【1巻/第四話】四川風、預言者殺人未遂事件 その1
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「いやぁ、見ものだったぜ、リコ。あの
「そうそう、《
「それで?」
「だからもう、とにかく実験だよ! 硫酸マグネシウムだの、塩化カリウムだの、
「そうは言っても、お前が苦労したわけじゃねえだろ。聞いた話じゃ、《
「……ま、まあ……それでも! オレだって色々頑張ったんだぞ! 豆腐を作ってたら、ウカが
「そんな都合の良いもん、よく見つけたな」
「まあ……結局見つからなかったから、リブラリウスの
逆さまの瓶から黄金色の液体が、ごくりごくりとリコののどを流れてゆく。床に並んだ空き瓶は二桁の大台に乗っていた。ウカは
「……ところで、カクタスさん、一つ聞いてもいい?」
ふと声を上げたウカに、リコがぴくりと耳を立てる。カクタスもまた機械
「なんだ、どうした」
「今回の会食は違法PAC工場の接収に、《
《アラカワ》一帯を支配するカクタスがわざわざ《
するとリコが幾分かぼんやりとした
「オレも気になってたんだよな……竜に食われた死骸を見た限りじゃ、大した装備も持ってなかったし、名もないゴロツキかと思ったけどさ。やっぱりPACの生産工場を作れる技術なんてすごいもんだよ」
リコとウカに見つめられ、答えを迫られるカクタス。彼はビール瓶を
「……《フェザ》だ」
その瞬間、ウカは聞きなれぬ言葉にきょとんとし、リコはたちまち怒声を放つ。
「はあああああ? 真面目に言ってんのか!」
「
カクタスは新しいビール瓶の栓を開けると、なだめるようにリコの方へ差し出すが、彼女はそれを受け取り五秒で飲み干した挙句、さらに声を荒げた。
「ふざけんなっ! どうして今まで黙ってたんだよ! いくらあんたの依頼でも相手が《フェザ》だと分かってたら、話は別だ!」
「だから黙ってたんだ」
「お、ま、え、なあ─────!」
リコがカクタスの首に
「ちょっと、リコちゃん、落ち着いて! ……元々、リコちゃんが酔っぱらって引き受けたのが悪いんでしょ? 違う?」
「でもさあ……!」
「その《フェザ》っていうのは、どうして駄目なの? そんなに危ない相手なの?」
「いや、危ないっていうか……めんどくさいんだよ! 仲間をやられたら絶対に報復してくるし、金で交渉しようとしても、きっぱり断ってくる。こっちが何をしようと、絶対に正面から戦おうとするんだよ!」
「……すごく、いい人たちに聞こえるけど」
「だから面倒なんだって! 賄賂も買収も闇討ちもやる《シード》とは、月とスッポンなの!」
「……リコちゃんはどっちの味方なの……」
とりあえず大いに叫んですっきりしたらしく、リコは椅子に腰を下ろす。ウカは
「……何か因縁でもあるの?」
「まあな。リコが《シード》で働き始めた頃、《フェザ》との大きな抗争があったんだよ。オレたちは《
「──あ、それって、ルアンさんも参加したっていう」
「あー、そういや、あいつもいたな。それだよ、それ」
「確かリコちゃんは、アフリカンマフィアと戦ったって言ってたけど」
「《フェザ》がそのアフリカンマフィアだ。……しかも、美と高潔を旗印に掲げる、な」
「美と高潔……?」
「汚いことはやらねえと自称してんのさ。けどよ、《フェザ》はスコピュルスでも三本指に入るマフィアだ。あいつらはバックに《
カクタスはまるで《フェザ》の話で口が汚れたとでもいうように、消毒代わりのビールを流し込む。すると、今度はリコが小首を
「……でもさ、竜に食われたやつらは本当に《フェザ》なのか? アフリカ系の顔には見えなかったし、第一、
「なあに? 《フェザ》の人って、何か特徴があるの?」
「ウカだって一目見りゃ、すぐに分かるよ。なんていうか、こうビシッと──」
リコが《フェザ》の服装について話そうとした、まさにその時。《
静まり返った食堂に
「……ほら、あんな感じ」
「……なるほど」
それからふと人垣が割れ、黒のエナメルパンプスを高らかに鳴らしながら、一人の女が現れた。
「──こんばんは、《シード》の皆さん」
