第3話 体育祭があるらしい
まだまだ、これほど暑いのに、九月月末に体育祭があるという。まだプールが恋しいほど暑いのに―。
日常が平常運転となった、木曜日の六時間目。学級会。という名の、体育祭の世話係を決めたり、出場競技を決める時間―。
セミはまだ鳴いている。でも、もう終わりらしく、ちょっと物悲しくも聞こえる。それでも暑くて、下敷きで扇ぐけど、それも、なまぬるくて、やる気をなくす。
体育祭当日の世話係と言っても、クラス別の色看板を作る係とか、当日の看板配置だとか、やぐらを組む係だとか、どう考えても力仕事が多く、自然と男子の名前が並ぶ。その中に、野原
彼女は―学校一胸が大きくて、頭がよくて、美人で、そして優しい。同級生というより少し大人びていて、思春期にはあこがれのお姉さんのように映る人―だった?
太郎が首をひねる。
学校一胸が大きいのは深雪で、梓は美人な生徒会副会長で、元気印の深雪に対して、大人びている梓は、ある意味人気を二分していて―。(そうだ、そっちだ)何かが腑に落ち、太郎が頷くと、
「じゃぁ、山辺は看板設営係りな」
と言われ黒板を見れば、当日七時集合の看板設営係りになっていた。「なんでだ―」と言ったが、頷いたのは山辺だろと言われ、しぶしぶと引き受けた。
「まぁ、面倒な仕事引き受けたねぇ」
何の係りもなくへらへらと畠山が前の席に座った。
「何? どうしたよ? あれか?」そういって声を落とし「憧れの野原と一緒に仕事したくなりましたか?」と言った。
畠山だけには梓のことが好きだと言っている。畠山も梓のことは嫌いではないが、胸にだけ興味があるだけで、好みと言えば深雪のほうが好きだと言っていた。とはいえ、太郎は思う。―俺たちレベルが選べるものではないのだが―
「違う、ちょっと考え事してて」
「何、何? 思春期の悩みっすかぁ?」
畠山のこういうアホな言動はひどく楽で助かるが、今は多少イラつく。
「そういうんじゃねえぇよ」
「でも、あれだよな、」
と畠山が言ったところでチャイムが鳴った。何を言おうとしていたのか気にはなったが、そんなことよりも、太郎は視界に映る梓と深雪を眺めていた。
数学は、テストが返され、その答え合わせと、一学期末の復習で時間が終わった。
掃除の時間になり、各自がそれぞれの場所に散らばる。これが終われば帰宅できるが、このあと少しの時間が非常にだるく、やる気なかった。
太郎は階段の掃除係だったが、階段掃除を真面目にする人は居なくて、まぁ、いつもと同じく、女子は踊り場で、男子は掃除道具をもって今はやりのバントのボーカルごっこを楽しみ、そして帰りのホームルームになる。
いつも思うが、女子はあれほど集まって、ずっとしゃべり続けて、よく会話に困らないものだと思う。毎日会って、毎日同じようなことを話しているはずなのに、よくも飽きもせず、にぎやかに話せるものだ。
掃除から帰る廊下で、梓が窓を拭いているところに出くわした。彼女はいつも真面目で、掃除もきちんとしたがる。拭き終わった梓が一歩下がったのと、その後ろを太郎が通ったのが同時だったので、衝突が起き、
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫」
と訳の解らない返しで通り過ぎる。教室の後方から入ろうとした太郎の前に深雪が仁王立ちに立っていた。
「な、なんだよ、」
「ああいうときは、そっちのほうこそ大丈夫? でしょ? なんで心配してあげないかなぁ?」
と文句を言う。お前に文句を言われる筋合いはない。のだが、確かに、梓のほうを気に掛けるべきだとは思った。思ったが、深雪に言われることが癪で、ふて腐りながら席に着いた。
体育祭の気分が盛り上がっていくには段階があって、やはり、一年、二年、三年合同で始める応援練習が、いろいろと気合も入るようで。
