【1巻/第四話】四川風、預言者殺人未遂事件 その2
2
しかし
「……どうして、こんなことに……」
リコの口から
「どうしても何も、容疑者なんだから。疑いを晴らすためには真犯人を見つける以外ないよ」
「いや、だからオレはそもそも無実だっての! なんでこんな夜中に、マフィアの隠れ家に行かなきゃならないんだよ!」
「……リコちゃん、悪人は皆、自分を無実だって言うんだよ?」
「神妙な顔して紛らわしいこと言うな!
「だって
「同居人の危機だろうがっ! 第一、オレが何もしてないことはウカが一番知ってるだろ?」
「うーん……でも、ほら、最近《
「やめろやめろっ! ウカまでオレを
リコが怨念を込めてヤシギに目を向けると、彼女は「まあね」と首肯した。
「息があるのは確かだね。数時間意識がないこと以外、異常は見当たらない」
「なら別にいいじゃんか……」
「いや、困るんだよ。
「もはやただの奴隷じゃん! 悪人はどっちだよ!」
「単なる労働契約さ。何不自由ない暮らしをさせてやってるんだ。向こうも本望だろう。それなのにまったく……工場の件だけでも示しがつかないこの時期に、困ったもんだよ」
それからヤシギは不意にポケットから赤と白の渦巻きが描かれたキャンディーを取り出すと、ペロペロするどころか、バキバキと音を立てて嚙み砕き始めた。リムジンの閉鎖された空間に、不穏な音が反響する。
「それでカンナは……何をやってたんだ? あいつは元々腕のいい技師だったけど、オカルトはてんで信じちゃいなかったぞ」
「オカルトじゃないさ。預言だって言ってるだろう。……まあ、予測って言った方がいいのかもしれないけどね」
「予測……?」
「じきに分かるさ。あの子の可能性に気付かなかった
リコたちを乗せたリムジンはスコピュルスの北東に向けて土煙を上げて猛進した。
断崖に巣をつくる
車から降ろされ、リコたちが案内されたのは《フェザ》が受け持つ区域だった。直接の配下だけではなく、《フェザ》に上納金を納めている者が
しかし、ある時ヤシギが指を鳴らすと、背後に控えていた部下がリコとウカの首に一本の薬剤を打ち込んだ。
「……な、何しやがった」
「カンナがいる場所は機密でね。道を覚えられると困るから、海馬の場所細胞を一時的に抑制させてもらった。これから数分の間の記憶は、あんたたちの頭にどうやっても定着しないよ」
「目隠しすりゃいい話だろうが! わざわざ物騒なもん使いやがって!」
「
「……」
それからどんな言葉を交わしたのか。リコが気付いた時には既に場所が変わっていて、周囲は明るく、清潔感に満ちた白壁に囲まれていた。いまだ文明が滅びる前の、「素晴らしき22世紀」。ひび割れた床も、壁を覆う
「おはよう、もうそろそろ頭がはっきりしてきただろう。その扉の向こうに、お待ちかねのカンナがいるよ」
食べかけのキャンディーを
「開けてくれ」
リコの言葉で、ヤシギが首を縦に振る。すると近くにいた部下が長剣を抜き放ち、ウカの首筋に刃を添えた。
「お、おい! それはどういうことだよ、ヤシギ!」
「もしかしたら、こうやってカンナに近づいて、あんたがとどめを刺しに来たという可能性もあるだろう。もし妙な
「オレは真犯人を
「知ったことかい。変な
バキバキとキャンディーを
「……分かったよ」
「……このケーブルは……」
「
「……予測ってのはつまり……カンナの脳を、計算装置として使ってるってことか」
「いつかは壊れる機械より、いつでも治る生き物の方が便利だろう」
「……」
リコは机の下に、大量のPACが積まれていることに気が付いた。カンナの腕には既に点滴の針が通じている。確かにこれなら、ネット接続で頭がショートしても決して死ぬことはない。
「……こんなんで、オレがどうやって殺すっていうんだよ」
「毒なら可能だろう」
「でも、そんなの見つかってないんだろ?」
