【1巻/第三話】信仰と友愛のRe-Ration その5


    5


 元々料理の予定などないジャングルピクニック。食材もそうだが、道具もない。幸い、キノコの毒抜き用に鍋とコンロがあるが、火は一つだけ。複数の品数を作ることは不可能である。しかし、ウカには一つの案があった。

 まずれいに洗った鍋につるから取り出した水を少し注ぐ。そこにオイル・バーをそのまま投入。弱火にかけながら、粉を溶かしていった。するとあっという間に大豆の粉末はどろどろのペーストとなる。

「せっかく固めたのに、戻しちゃうのか」

 ウカの料理が食べられるとなって、多少気力の回復したリコが鍋をのぞき込む。ウカは鍋にナスのオイル煮の油と汁を注いでかき混ぜ、その味を確認した。

「まず、基本の塩分量を整えないとね。オイル・バーは味がないし、缶詰はしょっぱすぎるし」

「でも、結局大豆の粉だろ……あんまり美味おいしそうには見えないけどなあ……」

「第五実験都市フェストゥム、かつて地中海と呼ばれた辺りでは、こういう豆料理がよく作られていたの。本当は、でたヒヨコ豆を潰すんだけど、これはこれで簡単かも」

 油と塩気、多少の酸味が加わったところで基本の味は出来上がり。混ぜた感じがもったりとしてきたら、鍋の底でペーストを三等分にする。それから、一つはルアンが採ったさやえんどう、一つはリコが採ってきた香水薄荷、もう一つはナスのオイル煮をそれぞれ細かく刻んで、ペーストに混ぜ込んだ。焦げ付かないよう、そして三つの味が混ざらないように慎重にかき混ぜて、火を通す。それぞれが全体にんできたら、缶詰の油を軽く全体に回しかける。食欲をそそる合成にんにくの香りが、ふわっと鍋から湧き上がった。

「はい、出来上がり! 三種の味のフムス風ペーストだよ。さっきでたキノコでペーストをたっぷりすくって、一緒に食べてみて」

 火からおろした大鍋を囲むようにして、三人が座る。リコは早速キノコを千切り、手前にあったハーブ入りペーストを付けた。

「いっただきまーす!」

 ぱく、と丸ごと口に含んだ瞬間、リコの目が大きく見開かれる。耳がぴくぴくと震え、今にも飛び上がりそうな身体からだを抑えるように、足を小さくじたばた動かした。

「んーっ! なんだこれっ! 別物だっ!」

 最初に口に広がるのは、合成にんにくの刺激的な香りである。しかし、その後からすぐに香水薄荷の爽やかな香りが追い付いてくる。でキノコからもしっかりとした出汁だしの香りとうまが、じゅわりとあふれた。オイル・バーの材料だった大豆の粉は、たっぷりの油と合わさって、どこか肉を食べているような満足感がある。これが《びやく》でも食べられる菜食料理だとは信じられない。

「じゃあ、わたしも食べようっと」

 ウカの前にあったのは、ナスのオイル煮入りのペーストである。大振りのキノコと一緒に口に運ぶと、しっかりとした塩味と酸味が一瞬にして舌をわしつかむ。自分で作っておきながら、思わずウカは美味おいしさに頰が緩んでしまう。

 しょっぱすぎることもなく、かといってぼんやりした味でもない。ペーストとみ、塩気が程よく抜けたナスの柔らかな口当たりがキノコの優しい味わいに見事にマッチ。強めの合成にんにくも程よいアクセントとなって、ぺろりと食べることができる。

 しかし、リコとウカの手はそれぞれ一つのキノコを食べたところでふと止まる。二人のまなしが向けられるのは、当然ルアンである。彼の感想は会食のリハーサル。反応が気になって仕方がない。

「……では、いただきます」

 遠慮のない視線に幾分たじろぎながらも、ルアンは二人にならい、さやえんどう入りのペーストをキノコにたっぷりとすくって、口に含む。

「……っ!」

 反応は早かった。常に落ち着き、余裕を浮かべる美麗な瞳に電流が走る。何も言わず、二口目、三口目、そして最後はぱくりと頰張り、指についたペーストをれいめる。

「これは……本当に美味おいしい」

 深いいきを吐き出すように、ルアンはそう言った。リコとウカは互いを見つめ、思わずにこりと合図を取り合う。

「あのオイル・バーがこうも美味おいしくなるとは……それに、刻まれたさやえんどうがシャキシャキと、なんとも面白い食感です。……あの、そちらの違う味も食べていいですか」