普段は、授業妨害や、目だって困る不良グループが、ここぞとばかりに張り切るのもこの時で、一年、二年の女子たちはそんなあいつらに憧れを抱き、太郎や、畠山のような先輩たちは、
もちろん女子のほうも同じで、深雪や梓のようなスタイルがやはり一年、二年のガキどもには刺激的らしく、それを女子は冷ややかに見ているという構図が初日からすでにできていた。
深雪の声はよく通る。笑い声ならもっとよく聞こえ、皆がそちらを見る。深雪は同じクラスの女子と何かを話しているだけなのだが、とても楽しげで、声が弾む。
「深雪ちゃんて、かわいいよね」
そういわれて横を見れば梓が立っていた。
「そ、そうか?」
「そうよ。山辺君、深雪ちゃんの良さ解らないんじゃぁ、女の子見る目無いわよ」
と言った。梓は団長である不良のほうへ行き、パフォーマンス時間は三分で、鳴り物は、笛と太鼓だけ。手に持てるのは、ポンポンだけ。と注意の書いた紙を渡していた。
体育祭までの数日は、そんな感じだった。
昼休みのほんの少しの合間も、不良たちは目立つパフォーマンスをしようと頭をひねり、委員会の仕事で駆り出されている奴らもなんだかそわそわしている。
看板設置の太郎たちは、当日の朝のみ仕事があるだけなので、正直、あまり忙しくもないし、参加している感じはしない。さらに言えば、何の仕事も受けなかった畠山に至っては、
「なんかさぁ、俺も、なんかやればよかったと思うよ。なんか、青春置いてけぼりっていうかさぁ。何でやらなかったんだかねぇと、」
と後悔を口にし始めていた。
「はぁ?」
太郎は驚いて聞き返した。梓がどうしてもと拝むように手を合わせている。
「木貫君が事故して、前日の桟敷席の設営も手伝ってもらいたいの。お願い。そのついでに、今日、暇なら、設営委員会にも出てほしいの、一緒に」
というのだ。木貫は、昨日自転車で帰り路に車と接触したらしい。とはいえ、止まっている車に、木貫が突っ込んだのだが、そこは駐車禁止区間であり、白い壁の前の白い車だったのが災いして、見えなかったようだ。確かに、あの道を帰る時には日差しの反射で白い車が見えにくい。車には傷はつかなかったが、横転した木貫は足をねんざ、駐車禁止区間に止めていたことで、持ち主は警察からけっこう絞られたとか、木貫に対して、病院代を払う払わないとかという話になっているらしい。
「あ、まぁ、いいよ」
他に人がいないのか? とか、俺でいいの? とか、いろいろ言いたいことはあったけれど、別にそれを言ったところでどうなるわけじゃないし、忙しそうな梓が返事を急かしている気もしたので、引き受けるとだけ短く答えた。梓は満面の笑みを浮かべ、
「じゃぁ、放課後三時十五分から、職員室横の会議室だから」
と言って立ち去った。
「よかったですなぁ」
畠山が太郎の首を抱え込んできた。
「辞めろって」
と言いながら、かなり嬉しがっているのが解るほど、熱を帯びている。
放課後―。職員室前を過ぎ、会議室に行けば、すでに数名がいて、梓は生徒会長である松山と並んで紙を見ていた。
生徒会長と副会長だから、別に同じ紙を共有し、並んでいても不思議ではないが、ふと頭をよぎる。
夏休みに入る少し前だった、畠山たちとくだらない話をしているとき、後ろを通る女子たちが、
「絶対に付き合ってるんだって、」
「でも、学校じゃぁそんな気配見せないよね?」
「生徒会長、副会長だから、一緒にいたんじゃないの?」
「その二人が、手をつないで歩くかね?」
「ねー」
と言いながら通り過ぎる女子たち。
思えば、これを聞いて太郎は勝手に失恋をしていたはずだ。夏休みを前に失恋とはなかなかひどい青春だ。と思ったことを忘れていた。
西側の窓から西日が強く入ってきて、暑い部屋の中で一人落ち込んでいたのだ。
―ん? 西側? 西側は深雪の家があって、深雪の部屋があって、窓があって、そこから深雪はいつも出入りしている―……―間違えた。南窓……だったか?―
