【1巻/第二話】竜と親子と不老不死 その1
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その日、ウカは窓に打ち付ける機関銃のような雨音で目が覚めた。《
ウカが朝食を作っていると、不意に食堂と廊下を
「……頭痛い。気持ち悪い。おはよう……」
「おはよう、二日酔いさん。あんなにお酒を飲むんだもん、眠りが浅くなって当然だよ」
カウンターに突っ伏すリコの前に、ウカはコップ一杯の水を出す。こうなるであろうことは、前日の夜の時点ではっきりしていたのだ。《
今日も今日とて、リコはがぶがぶと水を飲み干すや
「……オレだって、昨日はちゃんと寝る前にアルコール分解剤を打ったんだ。それも二本。なのに、こんなに不調だってのは、飲んだ酒にろくなもんが入ってなかったってことだ……」
「それはそうだよ。昨日リコちゃんが飲んでたの、工業用アルコールだもん」
「コウギョウヨウ……?」
「だからね、元々ろくなものじゃないの。いっそ頭痛で済んでよかったんじゃないかな。……それに、確か昨日の後半は二百年物のワインを飲んでたし」
「え?」
「《ヒビヤ》廃トンネルの隠し酒蔵にあった、2108年の黄ワイン。あれ一本で食費一年分くらいになるんだけどなー」
「……覚えてない」
「皆で飲もうっていう時になって、リコちゃんが一人でラッパ飲みしてた」
「……」
「あの時の《
おそらく黄ワインを持ってきた客は、精神的に死んだのであろう。大抵の場合、酒を持ってくるのは《
「リコちゃんはいつか絶対、後ろから刺されると思う」
「いや、実際、結構よく刺されるよ」
「……」
「てっきり、用心棒の仕事で恨みを買ってんだと思ってた。そうとも限らないんだな」
なるほどなーとしきりに
しばらくすると、ウカはテーブルに、
「……これ、何。まさか……卵焼き?」
「え、見てわからないの?」
「いや、でけえよ! もはや箱だよ! 黄色いふにゃふにゃの箱だよ!」
「だって一個が大きくて、それに
「……何の卵だ、これ」
「知らない」
「は?」
「教えてくれなかったの。ただ、『
「ちょろい客だな、おい!」
「まあ、トビトカゲの卵か……あるいは、ほら、あれ、今、繁殖期だもんね」
「……
「うん、渡り竜の卵かな、って」
渡り竜とは、いわゆる恐竜の一種である。中生代の再来と呼ばれるほど、大きな
「命知らずもあったもんだなあ。この時期の渡り竜とか、爆発寸前の火薬庫だって聞くぜ」
「そういえば、リコちゃんは渡り竜を狩ったことないんだよね」
「オレだったら絶対に近づかない。竜狩りの
「ふーん」
「ふーん……?」
もぐもぐと卵焼きを味わうリコだったが、ふと正面から視線を感じて箸が止まる。
「……お、おいおい、何だよその顔は……」
「ねえ、リコちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどなー……」
「やめろ! 聞きたくない!」
「竜……
「い、や、だっ!」
即答即断、電光石火の拒否である。リコは椅子ごと後ずさりながら、首を大きく振る。
「オレの話、聞いてたか? 火薬庫だって言ってんの! 巣に近づくだけで、やばいんだって! 今月に入って、もう何人か襲われた
「でも、リコちゃんは強いもん! 大丈夫だよ!」
「オレの身長の何倍あると思ってんだよ! 凶暴、
「へぇ」
「オレの! 話を! 聞いてくれ!」
「聞いてるよ? でもね……やっぱり危険を
「……口がだらしないぞ」
ウカは慌てて口元を拭うが、時すでに遅し。コホン、と無理やり
「……リコちゃん、どうしても竜狩りは嫌?」
「いやだっ! オレだって食い物のために死にたくはないっ!」
「そっかー……じゃあ、怒られてもいいんだね」
「……怒るって……誰が。オレはウカに何と言われようが──」
「カクタスさん」
「……え?」
「カクタスさんが、昨晩、竜を狩ってくれないかって」
「えぇ……」
「覚えてないの? 仕事としての依頼だから、報酬もくれるらしいよ」
「……つまりはなんだ……オレに拒否権はないと」
「別に強制はしてないよ? 誕生日プレゼントに、フライドチキンならぬ、フライドドラゴンを食わせてやるよ、って誰かさんは大見栄切ってたけど。同居人の頼みを断って、育ての親との約束も破って、それでも、どうしてもリコちゃんが嫌だっていうなら、わたしは──」
「わかった! わかったよ! 狩ってくりゃいいんだろ! もう降参だっての」
リコが
巨大な卵焼きがわずかに削られ、米とみそ汁が空になった頃、不意にウカが尋ねた。
「あ、そういえば、お昼はいる? お弁当作ろうか?」
「いいよ、どうせ仕事ついでにカクタスが何かおごってくれるだろうし。夕飯前には帰ってくるよ。もし月が隠れても帰らなけりゃ、墓の準備でもしておいてくれ」
「骨は竜の胃袋に収まっちゃうのに?」
「……冗談なんだから、せめて『死なないで』くらい言ってくれよな……」
「リコちゃんが死ぬわけないもん」
「ウカの目はマジなんだよ……」
リコが大きな
かと思われたのだが、
「ねえ、リコちゃん……もしかして昨日シャワー浴びないで寝たの?」
食堂に満ちたぬるい空気を断ち切るような、冷ややかなウカの声。
「……覚えてるわけないじゃん」
「髪の毛から漂う、この
「ま、まあ、いいじゃんか。香水みたいでさ」
「……」
背後で高まる怒りの波動にリコの肌が自然と
「……リコさん、今からシャワー浴びましょうね? 仕事までに時間あるんだから」
突然の敬語が恐ろしい。リコは慌てて立ち上がった。
「いや、いいんだよ。どうせ狩りで汚れるんだから──って、おい、離せ、ウカ!」
逃げようとするリコを背面から羽交い絞め。ウカは両手をリコの首の後ろでしっかりと組み合わせ、クラッチした。もはやリコは身動きが取れない。
「……シャワー……清潔……キレイキレイ……」
「わ、分かったから! 耳元で妙な呪文を
圧倒的な同居人の迫力にリコは素直に腕をタップ。降参の意を示す。ウカは拘束を解くと、逃げる隙を与えずにリコの手を取り、満足げに浴室へと歩き出した。
「──ちなみに、あのまま背後にブリッジする感じで、リコちゃんの首を床に
「……いや、誰も聞いてないし……ってか、ほんとそんなに動けるなら、ウカが自分で竜をフィニッシュしに行けよな!」
「わたしの
「あのなぁ……」
リコには既につっこむ余力も残っていない。文句はなんとか口元までせり上がって、しかしウカの実に晴れやかな横顔を見ると、諦めの苦笑にすり替わった。この後、一人で洗えるから放っておいてくれと言うリコに、自分が洗った方が早いと主張するウカのひと
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