【1巻/第五話】第五話 ヤマタノオロチ、いただきます その4
4
果たして、毒もみ漁法とは何だったのか。五十メートルほどの八つの首は激しくのたうち回り、港には荒々しい波が押し寄せた。それは
すると、今度は港の端から音もなく一本の棒が飛来する。三メートルほどの鉄製の
「見ろ! 《
これで、もはや逃げる術はない──と思いきや、あっという間に一本目の
「……PACか……」
リコは渡り竜と
「首が沢山あるのも、PACが過剰に再生した証拠かなー? 中々死ななそう」
ウカは
「というか、なんであれは顔を水面から出しても大丈夫なんだ? いくら見た目が怪物でも
「ウナギは皮膚呼吸ができるから、乾かなければ陸でも生きられるよ。それに
「……《
「うーん、そうだね……確かに、ちょっと予定外の展開かもしれないけど……」
「……な、なんだよ、その
「いや、何も? ただ、ヤマタノオロチがウナギだって分かった以上、ますます食べてみたいなあって」
「……それって、つまり……」
「リコちゃんが捕まえてくれても、いいんだよ?」
相変わらず、文句のつけようがない笑顔である。ウカの満面の笑みを見てしまえば、リコに抵抗の意志など残されているはずもなかった。その上今日に限っては、それがちょっと
「……わかったよ。手伝ってくる。ウカはもう少し上の方に避難したほうがいいぞ」
「ありがと!」
ウカの軽い抱擁で送り出され、リコは木刀を片手にヤマタノオロチへと向かっていった。既に鯨の半分ほどが平らげられ、ウナギの酔いは最高潮に達している。《
「なんだよ、もう降参か?」
リコが隣に立とうとも、視線は獲物にぴたりと張り付いたまま。気に
「ちょっと次の手を考えあぐねていてね。ここまで大きいとは思っていなかったよ。
「普通に網とか用意してないのかよ」
「もちろん網はあるけれど、問題はその後だろう。本当は、一本ずつ首を落として、PACを全部使い切らせるつもりだったんだけど、あれだけ暴れていたらどうしようもない。一本首を斬る間に、別の七本に食べられてしまうよ」
「ふーん」
「……」
「なあ、ところで一つ聞きたいんだけどさ」
「なんだい」
「あんたは、いつも一人で漁をやってるわけ?」
その問いに、《
「いや、漁って必ずしも一人でやるもんじゃないだろ。というか、大勢でやる漁なんていくらでもあるわけで、そういうものには関心がないのかって」
「それは……」
「一人だけで全て知ったような気になっているんだとしたら、それって傲慢だろ? 人間の知恵も、歴史も、たった一人じゃ生まれなかった。賢いあんたなら、それくらいのこと分かるだろうけどさ」
「……」
「だからさ、オレたちと一緒にあれを捕まえようぜ」
「……え?」
《
「おーい! カクタス! 手伝ってくれよ! ヤマタノオロチの首三本! よろしくな!」
すると《
「はああああああああああああああああ? ふざけんな! 俺がどうして──」
しかしリコは聞く耳を持たず、《
「ほら、あいつも手伝ってくれるって」
「……全然そうには見えないけどね」
「まあ、大丈夫だよ。カクタスは損得勘定で動くんだ。自分たちに被害があると思えば、動かざるを得ない」
「被害……?」
「いや、ほら」
リコの視線の先にいるのは、鯨を骨の髄まで食べつくしたヤマタノオロチ。ふらふらと八つの首を揺らす大ウナギは、海に戻るどころか岩壁に向かって陸地を
「《
ゆっくりと迫りくる巨大なウナギ。リコは痛覚ドラッグを打ち、木刀を握り直した。その様を見て、《
「君、無茶苦茶だね」
「そうか? あんただって、好奇心でこんなやつをおびき寄せるんだから、無茶苦茶だろ」
「でも、それは自分のためだからね。君とは違う」
「はあ? オレだって自分のためだよ。ウカを喜ばせたいから、ウカを喜ばせることがオレにとっての一番だから、無茶をするんだよ」
「……なるほどね」
《
一方、リコは苦戦を強いられた。痛覚ドラッグで拡張した反射神経でなんとか攻撃は
「……ってか、これ、毒じゃねえか!」
当然、粘液には海水に含まれた
そしてある時、とうとうリコは
「あ……」
その瞬間、ヤマタノオロチの一本の首が襲い掛かる。
──ドンッ。
重たい破裂音と共に、目前のウナギの首が横に吹き飛ぶ。すかさず別の首が代わりに襲い掛かるが、今度はリコの
「ルアン!」
「……近くで大声出さないでもらえますか、耳が壊れます」
吹き飛んだリコをルアンが受け止めたのである。慌てて彼の腕から降りようとするも、
「なんとも無様ですね。ウナギ一匹に苦戦するなんて」
「うっせーな! もう放せよ!」
「分かりました」
ルアンがぱっと腕を開き、リコはそのまま地面に腰を打ち付ける。涙目になりながら立ち上がろうとすると、
「……さっきの銃声は、お前のか」
「ええ。いつものように《
「オレは足止めしてたんだよ! あ、そうだ! 《
慌ててヤマタノオロチの方へと視線を投げると、リコが相手をしていた四本の首は今や一匹の蛸と戦っていた。
「カクタス、間に合ったのか。……というか、カクタスがお前にオレを投げてよこしたのか?」
「そうですよ。……しかし、久しぶりに見ましたね。彼の戦車は」
いつもは機工体の八本脚を扱うカクタスだが、それはそもそも、戦時のための練習に他ならない。戦場に立つ彼が乗り込むのは、
しかし、リコがそれに見とれている余裕などなかった。ルアンはリコの手を
「あなたもいい加減、ボケっとしている場合じゃないでしょう。いくらカクタスさんといえど、今の彼は十分な装備だとは言えません。あの戦車も、《
「でも、オレとウナギは相性が」
「口を動かす暇があったら、頭と手を動かすべきです。言っておきますが、私はあなた方のようにあれを食材ではなく、ただの治安
「それは待ってくれ! あれはちゃんと捕まえるから! ……ああ、くそっ!」
リコは思い切り自分の頰を両手で
「──ルアン! 助けてくれて、ありがとなっ!」
その無邪気な笑みに虚を突かれたのか、一瞬の間を置いてルアンは小さな苦笑を漏らす。
「あなたには
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