【1巻/第一話】鋼の蜘蛛と《伽藍堂》 その2
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第三実験都市スコピュルス、旧称──東京。かつて日本という国家が存在した頃は、二十三区画に分かたれていたこの街も、現在十八区。リコたちが暮らす《アラカワ》の北を流れる巨大河川《アラカワ・リバー》の向こう側は
しかし、人間がかろうじて生き延びた他の区画も、自然の脅威とは常に隣り合わせ。大戦直前までに積み上げられた高層建築物は、今や巨木と
人々が歩き回れるのは、かろうじて自然に侵食されていない
そんな中を、異様な二人が
かたや、漆黒のロングスカートとエプロンに身を包んだ小さなメイドである。
朝の怒りはどこ吹く風と、一歩《
されど、彼女に近づく者がいないのは、隣を歩く用心棒のせいに違いない。
肩までざっくり
ただ、今日は犬というより、ロバである。両手にいっぱいの荷物を持ち、背中には巨大な籠。そこにもはみ出さんばかりの食材が入っている。
「……な、なあ……まだ買うのか……?」
さすがの用心棒も、積載重量百キロの荷物には骨が折れる。いや、文字通りその
しかし、ウカは足を速めるでもなく、周囲の屋台に目を配る。金属部品のジャンク屋から、出所不明の人工臓器、時折食料を売るYAOYAやMATAGIの店もあるが、昼も近い頃合いには、どこもかしこも店じまいを始めていた。
「目的のものは手に入ったけど、まだリコちゃんが余裕ありそうだから。何かないかなって」
「いやいや! これ見ろよ! 重いよ! すげえ重いよ!」
「ほら、そんなに叫べるんだから、まだまだ元気だよ」
「空元気だよっ! 黙ったら死にそうなんだよっ!」
「でも……わたし、重たいものを持つとすぐに
「いつも
こんなやり取りは今に始まったことではないので、リコもすぐに諦める。《アラカワ》の中央市場の端は目と鼻の先。あと少しで、まっすぐ帰路に着ける──と、思ったその矢先。
「あ、ちょっと待って」
ウカが足を止めたのは、片付けをしていた行商の店だった。市場の周縁部は基本的に持ち場を持たない行商人が寄り集まる。主人らしき頰のこけた男の背後には、移動用の
「すみません、ちょっといいですか?」
ウカが声をかけると、店主ははっと顔を上げ、すぐさま申し訳なさそうに頭をかいた。
「あー、悪いけど、この通り今日の売り物は全部はけちゃって……」
道端に広げられた
「それは、売り物じゃないんですか?」
「あれ? お客さん、HAWを知ってるの?」
「
「いやいや、もうあげるよ。
店主は網を取り外し、どさりとリコの前に置く。よく見れば、中に入っていたのは中型犬ほどの大きさのロボットで、形は
「タダでいいんですか? わー、ありがとうございますっ! 本当に
ウカが外向けの作り声と見事な笑顔で礼を告げる一方、リコの眉間にはますます深い
「……待て、ウカ」
「なあに?」
「《
「……」
「ウカの趣味が機械いじりだってことは知ってる。別に何を買おうが自由だ。でもさ、この買い出しは《
リコは珍しく真剣な顔つきでウカを見つめた。同居を始めて丸一年。仲良くやっているつもりではあるが、締める時は締めなければ。親しき仲にも礼儀あり、心安きは不和の基、である。
しかし、ウカは「え?」と首を
「リコちゃん、何言ってるの?」
「……だから、いい加減冗談は冗談としてわきまえて」
「だって、これ、食材だよ? 《
「はあああああ? いや、見るからに機械じゃん。ロボットじゃん。こんなの食うやつどこにいるんだよ! 全身機械の機工体だって、ネジを食うやつはいないだろ!」
「でも、情報プランクトンとか、マイクロマシンは機工体の人にも人気で──」
「そうじゃなくて! 少なくとも、《
「だから、そもそもこれは人間用だよ。食べるのは中身だもの」
「……中身?」
「もちろん、電子基板って意味じゃないよ。このHAWっていうのは、バイオロイドなの。中の筋肉は
「……バイオ、ロイド……」
予想外の単語にリコの思考が停止する。しかし、ウカは台本でも用意していたかのような滑らかさで解説を始めた。
「正式名称はHoming Arachnoid Weapons、
「で、でも……人工筋肉って……」
「装甲で守られているから寄生虫や雑菌も入り込まないし、すごく安全なの。とりあえず、帰ったらお刺身にでもしてみようかな……」
説明もほどほどに、ウカは早速メニューの勘案を始める。
「ほら、リコちゃん! 早く帰って、ご飯にしようよ!」
ご機嫌なウカが振り返って、そう叫んだ。残念ながら、結局荷物を分担する気はないらしい。やはり周囲の人々が見とれるような
ふと、ギュイーン、というモーター音に目を
「……どんだけ新鮮なんだよ……」
今日の昼ご飯は、採れたてぴちぴちの戦車と決まったわけである。
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