「でね、……聞いてる、山辺君?」
「あ? あ、ごめん、暑くて」
暑いからなんだと言われそうな言い訳をし、額の汗をぬぐう。
「確かに暑いよね、生徒会長、クーラーつけません?」
梓の声に、松山は扇いでいた下敷きを置き、クーラーのスイッチを入れた。
「これは、副会長の脅しでつけたからな」
と言いながら、他の連中と笑っている。
「つけたのは生徒会長でしょう? あたしは提案しただけですぅ」
と返事をする。
まるで、青春漫画のようなやり取りだ。
「もう」と言って、梓は太郎のほうに戻り、「でね、ここなんだけど、」と桟敷席の図面を指さす。
「だいたいは先生がするんだけどね、これを倉庫から運んだりするの。あと、設置の手伝いとかあるから、前日の放課後と、後、看板は当日の朝、大変だけど、」
「大丈夫」
太郎は短く答えた。
委員会は、安全に関する項目の確認や、設置当日、回収などの作業をスムーズに執り行うために注意事項が言い渡された。
委員会が終わり、太郎が鞄を持つと、梓が議長席から近づき、
「急にごめんね」
と言って、並行して歩く。
彼女は教室に戻るという。靴箱がある階段は、教室前を過ぎたほうが近い。目の前の階段を降りても行けるのだが、目の前の階段は、いったん正面玄関へ降り、そこから、渡り廊下を渡り、そして、保健室などが並ぶ前を通ってからたどり着く。それに比べれば、五つの教室の前を過ぎるほうが断然早いのだ。
したがって、太郎と梓は教室まで並んで歩くことになった。
「山辺君て、深雪ちゃんと話すときにはあんなに話すのに、他の女子とは話さないんだね?」
「そう、そうでもないけど、話すことないから」
「あー、それ、ちょっと傷つくな。私とじゃぁ、会話はない?」
会話が無いから話さないわけじゃなく、好きだから、意識しすぎて緊張しているとはいえず、「女子と、話すの苦手で、」ということで精いっぱいだった。
「でも、深雪ちゃんは平気なんだね?」
「あれは―、あれは、幼馴染で、なんか、そういう気づかいというか、そういうのしなくていいから」
「そうなのね? そうかぁ。うらやましいな。そういうの。私もそういう相手が欲しいな」
太郎は横眼で梓を見た。前髪をカールさせた今どきの髪型。アイドルがしていたから広まった流行りの髪型をして、赤い唇が目立つ。
「あ、赤いね、」
「え?」
「いや……何にも、」
「きれいな赤でしょ? 買ったばかりなんだよね、普段は色付きリップだけど、もう放課後だから、クチベニ」
口紅を少し大人っぽく言ったが、太郎にはそれが子供じみてて正直、梓のイメージに合わないと思った。だが、この頃の女子は、放課後こんな赤い口紅を差している。ピンクは子供で、赤は大人なのだそうだ。その中で深雪はほんのりピンクの色付きリップを塗っていると言ってた。
「若いのに、赤にすると余計子供に見えるもの」
というのが深雪の持論だが、赤い口紅は大人の証拠と信じて疑わない女子たちは誰も聞いていなかった。
そんな流行りものに飛びついているのも梓らしくないと思ったが、髪型がすでに流行りものなので、梓も人並みなのだと思う。
―それにしても、先ほどは聞き流したが、「私もそういう相手が欲しい」というのはどういうことだろう? 松山と付き合っているのではなかったのか? ただの、生徒会長と副会長という関係なだけか? 手をつないでいたのは、単なる見間違いなのだろうか?―太郎が横眼から視線を戻すと、教室前に深雪が立っていた。
深雪の髪は肩を少し過ぎたあたりで、サラサラのストレートで、色付きのピンク色の唇が午後の日に光っていた。それが少し幻想的で、そこに居ないような気がして、太郎は目をこすった。
「委員会お疲れ。タロちゃん寝なかった?」
深雪の言葉に梓は笑い、「大丈夫よ、ちゃんと起きてたわ」と言った。