この女、名をヤシギと言う。《フェザ》北東部を取り仕切る、美しき首領。
「《アラカワ》の
《フェザ》の突然の襲来に、《シード》は完全に度肝を抜かれていた。《
「……外の看板が見えなかったか? 今日の《
するとヤシギの瞳がゆっくりと細くなり、その顔には貼りつけたような笑みが浮かぶ。
「おやおや、早速のご挨拶じゃないか、カクタス。そんな殺気立った目で、どうしたんだい」
「……殺気立ってんのはそっちだろうが。
カクタスの視線の先にあるのは、ヤシギの腰に
「そう怖い顔をするんじゃないって。あたしらも馬鹿じゃない。何もここで抗争を始めるつもりはないよ。……それにあんたたちの様子じゃ、戦いにすらならないだろうさ」
冷ややかな
「──あんたたちが一発撃ち込む前に、首が落ちるよ。試してみるかい?」
その言葉にカクタスが小さく首を横に振ると、《シード》の連中はおずおずと席に腰を下ろした。今や完全に《
「……他人の祝いに水を差すってのは、よほどの用があるんだろうな」
でっぷりと腹を突き出しながら、ヤシギを
「そりゃ、あんたに言いたいことはいくらでもあるんだけどね」
「……工場の件は済んだ話だろう」
「そっちが勝手に済んだつもりにしているだけじゃないのかい」
「尻拭いをしてやったのはこっちだ。感謝はされども、恨まれる理由はねえけどな」
「……尻拭い、ね」
繰り返したヤシギの声音に、なぜか《
「勘違いしてもらっちゃ困るんだ。違法PACに手を出したのは名もないゴロツキどもだよ。どうやったか知らないが、《
するとカクタスはあからさまに鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「お上品な方々は、早いもん勝ちって言葉を知らねえのか? 俺たちだって自力で場所を突き止めたんだぜ。文句を言われる筋合いはねえよ」
「……自力だって? 裏で白服に頭下げて、
「《アラカワ》の話を《タイトウ》に持ち込む道理はねえよ。それに、《フェザ》も頭の固いやつばかりじゃなかったってことだ。今回お前が
「違法PACで毒を売りつけようってやつに言われたくないね」
「なんとでも言え。……それとも、あれか、《フェザ》は一度決まった約束も破棄して、うちのシマを荒らそうってのか? ピカピカのオシャレよろしく、よっぽどメンツが大事らしいな!」
「
「……」
「……」
長きに渡り
だが、今日に限ってはそれも長くは続かなかった。ヤシギが不意にかぶりを振り、
「……ったく、今日は
「……なに?」
「用があるのはあんたじゃなくて、そこの小娘だ」
ヤシギの
「……あんた、カンナを殺したかい?」
「──は?」
「……カンナビスを殺したのかって聞いてるんだよ」
「カンナビスって……あの、カンナビスか?」
「五年前、《シード》を裏切った娘だよ」
「は? いや、ほんと、何言ってんの? なんでオレが?」
「へぇ……そうかい」
「……なんなんだよ、その顔は!」
あまりに唐突な告発である。カクタスに助けを求めようと視線を向けると、彼は
「……お前、カンナをやったのか」
「いーやいやいやいやいや! なんで? オレが? はあ? 意味わかんないから! どうして頼まれてもいない相手を殺すんだよ! 知らないって!」
「でもなぁ……そういえば、お前、カンナと仲良かったじゃねえか」
「いや、まあ、そうだけど! だったら、ますます殺さないだろ! オレ、カンナが今どこにいるかも知らないんだぞ? それがどうして殺すなんて話になる? ──おい、ヤシギ、あんたもいい加減なこと言うなよな! カクタスじゃあるまいし、オレは仕事以外で人は殺さないぞ!」
突然
「まあ、正確に言うと、まだ死んではいないよ。完全な
「いや、だからって……そんなの偶然かもしれないだろ……」
「残念だけどね、カンナの言葉は絶対なんだ」
「……絶対?」
「あの子は今、《フェザ》専属の預言者でね。仕事を始めてこの方、外れたことがない」
「……」
「あたしは
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