ロイドの決断 下

 ぼさぼさの髪が、焚き火の灯りに照らされて見え始めた。


 「ロイド。5人だけのようだな…」

 目を見開いているバラリナの後方から声が聞こえてくる。

 「あぁ~、ケイア。王妃を頼む」

 ロイドの言葉に女性であろうか、細い影が進み出し、呆然と立っているバラリナの横を通り、王妃の元へと駆け寄った。


 「さて…」

 ぼさぼさの髪になんとも頼りなさそうな表情のロイドは、バラリナの前に立ち、イキリたっているイチモツを出している姿に目を細めた。


 「ロイド、それ切っちゃえ!」

 後方から、セナ・エナを介抱しているケイアの軽い口調が聞こえた。

 「あぁ~。それはお前に任せる…じゃ…訊こう。誰に雇われた?」

 ロイドの言葉に小さな笑みを見せたバラリナ。


 「誰がいう…」


 「ドミニクだそうだ!」

 バラリナの言葉を遮るように声が聞こえ、目を見開いた状態のバラリナ越しに見るロイドの視線には、拘束されているもう一人の男が、膝を折って座っていた。


 「…なんだ、おまえに訊かなくても、口の軽いのがいるじゃないか…」

 「…」

 小さく俯き、眉間に皺を寄せたバラリナ。


 「それで?」

 「どうも新しい王が、王妃と皇女の首を高値で買ってくれるみたいで、明日の朝王妃の首を刎ねる予定だそうだ…それで、そいつが大将だそうだ!」

 男を拘束している、鼻の黒く、細い数本の髭と頭に耳がついている男が、剣をバラリアに向けた。


 「…なんか…簡単すぎるな…。取引したのか?」

 ロイドの言葉に小さく首を傾げて見せたイィ・ドゥの男。

 「座らせたらべらべら話した。お前が登場する前に吐いたよ…」

 「なんだそりゃ…」

 呆れた表情を見せたロイドは、バラリアに視線を向けた。


 「大将がおまえか…」

 「殺すか?」

 バラリアの後方から声が聞こえ、その言葉にバラリアから視線を外さずに言葉にする。

 「あぁ~」


 その言葉と同時に、小さく肉が切れる音が聞こえると、地面に倒れ込む音が後から聞こえて来た。

 「そいつはどうする?」

 バラリアが、ロイドを見ると同時に、肉を切り裂き突き立てられる音と共に、大きく目を見開くと、口と鼻から血を流し始め、ゆっくりと力が抜けてロイドに倒れ掛かった。

 顎に突き立てた剣を抜くと、頬り投げるように焚き火へとバラリアを倒したロイドは、振り返りセナ・エナの傍に近づいた。


 黒く少しだけ髪の長い女性がセナ・エナの肩を抱いており、そのそばに腰を落としたロイド。


 「おばさん…遅くなってごめん。」

 手を握ると、その手は小さく震えていたが、ロイドの感触に、一度大きく動かして引いて見せた。

 「…」

 その行動を見ていたケイアは、セナ・エナの肩を強く抱いた。

 表情が強張っているのが分かる、そのセナ・エナの視線がロイドを捉えると、肩にあるケイアの手を小さく握った。


 「大丈夫…、ロイドと2人きりにして…」

 その言葉にケイアはロイドを見ると、小さく頷いており、その行為に、ゆっくりと肩から手を離して、その場を後にした。


 「ロイド…私の甥…。」

 「はい…」

 王妃の言葉に答え、その言葉に小さく頷いて見せたセナ・エナ。


 「ロイド…おばさんの話を聞いて」

 「…」

 セナ・エナを見つめる。

 「…セラスナルとセナスティを守って…、これからは、あなたが親代わりになるの…いい?あのこ…」

 「なに言っているんですかおばさん。ここはひとまず故郷に帰りましょう」

 言葉を遮ったロイドの言葉を、セナ・エナが聞くと小さく頷いて見せた。


 「…いい?おばさんは行かないわ…」

 「行かないって…」

 困惑の表情を見せ、振り返り仲間を見ると、ケイアの表情とイィ・ドゥの男が見え、その傍では遺体などの片づけをしている5人の仲間がおり、なかには亜人の姿もあった。


 「ロイド、私を見て言いなさい。私は誰?」

 強い口調のセナ・エナへと視線を戻す。

 「おばさん…かあさんの姉に当たる人です…そして……」

 ロイドの言葉に小さく頷いて見せた。


 「いい?あなたは、セラスナルとセナスティを守って。この国を立て直して…。その為には…」

