【1巻/第三話】信仰と友愛のRe-Ration その2
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厳しい弱肉強食の世界が広がる高層樹林帯。その中でリコたちが訪れた23番ジャングルは比較的危険の少ない区域だった。一見して、他との違いは瞭然である。ジャングルの多くが、高い樹木の屋根によって覆いを
夜行性であるトビトカゲなどの恐竜は明るく乾いた森を嫌い、結果として23番ジャングルは危険な捕食者が数えるほどしか生息していなかった。気を付けるべきものといえば、近づく熱源を感知し、
そんな中をリコとウカは特に警戒することもなく進んでいく。二人が何度も通っているために道が踏みならされ、そこから外れなければ特に
「……なあ、わざわざあいつと一緒にここへ来なくても良かったんじゃないか? 裏の菜園とか、屋台で買うだけでも野菜は手に入るじゃん」
「それはそうだけど、会食ってことはきちんとしたものを出さないといけないもん。食堂の普通のメニューじゃ、失礼だよ」
「はあ? アレも駄目だ、コレも駄目だって、自分たちで勝手に食いもんを狭めてるような連中だぜ? どうせ料理に興味なんかないって」
「うーん、そうかなー……」
「大体、あいつらの食事なんて、いつも缶詰とオイル・バーなんだ。オレ食ったことあるけど、ほんと悲惨だぞ。色素の抜けきったピクルスとか、大豆の粉を固めただけの棒なんだから。食った気にもなりゃしない」
「……なんで食べたことあるの?」
「え?」
「いや、どうしてリコちゃんが《
「そりゃ、《シード》と《
「ふーん、そうなんだー」
「……なんだよ」
「別にー。ただ、いつも嫌いだ嫌いだって言ってるわりに、仲良くお話してるなーと思って」
「はああああああ? オレと、あいつが、仲良く? どんな目をしてたら、そう見えるんだよ! オレがあんな頭カッチカチの顔面キッラキラ野郎と──」
「──あの、すみませんが」
リコが声を荒げたところで、すかさず言葉を狭むルアン。さすがに聞かれていたかとリコの背中に冷汗が
「あの、こちらを見つけたので、よければどうぞ。ティアナン導師は豆が好物でして。確か……エンドウ、という植物でしたよね?」
「わー! すごい! ありがとうございます!」
どことなく不満げだった寸前までの表情から、天使の笑顔に切り替わるまで、コンマ一秒。リコも
「これは
「そんなに貴重なものですか」
「はい。最近採れるのは、鉄でも折れないっていうくらい
「いえ、普段は特に。ただ、教練プログラムにサバイバルの基本がありましたから、野草を見つける方法などは一通り学んでいます。慣れないもので、この程度しか見つけられませんでしたが……」
それから、ルアンの視線はおもむろにリコの方へ。そして、あえてキッラキラの笑顔を張り付けたまま、こう尋ねる。
「ところで、リコさんの狩りのお
「……い、いや……オレはなんていうか……」
「そうもったいぶらずに。自分は頭がカッチカチなので、何度か教えていただかないと覚えられませんよ」
「──」
ルアンの
ウカはルアンから渡されたエンドウ豆を
「ほら、やっぱり仲良い」
「どこがだよっ!」
「……リコちゃんとルアンさんって、いつもこんな感じだよね。わたしとリコちゃんが一緒に暮らす前からの知り合いでしょ?」
「そりゃ、オレが《シード》で働き始めた頃から知ってるからな」
「じゃあ、カクタスさんと同じくらいの付き合いなんだ」
「だからといって、あいつと仲がいいわけじゃないっ! むしろ、オレたちはそりが合わないんだよ。一度、《シード》と《
「……軍隊? さっきルアンさんも教練プログラムを受けたって言ってたけど、《
「ま、建前はな。でも無法者だらけの地上で、そんなのただの空論だ。公の平和的指導者とは別に、《白兵》と呼ばれる汚れ仕事を請け負う軍部がある。ルアンはそこのエリートだ」
宗教治安維持組織《
