【1巻/第三話】信仰と友愛のRe-Ration その3
3
次の瞬間、リコはすかさず猫の心臓を一突き。そして
「リコちゃんっ!」
ウカが悲鳴を上げるのも当然である。リコが自ら切断した腕からは赤い血潮が滝のごとく流れている。地面に落ちた方も、既に
「いってえなぁ、もう……」
ものの数秒で血が止まり、腕が再生し始める。もちろん、PACの効果である。
「ルアン、こうなったのも全部お前のせいだからなー!」
「いや、さっきのはあなたが油断したからでしょう……」
「それは……! まあ、そうか」
「大体、こんな生き物がいるなら最初から言っていただかないと。僕はできるだけ野生動物の命を奪うまいと、威嚇の発砲を行っただけです」
「結果として、一匹死んでるんだが……」
「殺したのはあなたです」
「いや、正当防衛だし。もしも殺さなかったら、オレたちが──」
「ちょっと、二人ともっ!」
さっそく
ルアンは大きな
「……まあ、猫を挑発した失態は、僕の責任ですね」
彼は構えていたライフルを背負い直すと、腰のホルダーから二丁の
真白き衣、あるいは白き腕の先で火花を咲かせる拳銃が人々の目に焼き付いたのか。「《
「いや、お前は戦わなくていいから」
「え」
「これはオレたちの仕事だって言ってんだろ。狩りは食うか食われるかだ。中途半端な覚悟で首をつっこむんじゃねえ。獣を見て空砲で威嚇するような甘ちゃんは黙って見てろ」
リコはそう言い捨てると、木刀片手に大地を蹴る。仲間を殺され、距離を計っていた猫の一匹に向かって切りかかった。一刀両断、獣の脚を切り落とし、首を跳ね飛ばす黒髪の娘。即殺、即殺、即殺と、寸分の迷いも無しに相手を
そんな様を
「そんなに気安く銃を抜くなら、戒律なんてどうでもいいんじゃないですか?」
「……いや、気安く抜いているわけでは……」
「わたし、ルアンさんはもう少し筋の通っている方だと思っていました。《
「……」
至極まっとうな正論に、ルアンは返す言葉もない。……というより、ウカの隠しきれぬ怒りに思わず口をつぐんだか。いくらPACがあるとはいえ、既にリコが傷ついたことは事実である。顔に毒が付きでもしたら、首を斬り飛ばすわけにもいかぬ。何度死線を超えた
「……ルアンさんは、あの猫の正体をご存知ですか」
依然と冷ややかな声音のまま、ウカが問う。
「……いえ、すみません……」
「では、よくご覧になってください。あれこそ、人間の歪んだ信仰心がもたらしたものですよ」
「信仰……?」
「そうです。ドクネコの祖先は人間がペットとして飼っていた猫です。ただし、一部の人間がとある贈り物を与えて、自然に返した猫たちにあたります」
「ただの野生化した動物ではないんですか」
「はい。彼らは毒物を食べて、それを筋肉や毛皮に保持できるんです。スグロモリモズなど、大戦前から存在した有毒哺乳類を参考に遺伝子を編集したんだと思います」
「でも、どうして」
「それはもちろん、人間に食べられないようにするためですよ」
「──」
荒廃した地球から脱出し、環境の回復を待とうと宇宙へ人類が逃げ出した二百年前。《箱舟時代》と呼ばれるその当時、地上に残された人間がわずかな食糧を奪い合い、狩猟採集の世界を生き抜かなければならないことは既に予想されていた。そして
「しかし……自分たちが見捨てる命を、わざわざ作り変えてまで守ろうと……? もはやそれは何を守っているのか……」
「だから、
ウカの問い詰めるような調子に、ルアンの表情は硬くなる。ただ、それでも彼が口を開こうとしたその瞬間、不意に地面から聞こえた
「──っ!」
その口は二つの手によって押さえられた。間に入ったルアンが、
「危ないっ!」
ウカの悲鳴で獣が止まるわけもなく、毒液を
「あ、あの……ルアンさん……」
その背中に呼びかけるウカの声は震えていた。ドクネコの毒は複数の毒が混じり合い、血清も
「……」
猫の死体を見下ろして、ルアンが吐いた
「……その顔は……」
「機工体ですよ。僕は
えぐれた傷の奥にあったのは、強化樹脂製の白い筋肉。血の一滴も流れていない。まるで作りものめいた顔立ちも、常人離れした白い肌も、彼の
「僕は元々、戦闘用に開発された全身機工の実験体で、脳以外は全て機械です。……培養槽の中で生まれて、生身の体を知る前に、機械
「……」
「だから、僕の脳には本能と見分けがつかない人為的な条件反射が、色々と組み込まれているんです。身近な人間に危険が及べば、意思よりも先に
ルアンがいつも通りの微笑を浮かるといっそうのこと、顔に残った傷が
「……全部追っ払ったぞ。はーっ、疲れた……」
一滴の返り血も浴びず、無傷での帰還である。自ら切り落とした腕も元通りで、途中で切断されたジャージから滑らかな肌が
「ルアン、お前その顔どうしたんだよ。怒ったウカに引っかかれたのか?」
「──」
あまりの発言にウカは絶句。さすがのルアンも顔をしかめ、押し殺した声で言う。
「……どうしたも何も、誰かさんのおかげなんですがね……」
「……え?」
「あなたが殺し損ねた猫にやられたんですよ……。覚悟がどうのこうのと
「あはははは……まあ、そういうこともあるよな!」
「「……はぁ」」
不意に重なる、ウカとルアンの大きな
「なんだ、知らないうちに二人とも仲良くなってんじゃん!」
再度、大きな
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