美女とマモノ 下
「…お母様は、まだ王都に?」
「あぁ?」
横になり始めたビッグベアが、頭をセナスティへと向けた。
「王都にお母様はいらっしゃるのですか?」
「いないと思う。行方不明と書かれてあったからな、お前も、カラスかフクロウが持ってきた紙を見ただろう。お前もお尋ね者だ。道を通ると思うな。明日からは強行軍だ。…とにかく」
「どこに連れて行くんですか?わたしを!」
小さく考えたビッグベアは、小さくため息をつくと横になった。
「そんなの明日考える。寝ろ!」
吠えるビッグベアを見ながら、テントの入り口へと出て来たセナスティは、入り口前に転がっているダーレインの亡骸を見てから、小さく息を呑み、視線を焚き火の向こうにいるビッグベアへとむけた。
「お母さまは、オルフェルス出身です…」
「あぁ~、ならそこに行けばいいのかもな…」
森の方へと寝返りを打ったビッグベアの後ろ姿を見たセナスティは、周りを確認すると小走りでテントから出て、焚き火に近づき、焼いてある肉の串に手をかけた。
ビッグベアのイビキに一度、止まり、寝ている事を確認すると肉を頬張り始めた……。
翌日…。
馬の断末魔に目を覚ましたセナスティは、テントの入り口を開けて外を見た。
昨夜は確認できなかったが、この場所は、森の端に位置するところのようである。
くすぶっている焚き火の向こうには森の揚々たる緑が見え、木に吊るされている遺体に、ビッグベアが殺したモノの遺体、そして、テント入り口にあるダーレインの遺体には、虫が湧き出てきているのが見え、小さなハエのようなものが高い音を発しながら無数に飛んでいた。と…。再び、馬の断末魔が聞こえ、重い音が地面に崩れ落ちる音も感じ、テントから出ると辺りを見渡した。
テントよりさほど遠くない場所で、馬2頭が倒れており、もう一頭の首めがけてビッグベアが両刃長剣を振り下ろし始めていた。
その瞬間に合わせて、掌で目を覆ったセナスティに、時間を置かずに馬の断末魔が聞こえ、崩れ落ちる重量のある音が聞こえて来た。
覆った掌の指を開いて状況を見ると、地面に横たわっている頭の無い屍が3頭。
その向こうには、木に手綱を結わえられている馬が3頭見え、その3頭にむかい、肩に両刃長剣を担いで進んでゆくビッグベアの姿があった。
「何をしているんですか!」
セナスティの言葉に立ち止まり、一度振り返ると進み出した。
「あなたは…」
一頭の馬の首に狙いを定めるビッグベアは、大きく振りかぶり、勢いをつけて振り下ろして太い馬の首を刎ねると、断末魔と共に転がる首と倒れ込む馬の体があり、その動きを見たビッグベアは次の馬へと向かう。
「もう…やめてください!」
セナスティの言葉に振り返った。
「なんで…殺すんですか?」
彼女の言葉に、屍になっている馬を見下ろし、そして、散らばっている馬の屍を見渡すと、セナスティに視線を向ける。
「邪魔だから」
「なら、殺さなくてもよかったじゃないですか!ここで放しても良かったじゃないですか!」
セナスティの言葉に、小さくため息をつくと横たわっている屍を見て、少し間を置くと両刃長剣を振りかぶり、勢いをつけて振り下ろした。
「な!」
小さく声に出すセナスティ。
ビッグベアの体や顔に馬の血しぶきが上がり、返り血を浴びた状態で次の馬の首を刎ねると、近くに置いておいた袋に、馬の肉を入れ始める。
「…」
「食料だ……」
ビッグベアの行動を、目を細めて見ているセナスティに向かって言葉にした。
「食料って……」
「夕べも言ったが、お前はお尋ね者、そして、俺はイィ・ドゥだ…。ドミニクから以前もらった証があるから使用人と言う事は出来るが…。通用しなきゃ、俺もお前も捕まり殺される。わかるな?」
馬の肉で一杯になった袋を担いだビッグベアは、別の馬へと進んだ。
布からは血がしたたり落ちている。
「あ…」
馬の脇に袋を付け、セナスティが発した言葉に振り返った。
「大丈夫だ、後は殺さない。それとも…お前は歩くか?」
ビッグベアの言葉に、小さく顎を引いたセナスティの姿がそこにあった。
夕日が傾き始めるまで、テントのある場所で馬の肉を加工し、保存用に血を抜き、皮をはいで乾燥をさせた。
袋に入っていた肉は、血を抜くために切り口を下に向け、進んでいる振動で血が抜けると言っていたが、セナスティがその処理方法を拒否して、同じような処理をした。
どのくらい持つかはわからないが…。
破れた服は脱ぎ、男たちが持ってきていたものを漁って適当な物を羽織る。
皇女である身分を隠せと、長い金髪の髪をバッサリと切り、必要な物だけを袋に入れ、紋章の入っている外套と皇女の印をテント付近に置くと遺体を火葬し、残った馬の肉も一緒に焼いた。
夕暮れが近付く空へと向かい、上がる煙を見ている2人。
「オルフェルスへは行かない!」
馬に乗ろうとしていたビッグベアが振り返り、馬にのったショートカットの金髪のセナスティを見た。
「お母さまは生きている。オルフェルスには、おばさま達がいるから大丈夫」
「…」
遠くを見ているセナスティ。
「ここから…、ココから『エギアバル』監獄までどのくらいかかるの?」
「『エギアバル』監獄?」
「そう…」
ビッグベアは、『エギアバル』監獄があると思われる方の空を見た。
「『エギアバル』監獄にはいかない…お前は連れて戻れと命令された。」
「そう…なら、行っていいいわ。『エギアバル』監獄には私一人でゆく」
馬を進め始めたセナスティ。
ビッグベアは、その馬の口元にあるハミを掴んで制止させる。
「『エギアバル』監獄がどういうところかわかってんのか、姫さん!」
「えぇ~話は、宮中の者から聞いていますし、行った事もあります!。」
セナスティの言葉に、肩を小さく落としたビッグベア。
「わかってない…あそこは、あんたのような世間知らずが行く場所ではない、強盗、強姦、人殺しにマモノ殺し…。血に飢えたマモノや力のある人間。そして…処刑人がいる」
「行った事がありそうな言葉ね。」
「あぁ~、昔な。ナンバー4と言う処刑人を王都へ連れてくる仕事に従事したが、仲間が目の前でそいつに食われた…」
「く…処刑人って、従順じゃ…」
セナスティの言葉にため息をつく。
「だから、何も知らないあんたが行っても、犯され、斬られ、食われ…殺されるのがおちだ…だから…」
「あなたがいれば大丈夫よね?」
セナスティの言葉に見上げたビッグベア。
セナスティは、小さな笑みを見せている。
「むりだ…俺がいてもあいつらに…と言うか、何をやりに行くつもりなっだ?」
「助けたい人がいるの…」
「助けたい人?」
「そう…第2…第3の父親って人かな…」
遠い目で、北西の方角へと視線を向けたセナスティの瞳には、夕焼けの色が纏ったような優しい輝きが見え、その方向に暮れゆく夕日の色が、空を強く始めていた……。
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