【1巻/第五話】第五話 ヤマタノオロチ、いただきます その6


    6


 八つの首をうごめかす怪物のもとに、一つの黒い影が走り寄る。それに最初に気付いたのは、銀髪の騎士。十人のヤシギのうちの一人が、すぐさまリコを怒鳴りつけた。

「あんた、どこに行ってたんだい! こんな化け物を放っておいて、一息つく暇でもあったのかい!」

 すると今度は、たこがたせんしやの中から、同じくいらちに満ちたカクタスの声が飛んでくる。

「リコ! おめえ、さっさとこいつをどうにかしろ! こっちはなけなしの燃料使って動かしてんだぞ!」

 そして、おまけに《漁師ピスカトール》が、

「おや、てっきり見捨てられたのかと思いましたよ」

 とニコリ。それぞれ襲い掛かるウナギをいなしながらの小言である。あんたたちも同じくらい化け物だろう、と内心つぶやきながら、リコは叫び返した。

「まあ、悪かったって! それより、よーく聞いてくれ! このウナギは切っても切れない身体からだを持ってる! だから、もうこの際、しよう!」

 リコの言葉に《漁師ピスカトール》の表情が変わる。すぐに言わんとすることを察したのだろう。もりを構えて、既に準備の態勢に入る。一方、ヤシギとカクタスは「「なんだそりゃ!」」と息の合った質問を投げてきた。

身体からだを傷付けずに、脳死状態にするんだ! そうすれば動きも止まる! 頭に腕でも剣でもぶっ刺して、脳みそをかき混ぜればいい! 切るんじゃなくて刺すんだったら、厚い皮も関係ないだろ! ただ、PACがあるから、刺したらしばらくはそのまんま放置してくれ! 抜いたら駄目だからな!」

 さすがくぐけた戦場の数が違う。リコが全てを言い終わる前に、カクタスもヤシギもき締めの態勢に入っていた。カクタスは二本の脚で身体からだを支え、三本の脚でウナギの首を三つつかむ。残った三本は脳天にロックオン。ヤシギは十人とも一度距離をとると、切っ先を水平にして突きの構え。これで、準備は完了である。

「よしっ! いくぞっ!」

 リコは痛覚ドラッグを足に打ち、短く息を吐いた。びりびりと全身に引き裂かれるような痛みが走る。まるで、緊張で鳴り響く心臓の膨らみにさえ、痛みが存在するかのよう。しかし、リコは歯を食いしばり地面を蹴った。一本の首にまたがると、思い切り足に力を籠め、木刀を高く構える。下半身に触れる粘液がたちまち感覚をむしばむが、それでも一声、叫んだ。


「──せーのっ!」


 《漁師ピスカトール》のもりが、カクタスの腕が、ヤシギの長剣が、ウナギの脳髄に突き刺さる。

 魚の鮮度を長持ちさせるためのめ。脳を破壊された瞬間、魚はだらりと全身の力を失うのだが、

「あっ」

 一つの首だけ、失敗である。それは号令をかけた張本人。痛覚ドラッグも、絞める覚悟もばっちりキマっていたはずなのに、やはり得物の相性が良くないらしい。ウナギの頭蓋骨に木刀ははじかれ、足からぬるりと首が抜ける。

「えっ」

 そして地面に墜落した次の瞬間、すかさずウナギがリコをぱくり。丸飲みである。

「「「……」」」

 他の三人も思わず動きが固まり、遠方ではルアンが目を見開き、ウカは悲鳴を上げた。

「リコちゃんっ!」

 それを見ていた全ての者が思わず息をのみ、一瞬、《わにづら》は水を打ったように静まり返る。ただ、ウナギだけが鎌首をもたげ、その巨大な瞳で周囲をへいげいした。遅れて、カクタスとヤシギが攻撃態勢に入ろうとするが、しかし、不意にずぶりと現れる一本の

「「「……は?」」」

 ごく間近にいた三人の目には、その正体がはっきりと映る。それはもちろん、角ではない。ウナギの頭から伸びるのは、赤い血に染まったである。やがて鎌首は大きくけいれんすると、大地を揺らして倒れ伏した。

 やがて、もそもそとウナギの首が開いたかと思うと、まみれの娘が現れる。

「くっそ、なんだこの血……めっちゃピリピリするぞ……」

 髪の毛を汚す血を搾り取り、顔を拭い、それからようやくリコは周囲に気付く。

「……え? なに? どうしたの? オレ、別に死んでないよ?」

 その声が《わにづら》中に届くはずはないのだが、しかし彼女がそう言ったと皆が分かったのだろう。まるで息を合わせたかのように、深いいきが港に響き渡る。ウカはまっすぐ走り寄ってくると、思い切りリコを抱きしめた。

「もう、なんなの! すっごく心臓に悪かったよっ!」

「ウカは心臓ないだろ」

「そういうことじゃなーい!」

 リコ当人は本当に動揺などしていないようだった。ウナギに食われた瞬間、身体からだの内側からなら脳みそを突き破れるかもしれないと考え、即実行。幸い、歯が引っかかってできた擦り傷くらいしかはなかった。

 それからリコは《漁師ピスカトール》の方に向き直ると、にやりと笑い、

「なあ、楽しかっただろ! みんなで捕まえるのも悪くないと思わないか?」

 すると彼は困ったように笑みを浮かべ──いや、おそらくはその時こそ心からの当惑に苦笑をしながら、こう答えたのである。

「ええ……まったく。実に面白い」

 リコは満足そうにうなずき返し、それから帰ろうとしていた十人のヤシギに向かって声をかけた。

「おーい、なんでもう終わったみたいな顔してんだよ」

「……実際、もう終わっただろう」

「はあ? まだウナギをさばくっていう大仕事があるんだぞ? でっかい刃物を使えるあんたがいなくて、どうすんだよ」

「……あんたたち、ほんとあたしを誰だと思ってんのかね……」

「それを知るために、これから一緒に飯を食うんじゃん」

「──」

 まるで、どこかで聞いたような言葉である。機械けの娘と人間の娘、二人がこうも当然のように通じ合うさまに、さすがのヤシギも白旗らしい。

「……やるんだったら、さっさとしておくれ。もう昼飯時は近いよ」

 その返答にリコとウカは目を合わせ、それから何かを確かめるように、もう一度静かに抱きしめ合ったのだった。

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