第12話 王都『キングス・ルフェルス』の荒れた日 上

『王都 キングス・ルフェルス』


 整った足音と金属が擦り合わさる音が王都中に鳴り響き、白い地にシダの紋章が施された防具を着込んでいる兵士らが、一糸乱れずに進んでおり、列の先頭が向かっている先には、天へと突き刺さるように伸びた塔を有する城が見え、兵士の列の先頭には、真っ白な馬に乗った男が口角を緩めながら、見守っている住民を見下ろしていた。


 ……とうとうこの日が来た…。


 王の逝去を告げる鐘の音が鳴ってから2日目の事である……。



『謁見の間』


 宮廷衣装を身にまとっているエルソアが、慌ただしく謁見の間へと入って来ると立ち止まり、入り口から30メートルは先にある玉座を凝視した。

 入り口から玉座までは赤く長い絨毯が敷かれ、その脇には、黒地にシダが施されている防具を身に纏い、兜で顔を覆っている者らが、槍を手にして等間隔で並んでおり、その先にある玉座には、天幕が降ろされ、中の姿がうっすらと白い布に浮かんであった。


 兵士の後ろには、女性の神官らの姿もあり、鼻から下をレースで覆っている。

 壁際にも同じ黒い防具の兵士がおり、物々しい雰囲気が謁見の間にあった。


 エルソアは確かめるように進み出し、そのそばにいる従士も身を小さくしながら進んでいる。


 「いつからだ…」

 「ここへ来た時には…すでに…」

 「…」

 小声で従士に訊いたエルソアは、まっすぐに玉座を見ている。


 玉座へと近づき、片膝になり頭を垂れたエルソアだが…その向こうからは反応が無い…。

 すこし後ろで同じ姿勢になっている従士へと視線を移すと、その視線に気付いた従士はエルソアを見て小さく首を傾げてみせ、その動きを見てから玉座へと視線を移す。


 「陛下…。この度は……」

 無音にちかい感じの玉座を見上げるエルソア。

 数段上にある台座に鎮座している、玉座を覆った白い布の影に動きが見えない。


 昔から知っている皇太子は、無邪気で笑顔の大きな子供であり、好奇心旺盛の子である。

 その子が…いや皇太子が…なぜ黙っている…。

 違和感がある…ように……。


 一度、辺りを見渡して立ち上がったエルソアは一歩踏み出すと、玉座前にいる兵士が動いた。

 数段の階段の上にある玉座を覆っている布に映し出されている姿は見えるが、そこに座っているであろう皇太子、セラスナルの姿は…。


 進み出すエルソアに、台座の前に立っている兵士と思わしき者2人が、槍をクロスにし制止させると、その兵士をみたエルソア。

 「皇太子に謁見を!」

 「カマワヌ……」

 生気のない声が天幕の向こうから聞こえて来た。


 その声に同調するようにクロスをほどく兵士ら、エルソアは、兵士らを見てからゆっくりと天幕の向こうにある玉座の影をみた。

 一度振り返る。


 従士は口を開けてエルソアを見ていると、慌ただしく兵士が入って来た。

 その慌ただしさに振り返り兵士を見ると、その動きに同調してエルソアも視線を向けた。


 「…アルゼスト将軍が軍を引き連れて……」

 「なに!…クーデターか……」


 エルソアは振り返り天幕の影を見たが動かない。

 少し考えてから、階段を登り、慌ただしく天幕の中を見ると………


 「な……」



『城を囲む壁の門』


 アルゼスト率いる軍は、堀を越えて第3の門を通り、最後の城を囲っている門へと進み出ていた。


 「皇太子が謁見の間にいるようです…」

 アルゼストに近づいて片膝を立てた兵士が、頭を垂れながら言葉にした。

 「そうか…誰がみつけたのだ?」

 「それが…誰もいない間に…というか…知らぬ間に現れた…いや…そこにおられたそうです…」

 しどろもどろに答える兵を、目を細めて見下ろす。


 「…だれもいない間に?…」

 「はい…」

 少し考えてから視線を門へと向ける。