「そうだね。脈も安定、
「……あのさ、そもそもオレの名前を
「向こうであんたの同居人に刀を突き付けている男以外、ここに立ち入ったやつはいないよ」
「じゃあ、あいつが──」
「第一発見者で、カンナの世話係をしているやつだ。そりゃ、最初によくよく取り調べたさ。告白強制剤も使って裏は取った。あいつは白だよ」
「……オレたちにそんな薬使ってみろ。ただじゃおかないぞ」
「使うだなんて言ってないだろう。まだ、その時じゃないさ」
ヤシギの冷徹な
「血液検査はしたのか?」
「言われるまでもない。異常値は一つもなかった。健康そのものだよ」
「けど、カンナは元々──」
「薬物も検出されてない」
「え……? あのカンナがドラッグを手放したのか?」
「このヘビージャンキーを《フェザ》に引き入れる時点で、一切手を引かせたよ。随分苦労したが、離脱症状もない。今だって、ここに持ち運べるものは全て検査済みだ。薬物はないよ」
「……」
「あたしたちはね、この娘が健康的に生きられる環境を用意してやったんだ。むしろ《シード》にいた頃は一日中錯乱状態だったって言うじゃないか」
「健康的、ね……」
ヤシギの言葉に、リコは思わず顔をしかめてしまう。リコの知っているカンナは、おしゃべり好きで陽気な少女である。《シード》において珍しい女のメンバーで、
しかし、ヤシギはリコの考えを見透かしたように、首を横に振る。
「あんたは、これじゃカンナが
「思って悪いか」
「じゃあ聞くけれど、この子が絶えずアクセスしている、ネットがどういう世界か、知ってるかい」
「……カンナは……宇宙みたいなもんだって言ってた」
「そう、こんなちっぽけで、荒れ果てた地上よりもよっぽど広大なのさ。かつて情報社会の黄金期に蓄えられたネットの宝物庫には、誰も知らない世界がいくらでも眠っている。大戦中にかなりのデータが秘匿化されたとはいえ、ひとたび門をくぐれば、もうその世界はそいつのもんさ。《採掘屋》はあんたなんかよりも、ずっと自由に生きてるんだよ。……聞いてみたらいいじゃないか、あんたの同居人も、ネットにアクセスできる人種だろう?」
思わず部屋の外に目をやると、剣で脅されたままのウカと視線が合う。肝が据わっているのか、あるいは考えるのをやめたのか、彼女はにこりと天使の微笑を向けてきた。リコは苦笑を返し、ヤシギに向き直る。
「……そういえば、食事はどうしてるんだよ。毒とか使うなら、そこが一番怪しいだろ」
「カンナの食べたいものを作らせてる。言われた食材を買ってくるんだ。そこにキッチンがあるじゃないか」
ヤシギの言う通り、部屋に隣接するキッチンは確かに人に使われている様子があった。冷蔵庫にもきちんと食材が入っていて、本当にカンナが料理をしているように見える。しかし、リコの脳裏に浮かび上がるのは、カクタスの書斎から大量のフライドポテトを盗み出し、それを食料としていたかつてのカンナである。まさか、薬物治療で健康に目覚めたとでも?
「なあ、ちょっとウカに見てもらってもいいか?
リコがそう願い出ると、ウカが部屋に入ってくる。彼女は一瞬、
「特に変わった点は見当たらないかな。多分だけど、中華系──それも四川の料理をよく作っていたんだと思う」
「……四川? なんか、聞いたことある気がする……」
「《シード》の母体となった中華連邦の中央部にある地域のことだよ。
「ど、どうした?」
「ねえ! これすごいよっ! この
飽くなき探究心に駆られる《
「確か……『《鰐面》の案山子』と呼ばれていたような……」
「「──え?」」
重なったのは、リコとウカの声である。二人は目を見合わせ、そしてすぐさま同じ結論に至ったらしい。リコは大きな
「カンナの意識を奪ったのは、そいつだよ」
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