帰還のオーブの謎 下

 何かの物音に気付いたアサトは、ゆっくりと瞳を開けた。

 かすんでいる風景ではなく、はっきりとした風景が目に入って来る。

 そこには、明るく映し出されている天幕が見え、天幕を這いずり回る爬虫類の姿が見えた。


 …ぼくは…。


 そばに誰かいる事に気付き、その方向へと視線を移すと、システィナが心配そうな表情で見ており、その表情は…、何かあった後に見る表情であった。


 「だいじょうぶ?」

 システィナの声に体を起こすと、出発の準備をしていた一同がアサトを見る。

 それと同時にケイティがかけより、目を大きくして顔を見た。

 「アサト…ほんと大丈夫?」

 ケイティの言葉に小さく頷いた。

 アリッサが、パンと飲みものを小さなお盆に乗せているのが見え、その傍には、仕舞おうとしている食器が確認できた。

 みんなは、すでに食べ終えているのだろう…。


 そして…、視界に入ってくる焚火は小さく、そこにある炎に…何かが…、…何かがうごめいているのが見える…それは…。


 「どう言う事だったんだ?」

 クラウトの言葉にハッとしたアサトは、クラウトへと視線を移した。

 「触ればダメだと言う事は…。ナガミチさんの書籍にあった事象を体験したのか?」

 「…いえ…はっきりした事は分かりません…でも、なんとなく…」

 「なんとなく?」

 表情を覗き込むケイティが訊いて来た。

 「ウン…」


 ケイティの言葉に小さく頷いたアサト。

 「…僕の名前は…アサトじゃない…」

 「え!」

 そばにいたシスティナが声を上げる。

 「…ぼくの本当の名前は……。システィナさんと一緒。みんなにアサトって呼ばれていたようだ…そして…『』…何かは思い出せないけど…思い出せそうな感じはある…そして…。」

 一同がアサトの言葉に釘付けとなっている。


 「僕には妹と両親…、祖母がいたようだ。」

 言葉を発したアサトはシスティナを見ると、驚いている表情のシスティナに小さな笑みを見せる。

 「…そして…病気にかかっていたよう…、3年は様子をみようと言っていた…それに…女の子の声が聞こえた。」

 「女の子?」

 怪訝そうな表情に変わるケイティ。

 「ウン」

 今度はケイティを見る。


 「信じているって言われたけど…何を信じているんだろう…」

 「アサト君?」

 システィナの言葉に動くアサト。

 「…なんで、触っちゃダメって言ったの?」

 「…それは…。たぶん、僕ではない、体の中にある何かだと思う…。それを体が拒否をした感じがした。何かは分からないけど…多分。これは…失うかもしれないモノなんじゃないのかな…。」

 「…そうかもしれない…。」


 アサトを見ていたクラウトが顎に手を当て、何かを考えながら言葉にした。

 「これは、僕の仮説だが…、人の記憶…思い出などは一つと考えれば、帰還のオーブに隠されている…いや、僕らの頭に集約されていると仮定する…。帰還の際に、今の世界の記憶が無くなり…そこに今までの記憶が戻るとすれば…」

 「今見たモノが消える…」

 アリッサが小さく俯いた。


 「今、誘われる前の記憶を持ってしまえば、帰る時に一緒に消える事になるかも知れない…」

 「…簡単に言えば、今、誘われる前の記憶をすべて手に入れれば、帰った時には全部消えて、頭の中が真っ白な状態になっている…ってことか?」

 タイロンが腰を降ろし、焚火に薪をくべて言葉にした。

 「…そう仮定できる…」

 重く言葉にしたクラウト…。


 「…そうかもしれません…、僕らは別々の地域から誘われ、帰る時もそこかも…なら、戻ったら会えるわけでもないし…、話せるわけでもない…、ましてや…、同じ時代でもないかも…。でも、記憶があれば…。生きて行ける。誘われる前の世界のままで…。体は知っているんだと思います……。失ってはいけないモノは何かを……」

 アサトの言葉に一同は黙り込み、不思議な表情をみせた。


 アサトはいつの時代から来たのかは、はっきりは分からない…でも、オレンの言っていたシスティナの事が事実で、エイアイが作っている街も古に存在しているなら、ここに居る者らは決して同じ時代に生きていたとは言えない。


 …言えないのか?…なぜ同じ時代の者達ではないと言える?

 …なぜ?……。


 「それで?アサオカカズヒト!これからは、何て言えばいいの?」

 アサトの中で、何かが引き出されそうな感覚が駆け巡っているところで、ケイティがニカニカして訊いて来たのに、ハッと我に返った。

 「え?」

 拍子抜けした表情になったアサトはケイティを見る。

 「んで?アサオカカズヒトぉ?…何て呼べばいいのぉ?…それに…女の子ってだれぇ?」


 …って、この姫は……。


 「アサトでいい…です。オレンさんが言っていた事を考えると、アサオカカズヒトよりも、僕には、その名前がしっくり来ているんだと思います…多分…システィナさんもそうだったのでは?いつもみんなから呼ばれていたから……しっくり来ているんだと…」

 システィナは、小さく考えた表情を見せると、ゆっくりと頷いて見せた。

 「そうかもしれません…」

 クラウトを見上げる。


 クラウトは、顎に手を当てて何かを考えていた。

 「…僕らにも、苗字があるのかも…。」

 「苗字?」

 不思議そうに訊いたケイティ。

 「そう…、システィナは、『シスター・アレフ・フレティーナ』、多分これが氏名…すなわち本当に示す名前であって、システィナは名前だ…。こう考えればいい。」

 「じゃ…アサトの氏名はアサオカカズヒトであって、名前は…アサト?って感じ?」

 「そう解釈してもいいのではないか?、苗字…とは、その屋号みたいなモノ…アサトの場合は…アサオカなのだろう…」

 「じゃ…俺達にもあるのか?それ…」

 タイロンが見上げた。

 「無いとは言い切れない…アルベルトが言った氏名とは…こう言う事だったのか……」

 何かを感心した表情を見せたクラウトの姿を一同は見ている。


 「まぁ~いいじゃない。アサトはアサトで…。食べて…出発しよ!」

 アリッサが、暖めなおしたスープを乗せたお盆を、アサトの前に出してきた。

 パンとスープである。

 システィナは戸惑っている表情をしていたが、ケイティはニカっと笑みを見せて、その場を後にし、一同も動き始め出発の準備を始めた。


 昨日の天気とは違い、今日はよく晴れた天気のようだが、冬を感じさせる、肌寒い風が南から吹いて来ているのがわかった。

 冷めないうちに朝ご飯をとったアサトも、出発の準備を始めた。

 焚火の火を消すアサト。


 …?そう言えば…。


 あの時に炎の中に見えた光景は何だったのだろう…。

 ぼんやりだが青い何かが見え、その周りでは何かが動いていたような……。


 「アサト!行くぞ!」

 ジェンスの声が聞こえる。

 「アサオカカズヒト君。行くよぉ~~きゃははははは…」

 馬車の上で高笑いするケイティの声が響いており、クラウトが馬車の前方に乗り込むと、ゆっくりと進み出した馬車。


 小さく立ち上がっている煙に土をかけると馬車を追い始め、馬車は、森淵にある細道を目的地へと進み出した……。


 しばらく進み、お昼を食べ、再び森の外縁部を通っていると…馬車上にいるケイティが立ち上がった。

 馬車の中のセラも横窓から顔を出す。

 その動きにアサトは気付くと…。


 ケイティの声が森へと響き渡った……。

 「なにか来る!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る