深雪と梓はそろって教室に入っていき、何かを話している。太郎はそれを見届けた後階段のほうに歩く。
梓の声が聞こえた。
「いいよ、貸してあげる」
深雪に何かを貸しているようだった。
不意に、本当に、何の前触れもなく、ふわっとした何かが襲ってくる。だからと言って、倒れるとか、めまいが起こるなどという身体的現象があるわけじゃなく、だいたいが気の所為なのだが、今日に限っては、そのふわっとした感触の中に、深雪の、あの何とも言いようのない不安定な印象を感じた。
―なんだよ、不安定な印象って?―自分で名付けてよく解らない現象だ。
太郎は一人で帰る。深雪は友達とあちこち寄って帰っているらしく、帰りは荷台が軽い。
川沿いの土手の道を走る。風が秋っぽく少し涼しく、乾燥してきているようだった。
光に反射する水面もおとなしく感じる。
―秋だ―
そんなことを思いながら家に着く。やはり、西隣には深雪の家があって、今日も、母親同士が家の前で話をしている。
「お帰り」
と二人の母親は声をそろえる。「ただいま」といつもの通りに返す。
自室に入れば、窓からは深雪の部屋の窓―今はカーテンを引いているので見えない―が見える。
ベッドに腰かけなんとなくもう一度深雪の部屋を見る。緑のタータンチェックのカーテンが深雪っぽくて、あの柄のスカートを好んで履いていた気がする。と漠然としたことを思い出したが、いつ? なんで履いている姿を見たのかなど思い出せなかった。
制服のスカートは、紺の無地のひだスカートだ。普段着……見た、記憶がない。ような、学生生活って、そんなもんだろう。仲のいい畠山の私服も、見たことはないのだから、幼馴染だからと言って、普段着をよく見るわけではない。だからこそ、いつ、見たんだろう?
夜になって、深雪が窓を叩いて入ってきた。
「入っていいぞとは言って無い」
「まぁ、そういうなって。よいしょっ」
深雪が窓から入ってくる。深雪の部屋から音楽が聞こえ、太郎が部屋のほうを見る。
「あれ、野原さんに借りたの。カセット。知ってる? 登坂 あきらって人の歌。野原さんが口ずさんでいたから、いい曲ねって言ったら、貸してくれたの」
「ま、まぁ」
梓が好きだと言っていたから、それを聞いたその日―梅雨入りしたんだろうなぁという雨の日だった―にレコードを買いに行った。あまり有名じゃないらしく、けっこう探した。そして、その有名税と値段にしばらく考えて―有名でないくせに他の歌手と同じ値段は高すぎる―、買うのをやめ、その日のうちに、よく聞いていたラジオ局にはがきを送った。
―片思いの相手が好きらしいので、覚えて歌いたいので、フルコーラスお願いします―
リスナーが少ないらしいその番組でハガキを読まれることは二度目だった。一度目は、当時好きだったアイドルの曲だった。畠山の聞いているらしくって、二人で盛り上がった。
フルコーラスかかり、それを録音して、曲はすっかり覚えていた。最近聞かなくなったなぁと、自分のラジカセを見る。
「いい曲だと思うけど、声も悪くないと思うけど、本人が、花がないよね」
と深雪は言って、部屋の真ん中まで移動した。
「それで? 野原さんと話せた?」
「あ?」
「木貫君の代わり探してたから、タロちゃんを勧めたのよ」
深雪は洗い立ての髪の毛をがしがしと扇風機前で乾かしながら言った。
「なん、なんで?」
「なんでって? タロちゃん、野原さんのこと好きでしょ?」
一気に体温が上がり、それにつれて部屋の温度も上がった気がした。
「な、なんだよ、それ?」
「見てれば解るって。あたしずっとタロちゃんのこと見てきたもの」
太郎が眉をしかめる。
「他の人はそんなこと気づかないし、気にしてないわよ」
太郎の言わんとしていることが解ったかのようにそういって振り返った。
着古したTシャツをパジャマ代わりにしているようで、その下のピンクのタンクトップが透けて見える。ズボンと言えば、クマ柄の短パンを履いていた。