 「まぁ~いい。いたらいい…、これで皇太子を失い、皇女が王女になれば事は面倒だ…。皇太子が生きていれば、どうにかなる…あとは…皇女を……」

 門を見上げ、聳え立つ塔へと視線を向けたアルゼストの姿がそこにあった…。



『城中 廊下』


 足早に進むエルソアはまっすぐに前を向いていた。


 「王妃は?」

 付いてくる従士へと声をかける。

 「聖堂におられるかと…逝去後からそこに…」

 「そうか…なら、馬の準備と衛兵の準備を、王妃を…ここから連れ出す!」

 エルソアの言葉に小さく頭を下げた従士は、振り返りもと来た道を進み始め、エルソアは前方だけ見据えて聖堂へと向かった……。



『城下町では…』


 城に続く道を覆いつくした兵士らを見ている住民がおり、5階建ての建物が並ぶ場所では、小声で話をする住人らの姿があり、また、飲食店が並ぶ場所では、怪訝な表情を浮べた住人らが、窓越しに兵士らを見ていた。


 「クーデター?」

 「あぁ…そうみたいだな…」

 「アルゼストなの?何考えているのぉ…」

 「まぁ~賢くは無いと聞いていたからな…ほかに企てているモノがいるだろ~」

 「どうなるのぉ?ここ…」

 「これから大変だよ…。奴隷狩りとか…増税とか…。軍の関係者だからな…政治には疎そうだ…」

 「ルヘルムへ行けばよかった…」

 「…なんだっけ?幻獣討伐した人たちがいるんだろう…」

 「そっちが安心しそうだよな……」


 快く思わない住人の声に、兵士らは横目で見ているしかなく、実際、彼らもこの行動には不振を持っているモノも少なくは無かった。

 皇女の行方が分からなくなってから、軍からも距離を置くモノがいだした事は確かである。


 軍自体が動くような戦は、幻獣討伐戦くらいのもので、他は衛兵のような事しかしてなかったが…、王が倒れてからは、ほとんど休まずにマモノ狩りを行う毎日、マモノでも、老いたモノも子供も赤子でも…容赦なく殺す…。

 そんな毎日に不信を持つ兵士の姿もあり、我慢できなくなって批判の声を上げたモノは、次の日から姿を見かけなくなり、また、企てたり、考えたりした者もである…。

 恐怖が軍を一つにしていた。

 一行に進まない白い列は、その場で多くの住民の声を聴いていた……。



『聖堂内』


 広い空間に360度にわたり席が設けられ、中央が凹んでおり、席に立つ者らが見下ろせるような設計である。

 その中央には、台座に横たえられている遺体があり、その傍では、頭を垂れ、黒い喪衣装の王妃が、王の傍らで鎮座していた。


 お香の香りが聖堂内にあふれ、多くのろうそくに薄くかかった香の煙が、薄い雲を作り出し、音の無い空間を見守るように、四方に佇む司祭の姿があった。

 その静けさを破るように慌ただしく入って来たエルソアは、鎮座している王妃へと駆け下りた。


 「王妃!」

 エルソアの声に頭をあげた王妃は、目元が張れて鼻の頭は赤くなり、乾ききった唇は細かに震え、疲れた表情で、エルソアへと視線を向けた。


 「王妃…ここにいて……」

 「見てエルソア…まるで…眠っているよう…」

 動き出した王妃は、王の顏へと手を差し伸べ、その動きに目を細めるエルソア。


 「…なんでこうなったんでしょう…」

 「それは…」

 「スティアスは…、この国に何かしたのですか…戦争の無い世界の為、この地の他にある世界の為に、大きな一歩を…、それが…間違っていたのですか…」

 溢れ出した涙を拭いもせずに、セナ王妃は、スティアスへと覆いかぶさり大きな声を上げて泣き始め、その姿を見ていたエルソアは、王妃の肩に手を当てる。


 「ここを離れましょう…」

 その言葉に小さく首を振るセナ王妃の姿があった……。

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