「はい、もちろん! キノコはまだ山のようにありますから」

 ルアンの表情はなんとも晴れやかだった。ナス入り、ハーブ入りを食べる度、それぞれに感嘆のいきを漏らす。

「……リコさん、あなたは毎日こんな料理を食べているんですか」

「そうだぞ! 羨ましいだろ!」

「ええ、本当に……本当に……」

 みしめるようにつぶやいたルアンの言葉に、ウカは内心、もろを挙げて降参である。頰にペーストが付いていることも気付かぬまま、夢中になって食べるルアンの姿はリコそっくりだった。彼らはやっぱりよく似ていて、自分の知らない何かを共有しているのではないか。二人だけの関係を持っているのではないか。ついつい、ウカはそんなことを思ってしまう。

 しかし、それはたとえば、そりの合わない兄と妹なのかもしれない。同じ戦場を経験し、いがみ合いながらもこうして平気で一緒にご飯を食べる。

「そっか、きようだいかー……」

 そう考えると、しっくりくる。ウカの中で渦巻いていた、もやもやとした感情が、するりとほどけていった。

「あ、リコちゃんはパンもあるんだから、キノコを食べ過ぎないでね」

「はーい。……でも、オレだけでいいの?」

「もちろん、もう一つ作ってもいいんだけど……」

 ウカが尋ねるように視線を向けると、ルアンは穏やかに首を横に振った。

「お気になさらず。僕はこれだけでも十分です。戒律は守ります」

 確かに持ってきたパンにはバターが少し入っている。そもそも作られている工程を確認していなければ、《びやく》は食べてはいけないのだった。それが彼の食との向き合い方。自らが納得できるものの中で、最大限のおいしさを味わうことができればそれでよいのだろう。

 ウカは細長いパンに縦に切り込みを入れ、チーズとハム、それから三種のペーストを少しずつ乗せて挟んだ。リコに手渡すと、大きな口でがぶり。むにゅっと押し出されたペーストが彼女の鼻頭にくっついてしまう。

「もう、すぐ汚すんだからー……ほら、こっち向いて」

 ウカがハンカチで拭きとると、はたから見ていたルアンがくすくすと笑っていた。すかさずリコが眉間にしわを寄せ、彼をにらみつける。

「何がおかしいんだよ」

「いや、どっちが年上か分からないなと思いまして。随分と世話の焼ける姉ですね」

「うるさいっ! お前だって、さっきからほっぺが汚れてんだからなっ!」

「なっ……」

 言われてようやく気付いたらしい、ルアンは汚れを取りながら珍しく恥ずかしそうに苦笑を見せた。

「これは、やられましたね」

 実にのんな二人である。ウカはあきれるような、しかしどこかすがすがしい笑いが腹の底から湧くのを感じる。新しい感情を見つけた時の、体いっぱいに風を受けるような心地よい感覚が彼女の身体からだを満たしていく。

 それからしばらく、たっぷりとあったはずのペーストがれいになくなるまで三人はジャングルでの昼食を楽しんだ。無くなってしまったキノコをもう一度採ってでていると、次第に日が傾き始める。工場はいきよを出るころには、既に周囲が暗くなり始めていた。

「会食のメインはこのキノコにしようと思っています。あと、折角《びやく》の野戦食糧レーシヨンい材料になると分かったので、他の食べ物も教えてもらえますか? ルアンさんが普段食べているものとか。菜食料理も中々奥が深いと改めて勉強になりましたし」

 工場までの林道を遡りながら、ウカがそう言うとルアンは「よろこんで」といつもの端正な笑みを見せる。そんな二人のやりとりを見て、リコは不思議そうにつぶやいた。

「……二人とも、本当に仲良くなったよなあ。オレのいないとこで、何かあったのか?」

 すると偶然にも──いや、必然にも、二人の声は重なるのである。

「「──誰かさんのおかげです」」

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