係長の奇襲

「頼む、結婚してくれっ」

 既婚者であるはずの係長が、私に土下座をしてそんなことを言ってきた。ここは会社のオフィス。そのオフィスのど真ん中で、係長は私に頭をさげている。

 当然、社員たちの視線を集める。ざわざわとにわかにオフィスは騒がしくなり、何事かと話し合う人も出る始末だ。

「頭、大丈夫ですか?」

 とりあえず、係長が正気か私は尋ねていた。がばりと彼は顔をあげ、涙にぬれた眼を私に向けてくる。涼やかな係長のすだれ禿が、蛍光灯に照らされ光り輝く。

「違う。私じゃないっ! 息子と結婚してほしいんだ! 君しかいない! 君しかいないんだよ、小百合君!」

「すみません、係長。部下の名前を呼ぶことは場合によってはセクハラになることご存知ですか?」

「その冷たいところがあいつに似てまたなんとも……。じゃなくて、息子が昨日泣いて帰ってきたんだ。好きな人に嫌われたとあいつは泣いて、部屋から出てこない……。あんな息子の苦しむ姿を、もう私は見たくないんだよ……」

 係長が私の足をがっしりと掴む。ひぃっと私は声を上げ彼に掴まれた足を引いていた。係長はしっかりと私の足にしがみついてくる。

「頼む! 結婚してくれ! 家のローンも孫の教育費も私が何とかするから!!」

「いや私、息子さんと会ったことすらありませんからっ!」

 力いっぱい係長の足を振り払い、私は彼の顔に蹴りをお見舞いしていた。とにかく気持ち悪い。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

「うう……。酷いじゃないか」

「だったら、人の足なんて掴まないでくださいよっ!」

 顔を両手で覆いながら、係長は呻く。私はそんな係長から距離を置き、足早にオフィスから立ち去ろうとしていた。どこでもいい。係長の追ってこない場所に行きたかった。

「頼む……。酷い女にフラれて、あの子はそれ以来、好きな子なんていなかったんだ。幸せにしてあげたんだ……。頼む……」

 係長の声が後方からする。オフィスのみんなが私を見てくる。なんだか居心地が悪くて、私は走ってその場を去っていた。

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