「それより、何か話せた?」
「別に、」
「なんでよぉ?」
「なんでって、委員会だぞ、別に話しなんか、」
「教室まで帰ってきたじゃない、話さなかったの?」
「……、口紅が赤いって、」
「はぁ?」
深雪の不服そうな声に深雪を見下ろす。たぶん、ノーブラだろう。いつもの胸とは張りが少し違う気がする。
「あのねぇ、タロちゃん。女子と話すの苦手でも、なんか話さないと、アピールしないと解ってくれないわよ? 話さなくても解る人なんていないんだから」
「煩いなぁ。頼んでないだろ?」
深雪は黙り、「後悔してほしくないからよ」そういって家に戻っていった。
「なんなんだよ、勝手に」
と怒りもあるが、深雪はが推薦してくれなければ、太郎は梓とは話をすることも、同じ委員会に出席することもなかったと思われる。いくら、当日設営係とは言え、その係りには数名いて、今日の様に一対一で話せる機会はないのだ。確かに、惜しいことをした。と思う。思うが、
「心の準備ができてねぇってぇの」
体育祭が近づいてくると、応援練習にも熱が入り、不良どもの怒声は容赦なく、まだまだ暑い中鬱陶しくさえ思えた。
「よぉし、一年男子ぃ、お前たちだけで行くぞぉ」
いったいどうしたわけだか? 不良どもは普段のいい加減さを忘れたかのようにまじめに練習に取り組む。いや、彼らはいがいに真面目なのかもしれない。実は、太郎たちのような、当たり障りのない奴らのほうが不良で、いい加減なのかもしれない。と思えた。
太郎が硬くなった首を動かす。―ん?―
それは、誰もいない―生徒はすべてあちこちで応援の練習をしているはずだからだ―その校舎の三階に人影が見えて、それが、梓と、松山で、二人が抱き合っている風に見えた。―そうだ、抱き合っているふうだ。ふうなのだ―
太郎の胸が早鐘を打つ。気分が悪い―。男女が抱き合っていることに対して潔癖があるわけじゃない。むしろ、そういう場面をこっそり覗きたいとさえ思っているが、そこではないのだ。誰もいない校舎で、誰もいないことをいいことに。というなんというか、こう……「ぬぁ」声が漏れた。
周りが驚いて太郎を見る。
「あ、あちぃ……」
たしかにと同調し、「山辺じゃないけど、確かに、言いたくなるよな」という言葉が出たので、いったん休憩になった。
「いやぁ、驚きましたよ、山辺君」
畠山がわざとらしく言う。
「なんだよ」
「でもまぁ、確かに暑いし、いい加減休憩と思ってたからね。ただ、言う勇気はないけどね」
「ちょ、ちょっと、しんどかったから」
太郎はそういって大きく肩を落として息を吐きだした。不良どもが一瞬睨んできたときには、殴られるかと思ったが、
「休憩にしない? ちょっと、気分悪い」
と深雪の言葉に、その後女子が次々に言い出し、不良たちもさすがに暑いなと理解を示し休憩になった。
「悪かったな」
と不良に言われた時には、「いや、中断させてごめん」と言ったが、内心、かなりビビっていたりする。同級生だけど、どうやっても勝てそうもない相手との戦いはしない。力でも、頭でも、顔でも……。
太郎は、先ほどの松山と梓の抱き合っているふうな影を思い出していた。見間違えだと思っても、思えば思うほど、あれは、抱き合っている。としか見えないのだ。太郎以外にそれを見ていた人は居ないようで、
「ごめん、生徒会の仕事が長引いて」
と帰ってきた二人を冷やかす者はいなかった。
梓は太郎の横だった。甘いフローラルの制汗剤の匂いが鼻をくすぐる。
「そんじゃぁ、気合い入れて、三三七拍子からー」
こういう時の不良どもは、やはり元気だ。と太郎は思った。
梓のパーマをかけた髪を、普段は無理やり伸ばしているらしく、少しだけうねりのある髪が真横で揺れる。
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