王都『キングス・ルフェルス』の荒れた日 下

『とある屋敷』


 カーテンを開けた男は、大きく背伸びをした。

 近くの天幕付きのベッドでは兎の亜人が眠っており、伸びたままの姿勢で丸い尻尾を見ると鼻で笑った。


 「のくせに…ベッドで寝てやがる…」

 吐き捨てた男は、そばにいる黒い防具を着ているモノへと視線を向けた。

 兜で覆っている顔だが、兜の奥に見える瞳は白く、一点だけを見ている姿に小さく笑って見せた。


 「…こいつらは、だしな……」

 再び吐き捨てるように言うと、部屋をノックする音が聞こえ、その方向を見て、入って来るようにと声をかけると、従士の姿が見えた。

 背の小さく鼻が垂れ下がっている従士は、ゴブリンと人間の合いの子で、ゴブリンに似つかわしくない、人間と同じ形の口から言葉が出る。


 「準備が整いました」

 「あぁ…」


 その言葉に、男は再び外を見て背伸びをした。

 「…そうだな。王が死に、皇太子があれで…、皇女が死ねば…。この国は次の王をめぐっての争いとなる…。この王都には、こぞって軍が押し寄せてくる…その前に、俺たちも動く…。この国を治めるのは俺の家系だ…。どんなに国が攻めて来ようとも、こちらには軍が付いているからな…軍が…」

 外を眩しそうに見ている男の姿がそこにあった……。



『城の中庭』


 忙しく動く城の従士達を、口角を上げながら見ているドミニクの姿がそこにあった……。



『聖堂内』


 「置いてはいけない…彼を…それに…子供たち…」

 スティアスに抱きついた姿で、言葉を発するセナ王妃の肩を優しく抱いたエルソア。

 「彼は、私たちが何とかします…、お2人も…。王妃は、とりあえずここを離れ、故郷へと身を隠してください。事態を収拾したのち、お迎えに参ります」

 「だめ…それじゃ…」


  …ドォン……ドォン……


 セナ王妃の言葉を遮るように響き渡って来た音は、門の扉を木で打ち付ける音であった。


 低く響き渡る音は、場内へと空気を揺らして聞こえ、高い聖堂を見上げる両名は、目を見張っていた。

 しばらく音が続いたのち、静まり返ると、叫びを伴った雄叫びが無数に聞こえてくる。


 「城中に入られた…、これはクーデターです。彼も大事ですが、王妃の命が無くなったら子供らが悲しまれます。…ここは…私に王妃の命を守らせてください!」

 エルソアの言葉に立ち上がったセナ王妃は、王の顔を一度触り、名残り惜しい表情を浮べながらその場を後にし始めた。


 エルソアの招きで兵士が王妃へとつき、抱えられるように聖堂を後にする王妃の姿を見送るエルソアは、脇に立っている司祭へと視線を移すと、冷ややかな視線でエルソアを見ている司祭らの姿がそこにあった……。



『キングス・ルフェルス 謁見の間』


 …占拠した城に入る国王軍は、アルゼストを先頭に謁見の間へと進んでおり、その道中で中庭に立っているドミニクが小さく会釈をして見せ、その姿を横目で見ながら進むアルゼスト。


 多くの兵を伴っている姿を見送ったドミニクは、再び小さく口角を上げていた。


 「セルゼットは何処に行った!」

 アルゼストは荒々しく言葉にする。


 その言葉に、近くにいた兵士は知らない旨を言うと、小さく舌打ちをしながら謁見の間へと進み、荒々しく扉を開けると、視界には、玉座があるべき場所に天幕が降ろされ、白い布に映し出された姿が見えた。


 「皇太子は…なぜ、顔を見せない…」

 「…それが…」

 兵士が弱く言葉にする。


 「いい…」

 兵士の言葉に吐き捨てるように言い、強い歩調で進み始めるアルゼスト。


 黒地にシダが施されている防具を見に纏い、兜で顔を覆っている者らが、槍を持って等間隔で並んでおり、兵士の後ろには、鼻から下をレースで覆っている女性の神官の姿がある場所を通り抜け、玉座の前で片膝をついた。


 「皇太子…父君が逝去され、これからは王となりますが…、見ての通り、軍は、このわたしが掌握しております。」

 動かない玉座の影、少しばかり、戸惑いの表情を見せたアルゼストは言葉を続ける。


 「国王の…名を欲しいのなら。私の進言をお聞きくださるよう…お願いが…」

 「カマワヌ…」

 生気のない言葉が返って来るが、その言葉に首を傾げて見せたアルゼスト。

 …すると………。

 謁見の間の扉が閉まる音が聞こえ、その動きを確認するように、振り返った視線に映るモノの姿に、思わず目を大きく広げると……。



『キングス・ルフェルスの荒れた日』


 数時間後、王都には、軍のクーデターの一報が広がり、新国王として、『』が即位したと知らされた。


 その知らせに困惑を隠せない住民。


 摂政は『アルゼスト』である。

 現行の大臣は、全て留任となったが、女系皇族の継承に賛成した者らは、捕えられ、事態を収拾したのちに処刑をし、また、国の仕事に従事している人間族以外の者も解任し、順次、処刑をする事が伝わり、新国王の即位式は、旧セナスティ皇女とセラスナル皇太子、セナ王妃を拘束後、処刑をしたのちに行う事となった。


 その告知を、使いカラスと使いフクロウを使い、オースティア大陸全域へと知らされることになり、この報告を受けたモノの中には、皇女セナスティの姿もあり、また、ロイドもトンネルの手前で受け取る。

 黒鉄くろがね山脈を越えたルヘルム地方へも伝わり、『デルヘルム』のアイゼンの元にも届いた。



『キングス・ルフェルス外苑』丘の上


 『キングス・ルフェルス外苑』丘の上から、広大な都市を見ている王妃の耳には、新たな王の誕生を知らせる鐘の音が聞こえ、涙に滲んでいる風景には、多くの思い出が込み上げてきていた。


 王との出会い、愛を育んだ場所、言葉…王との結婚式に王の即位の日…。

 そして、セナスティの誕生にセラスナルの誕生…成長する子供たちの姿や王との日々…。すべてが淡い思い出に変わる。


 悲しくて涙が止まらないが、でも今は、エルソアを信じて前に進もう…、必ず生きている子供たちに会うまでは、生きていよう……。

 背中を向けた王都は、夕暮れに色を変え始め、衛兵らは、悲しみに暮れている王妃の姿を見ていた……。



『キングス・ルフェルス 第1地下収容所』


 エルソアは暗い闇を黙って見ており、闇に蠢く姿は、見た事のある姿であった。


 何も言わない姿は、すでに息をしていないようであり、摂政のオルテアの姿であるのが確認できる。

 その姿を、冷ややかな視線で見ているセルゼットとアルゼストの姿がうごめく…。


 エルソアは、2人を鉄格子の向こうで見ており、その2人の姿が闇に消えて行く…、何も言わない2人の姿にエルソアは運命を感じていた……。



『アサト達は……』


 夕焼けが迫る森外縁を通っているアサトらには、この国で事件が起きている事も知らずに目的地へと進んでいた…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る