の歌を入れれば完成だ。オーディションに応募するには、音源だけでなく歌っている姿の動画が必要になる。オーディションに応募するためなら音楽室を使わせてもらえるだろうと思ったのだが、音楽室は普段吹奏楽部が使っている。休日の午前中なら、ということだったため、行隆と詠子は静乃と優吾にも付き合ってもらい、土曜日の午前十時に音楽室で映像を撮ることになった。


 と、いうことで。行隆は今休日の学校内を歩いている。何の部活にも入っていない行隆にとって、休日に学校にいるのが不思議な感覚だった。


「……で、応募の締め切りまではどのくらいなんだ?」


 行隆の隣を歩き、訊ねてくるのは行隆の幼馴染で友人の優吾だ。行隆よりも長身で、薄墨色のツンツンヘアーの短髪。前髪は左目が隠れそうな程に長い。厨二病、とまでは言わないが、昔からファンタジーなどの格好良い世界観の作品が好きで憧れている。音楽アニメを観てギターを弾き始めて、今では作曲ができる程に技術を上げている――という、なんとも高スペックな奴だ。本人は気付いていないが、クラスメイトの女子から時々「格好良い……」という声を聞く。長身でイケメン、且つギターも弾ければそりゃあモテて当然である。


「優吾、それくらいのことは調べてると思ってたよ……。明後日だよ、締め切り」

「おう、ギリギリだな」

「まだ余裕があるって思ってたら、案外駄目だったね。……うん、僕の作詞に時間をかけすぎたよ……」

「ま、今日録画したら応募できるんだし、大丈夫だろ」


 言いながら、優吾は行隆の肩を強めに叩き、うっすらと笑う。昔はもっと茶化したりするタイプだったのだが、アニメの影響かクールを気取るようになっている。今ではもうこれが素の性格になっていて、幼馴染みの行隆も自然に受け入れるようになった。


「入るぞ、行隆。丁度十時だ、二人とももういるかもな」

「あ、うん、そうだね」


 優吾は二人――詠子と静乃とはこれで初対面だ。しかし、優吾はさも当然のように冷静で、行隆としては「ほえー、凄いなー」なんてアホ丸出しの感想を抱いてしまう。初めて詠子と二人きりで話した時のことを思い出し、行隆は思わず苦い顔になる。


「あれ、行隆くんどうしたの。体調でも悪い?」


 気付けば音楽室の中へ入っていたようで、詠子に不安げな顔をされてしまった。これから動画を撮るというのに動揺させてどうする。焦った行隆は激しく首を横に振った。


「いやいやいや、なんでもないですよ?」

「もー、行隆くんまた敬語。少しでも時間が空くとすぐに他人行儀になっちゃうんだからさー」

「ご、ごめん……っと、二人とも紹介するよ、この人が作曲してくれた優吾」


 優吾は無言のまま小さくお辞儀をする。

 詠子はじっと見つめてから頭を下げ、静乃は何故か行隆と優吾を交互に見ていた。


「並木優吾だ。……よろしく」

「失礼ながら、お二人は本当にお友達で?」


 楽しそうに微笑みながら、静乃が訊ねてくる。


「本当に失礼な質問だなあ! いや、言いたいことはわかるけど……背も高いし、なんか色々差はあるけど……けど……」

「いや、ゆっきーは大丈夫。可愛いから」


 ぐっ、と親指を突き出して微笑む静乃。全然励ましになってなくて、行隆からは乾いた笑いしか出ない。静乃と顔を合わせるのは久しぶりだが、相変わらず不思議な空気感の人だと思った。隣の優吾も、言葉が出ないようで動きを止めている。戸惑っているのだろう。


「ええっと、あたしは夢咲詠子。事情は……知ってるんだよね。優吾くん、付き合ってくれてありがとうね」

「あ、ああ……」


 生返事をしつつ、優吾は何故か静乃をじっと見つめたまま逸らさなかった。行隆が頭の中にクエスチョンマークを作っていると、優吾はますます行隆を混乱させる言葉を漏らした。


「なんだこのちんちくりん。可愛いな」


 静乃を指差しながら、優吾は呟く。

 静乃は不満そうに唇を尖らせ、詠子は苦笑していた――が、行隆は二人とはまったく違う反応をした。優吾が。あの優吾が。剣や魔法のファンタジー世界に憧れる優吾が。格好良いものを求めて音楽を始めた優吾が。「可愛い」なんて単語を全然発したことのない優吾が。

 可愛い、なんて言葉を漏らすなんて。

 驚きすぎて、衝撃すぎて、顎が外れるかと思った。


「どうしたの優吾、熱でもある?」

「お前こそなんだその珍獣を見るような目は。別に普通の反応をしただけだぞ。あまりにも滑稽な人物が現れちまったもんだから、な……」


 遠い目をしつつ、微笑を浮かべる優吾。


「……ほほぅ。そこまで言われると逆に褒められたようなもの……まったく、最初から素直になれば良いものを」

「キャラ作りしてるのかってくらいポジティブだな……」

「うっ」


 一瞬だけ、静乃の表情が曇った気がした。しかし、行隆が「どうしたの?」と訊ねようと思った時には笑顔が輝きを増していた。


「なかなか手強い人……だからこそ私はあなたを「ゆうちゃん」と呼ぶことを決めました。よろしく~」

「ゆ、ゆうちゃん……だと……」


 項垂れる優吾を横目に、未だに動揺を隠せない行隆。

 まさか、優吾をちゃん付けする人物が現れるとは。

 なんやかんや優吾も楽しそうだし、人生どんな化学反応が起こるかわからないな、とひっそり思う行隆だった。


 こうして、和やかな(?)雰囲気の中、歌の録音はスタートした。

 曲のタイトルは「ビギニングゲート」。始まりの扉という意味で、ファンタジー世界で冒険が始まるイメージで行隆が作詞をした。優吾の作った曲がロックテイストであまりにも格好良く、逆に焦ったものだ。果たして、優吾の作曲に見合う詞が書けたのだろうか。不安ではあるが、詠子に初めて曲を聴かせた時には「凄い……これが、あたしの曲になるんだ……凄すぎるよ」と、涙を流す勢いで感動していた。まぁ、主にメロディーに対する感想なのだが、それでも嬉しくなったものだ。


 撮影は一発オーケーだった。歌声をマイクに頼っているとはいえ、堂々と歌い切る詠子の姿には驚きを隠せない。歌っていて、心から楽しいと思えている。見ているだけで詠子の気持ちが伝わってくるようで、行隆は妙な満足感に満たされた。

 きっと、合格するだろう。最終選考までいって、鈴葉に真実を訊ねられるだろう。その後も詠子はアニソン歌手を目指し続けて、行隆は――その姿を隣で見ていたい。

いつか本当にオーディションに合格する詠子の姿を、行隆は見たいと強く思った。


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