しかし、ただ殺されるだけでは教義が果たせぬと、一部の信徒は自衛組織を作り始める。
それすなわち、世界各地の実験都市においてPACの暴走によりもたらされた急速な自然改変を鎮圧すべく、投入された多国籍軍。徹底した規律と禁欲主義こそが組織の
「……大体さ、あいつの言葉と行動はバラバラなんだよ。筋が通ってない。生き物を殺すな、肉を食べるなって言っておきながら、あいつの背に
──ドンッ。
不意に背後で響く、重い銃声。思わずウカとリコはびくりと
「テメー、いきなり物騒なもん撃つなっ! せめて声をかけろよっ!」
「ああ、すみません。何か大きな野生動物が見えたもので。早めに追い払った方がいいかと。それにさっきのは威嚇用の空砲ですよ」
「そういう問題じゃないっ! 心臓が止まるかと思っただろ! ってか、分かっててわざとやってるよなあ!」
「あはは、そりゃそうでしょう」
「おまえなー!」
「離せよ、ウカ! オレは今日くらい、あいつを一発殴ってやるんだ! 今はオレたちの仕事中なんだぞ。上下関係ってのを分からせてやる!」
「……リコちゃん」
ぐっと眉間によった
「……だから、さっきからなんなんだよ……その顔は……」
「わたしたちの仕事なんだから、わたしたちに集中すればいいの。違う?」
「いや、でも」
「もうすぐ目的地なんだから、早く行こ」
ウカは一瞬、微笑を
「……わたし、負けないもん」
「負けないって、何に?」
「何でもないのっ!」
「なんでオレが怒られてるんだよぉ! 大体、あいつは──」
銃声を追いかけるようにして、リコの抗議が
彼女が不意に口をつぐみ、静寂が辺りを支配した。
「どうかしたの、リコちゃん」
その突然の沈黙にウカが足を止めて尋ねると、リコは即座に押し殺した声で、
「足を止めるな」
「え?」
「オレたち、つけられてる」
彼女の声音が、いつものそれとは全く違う。ウカの前ではほとんど見せることのない、仕事中のリコ。研ぎ澄まされた刃物のごとく、抑えきれぬ殺気と緊張感が、
「オレたちに並行してぴったりとついてきてる。ただ……人間じゃないな。服や武器の擦れる音が聞こえない」
「野生動物?」
「ああ。これはおそらく……」
「猫でしょ」
「そう、それだ……って、どうして」
「……だって目の前にいるんだもん」
「え」
目を開けたリコの正面に立っていたのは、一匹の四足獣。人間の大人ほどはある体長と、すらりと伸びた長い尾。全身が赤と黒の
ウカがゆっくりとリコの腕を離すと、リコもまた極力刺激を与えまいと緩慢な動きで背中の木刀に手を伸ばす。そして猫に視線を向けたまま、背後に追いついたルアンに問いかけた。
「……おい、さっきお前が発砲したのって、こいつか」
「ええ、そうですが。お二人は何をそんなに警戒なさっているんですか」
──ドギュン。
森に再び鳴り響く、重たい銃声。しかし
なぜなら、数秒で薬が回り、気絶するはずの相手が、ぶるりと首を震わせて麻酔弾を振り落としたからである。怒りに満ちた渋面が猫の表情に浮かび上がり、突風のような鋭い
「なぜ……」
常に崩れることのない美麗なルアンの表情にも、さすがに一瞬影が差す。すると、ここぞとばかりに唇をにやりと
「ははあ、さすがのルアン様も軍事教練で教わらなかったのかな~? あいつらに麻酔は効かないぜ。ありとあらゆる毒物は無効だ」
ますます曇るルアンの眉間。リコは構わずこう続ける。
「そんでもって、あいつらは牙にも、爪にも、毛にも、肉にも、猛毒を仕込んでる。触れられたら命はないし、出会ったら獲物を置いて逃げるのが鉄則なんだよ」
「……」
「《アラカワ》の泣く子も黙るドクネコのことを知らないなんて、お前もまだまだ──」
しかし、全てを言い終えるよりも先に、我慢の限界が訪れた。
ルアンではない。猫である。
ルアンをからかうことに夢中なリコに対し、猫が飛び掛かる。
「あ」
そして、猛毒の牙でもってリコの左腕に
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