 ロイドの手を握る。


 「…私を殺しなさい!」


 「え!」

 セナ・エナの言葉に目を大きく見開いたロイド。


 セナ・エナは真剣な表情であった。

 彼女は、母親の姉である。

 物心ついた時には王妃であり、2つ下のセナスティの母親であった。


 小さなセナスティを連れて、屋敷に来ては数日滞在をする。

 夏になれば、セナスティを連れて数日滞在をし、冬になれば、セナスティを伴い滞在をした。


 一緒に風呂に入った事もあった。


 セナスティといたずらをして怒られた事もあった。


 …13歳で王都へ赴いて教育を受け、セナスティや、まだ小さかったセラスナルと同じく寝食を共にして、兄弟同然に接してくれていたおばさんが…、を願っている…。

 それは…なぜかは分かるが…。


 「バカなこと言ってないで帰りましょう、オルフェルスへ、かあさんの所で休めば大丈夫…」

 立ち上がり振り返り、仲間に指示を出し始めた。

 「ケイアとジャレ、そして、マセロスは、おばさんについて…」

 その言葉にケイアが進み出し、セナ・エナへと近づき始めるのを確認すると、踏み出した瞬間に肉の切れる音が聞こえたが……。


 「ここをかた…?」

 言葉を発しながら振り返った先には、首を切っているエナ・セナの姿があった。


 「ロイド…」

 隣で困惑した表情のケイアがおり、セナ・エナが手にしている短剣は、巨漢男のものであろうか…それとも…、とにかく見た事の無い剣であり、そこらに落ちていたモノのようである。

 この行動にケイアが目を見開いて駆け寄り、腕に抱いて腰から地面へと座り込み、それと同時に駆け寄ったロイドと仲間達。


 ケイアの腕の中で、大きく息を吸ったセナ・エナは、目を大きく開くと同時に吸い込んだ息を吐きだしながら、瞳をゆっくりと閉じ、その姿を見ていたロイドは目を細める。


 小さく見える彼女の体は傷だらけであり、所々にアザも見えた。


 …これは…王妃、おばさんではない…。


 体のそこから湧き上がる憎しみに唇を噛みしめ、髪の毛を掻きむしり始めると立ち上がり、大きく屈むと、血が出る程ではないか、と思うくらいの速度で頭を掻いていた手を止め、そのまま頭を両手で押さえて力強く天を仰いだ。


 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………」


 ロイドの雄叫びに似た怒りの声が辺りに響く。

 暗闇を纏った林、緑の草原、天に瞬き始めている星々…そして…遠くにいるセナスティ…。


 *************

 馬の上で振り返るセナスティは、瞳を細めて胸に手を当てると、その姿を見ていた、少し後ろにいるビッグベアが目を細めて声をかけた。

 「どうした…」

 「いえ……」

 ビッグベアの言葉に応えたセナスティは、しばらく後方を見てから馬を進め始めた。

 *************


 「ケイアにジャレ…マセロス…お前たちには悪いが、おばさんをかあさんの所に連れて行ってくれないか…」

 黒い鼻のイィ・ドゥが目を細める。

 「お前はどうする気だ…」

 「おれは…、王都に向かう」

 「4人でなにをするの?」

 ケイアの言葉にしゃがむと、セナ・エナの前髪を整え、その向こうにいるセナ・エナを抱いているケイアを見た。


 「ドミニクを殺す!そして…新しい王も殺す……」


 「わかった…親父さんの軍も連れて来いと言う事だな…」

 「あぁ~」

 ジャレの言葉に応えると、ケイアへと視線を移しながら立ち上がったロイドは、ケイアから王都方面へと視線をむけた。


 「…お前たちを待っている。それに…」

 再び、ケイアを見下ろすロイド。

 「セナスティの軍にも召集を頼む。一週間後だ…、お前たちもそれまでに王都へ…そして、セナスティの軍にも…」

 ケイアは小さく頷く。


 すっかり暮れた空には、王都の灯りが映し出されており、その空を見たロイドは握り拳を作り、強く…、そして…強く握っていた。

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