【1巻/第五話】第五話 ヤマタノオロチ、いただきます その7
7
その日、《
まずは脳を潰したウナギの下処理である。最初に首を落とし、再生が始まる前に血抜きをする。血液がなくなれば、PACの効果は消えたも同然。八又の分岐点で胴体を切り分け、それぞれを三枚に下ろす。とはいっても、それだけで重労働である。カクタスの戦車が半身を持ち上げつつ、骨と身の間にヤシギが長剣を滑らせた。
ウカと《
材料集めに限らず、鰻のかば焼きを作るための燃料を募集したところ、《
鰻の串は鉄パイプ。カクタスを中心になんとか串打ちを終え、いよいよ太陽が天高く昇る頃、焼きが始まった。大きさは一つの串で一畳ほど、厚さは三十センチ弱もある。ウカの号令のもと、それをひっくり返せ、これにタレを
出来上がったら熱々のうちに切り分けて、訪れる客に配ってゆく。一度
やがて《
そして、結局リコが鰻の焼きから解放されたのは、客もほとんどいなくなった昼遅く。ヤマタノオロチとの戦いよりも、かば焼きづくりの方がよっぽど
「──リコちゃん、お疲れ様」
隣に座ったのは、白いエプロンを
「はい、こっちの大きいのがリコちゃんの分ね」
「……ここまで大きいと、やっぱりウナギに見えないな」
包み紙から軽く
「いただきます」
「召し上がれ」
もう、空腹は最高潮に達していた。リコは思い切り口を開いて、ガブリ。たちまち
「おいし──────────いっ!」
リコは
「身がふわっふわで、外はパリッパリ! 脂がたっぷりなのに、全然飽きない! それにさ、
「それ、
「え」
「たぶんね、《
「……すごいな。完璧な味のバランスだぞ」
「それはもちろん腕がいいから……って言いたいところだけれど、今回ばかりは運がよかったね。皆の協力がなかったら、こんなにおいしくできなかったし。──あ、ただ、他の人の鰻よりも、この鰻の方が
「……どういう意味だ?」
「ヤマタノオロチって八つの首があったけれど、よく見たら四つだけ婚姻色だったの。産卵のために成熟した、一番おいしい状態ってことね」
「子供のウナギと、大人のウナギが一緒になっていたってことか? しかも、それが同じ個体なんだよな。意味が分からない」
「まあ、確かにどうしてあんな形になったかは分からないけど、《
「ほんと、人間なんかより、よっぽどしぶといよな」
リコは感心すると共に、またガブリ。この
木刀を弾く肉厚な皮はさすがに
リコは再び鰻に食らいつき、二人はしばらく黙って昼食を楽しんだ。内海の静かな波間は、ほんの少し前まで巨大な怪物が暴れまわっていた場所とは到底思えない。桟橋の脚を
すっかりウナギを食べ終えたリコがふと隣を見ると、ウカは海を見つめたまま、なぜか小さく
「……どうしたんだよ。
「え? そうかな」
「すごく、幸せそうな顔してるよ」
「まあ……うん……そうかも」
「求めていたウナギの味は、
「ちょっと多すぎるくらいね」
「でも、ほんと
「そう、それ、楽しかった」
「……朝はどうなることかと思ってたけどな」
「わたしは、こうなると思ってたよ?」
「さすが、《
「そうです。わたしが《
えっへん、とウカが肩をそびやかすと、リコは穏やかに笑って返す。それは昨日までと同じような会話のようでいて、たぶん、全く違う穏やかさに満ちている。
「……今日、帰ったら《
「そりゃ、するに決まってるよ。沢山のお客さんが待ってくれてるんだもの」
「そうだけどさー」
「なあに?
「いや、なんというか、もう少しこの感じを味わっていたいなあって……」
「えー、どうして? 別に、これからはいつでも味わえると思うけど。わたしとリコちゃんが一緒にご飯を食べたら、たぶん、何度でも味わえるよ」
「……そっか」
「うん、絶対に」
ウカが
「ウカと、もっと話したいことがあるんだ」
「……たとえば?」
「うーん……わかんないけど」
「なにそれ」
「話したいって気持ちがあるというか……。ずっとこうしていたいって感じなんだよ」
「……そっか」
「わかるだろ?」
「うん」
「だよな」
「うん」
二人は再び静かに海を眺めている。ウカはふと、その
そのことをリコはまだ知らない。
だから、それほど遠くない食卓のひと時に、話してあげようとウカは思う。
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